2012/03/02 by Fancy

屋久島コラム11:中国からの報告書3(上)

中国からの報告書第三弾は、プロジェクトのカウンタパートナーである王国慧さんからの寄稿です。王さんは現在ドイツで世界遺産の保護について研究中で、私たちの屋久島プロジェクトについてもよりマクロ的に分析してくれました。かなり長文の報告なので、編集の上、二回に分けてご紹介いたします。

中国からの報告書3(上)
文:王国慧

2011年4月から、中国側のカウンタパートナーとして、屋久島プロジェクトの企画と実施に協力してきた。

屋久島は、日本最初の世界自然遺産登録地のひとつであり、エコツーリズムが盛んな観光地として知られている。島の独特な生態系と景観は、大自然の傑作というだけではなく、島民たちが千百年もの間、自然環境と共生してきた結果でもある。しかし、有名になった屋久島は、厳しい挑戦に直面している。主要な産業となった観光業は、一極集中的な宣伝や開発によって、島の自然環境と住民の生活にさまざまな問題をもたらしているからだ。

しかし、屋久島の問題は特別な事例ではない。激増した観光客や無法な観光開発が社会と生態系にトラブルを引き起こすことは、すでに世界遺産登録地のほとんどに共通する問題となり、途上国では特に深刻である。このような状況の中、私たちの屋久島プロジェクトは、東アジア地域の市民交流を通じて、「自然共生型社会を実現する」方法を検討することを目的としている。

自然共生型社会とは何か?本当のエコツーリズムとは?世界遺産登録地の社会的発展と遺産保護はどうしたら良性の循環を保てるのか?私たちプロジェクトのメンバーはこの一年の間、相互訪問と現地調査を繰り返して、現地の人々の経験と知恵からたくさん学んだ。簡単なサンプルのような答えを出すより、いろんな協力し合いながら、その土地に合うような解決方法を一緒に探していく活動が大事だと確認した。交流活動の意義は、このような活動の機会を作り出し、さらに交流の土壌を整えることにあるのでは?

自然と文化の力を借りて、よりオープンな理解力を育て、お互いに支えあうネットワークを構築する。知恵と成果を創造し共有する。これこそエコツーリズムの意義と魅力である。

世界遺産登録は幸運?それとも災難?

世界遺産はUNESCOが1972年に打ち出した概念で、目的は優れた遺跡・景観・自然などを人類の共同遺産として保護することである。この「遺産」は、所有者の支配する権利を強調するのではなく、人類が負う「保護と伝承」の責任を意味するものである。『世界遺産条約』が採択されてから40年が経った2011年の今、登録地域はすでに936カ所にのぼり、もっとも高い商業的価値とグローバルな影響力をもつ文化的ブランドの一つとなった。世界中の、いろいろな国と地域が登録申請に走っている。一方、「管理より申請、保護より開発」のような誤解が生まれ、運営の実践において、さまざまな体制の問題や能力の限界が普遍的に存在しているため、多くの世界遺産登録地は危機に直面している。さらに、経済利益を優先した開発によって、遺産の価値が損なわれ、生態系悪化と地域文化の衰退がもたらされ、「遺産登録は幸運か災難か」と、条約そのものが問題視されるようになった。

実際、生物多様性と文化の多様性の保護を如何に持続的に行えばいいのだろう?発展と保護を如何に両立し、さらに互いに支えあう関係にすることができるのか?などの質問は、世界遺産が特別に抱えている問題ではなく、この時代のグローバルな問題である。遺産登録地は利益の絡みと国際社会による注目度が高いため、この問題が特に顕在化している。しかし、だからこそ、「自然共生型社会」について検討するときに、世界遺産からいろんな貴重な経験と教訓を学べるのだ。

自然と文化は不可分

自然遺産と文化遺産は別物?自然遺産登録地の保護と発展は現地の伝統文化と無関係?保護活動において、これらの疑問はもとから存在していた。遺産を自然と文化に二分したのは、西洋の二元論に基づいたものだろう。しかし、文化の多様性に関する提唱によって、自然文化遺産など新しい概念が生まれ、世界遺産も多元的になりつつある。とはいえ、学術研究や実践においては、まだまだ自然と文化を分離して考える傾向がある。

ところで、屋久島と白馬雪山の経験に教わったのは、自然遺産は、生態系と人間社会の両方を含む総合的存在であり、自然を守る文化がなければ、自然は守られない。したがって、自然を修復するとともに、人間と自然の関係をも修復しなければならない。しかも、それは静的な修復や想像上の桃源郷ではなく、現実の問題を直視し、創造的な解決法を提供することが大事である。例えば、屋久島では、森林保護運動家の柴鉄生さんは、「嶽参り」のような伝統行事を復活させることによって、現在、観光業で歪んだ人間と山の関係を反省する機会を提供している。

白馬雪山自然保護区の活動も、最初の単純な種の保護、生物多様性の保護から、地域の持続可能な発展を視野に入れた総合的保護に変わってきた。それも、伝統文化と宗教の力があったからこそ実現できたと思う。保護区は、地域にとって重要なチベット仏教のお寺「東竹寺」と環境教育パートナーシップを結び、チベット仏教にもとからあった環境保護の思想にあわせて、生き仏による環境意識の啓発や環境知識の普及に力を入れた。地域住民の支持と理解の下で、伐採や密猟などの問題が解決できた。同時に、女性に古くから伝わってきた地域の伝説を集めてもらうような地域文化活動を企画・実施し、なくなりつつある伝統の知恵を取り戻し、伝統文化を大事にする情熱が生まれた。メタンガスや太陽光発電などエネルギープロジェクトを通じて、伐採禁止後の生活のエネルギーに困っている住民たちに解決方法を提供した。いま、松茸採集の管理や地域共同管理型エコツーリズムなど、試行錯誤しながら、住民の生計と地域の発展にオルタナティヴな方法、そして自然と共生する方法を慎重に模索している。

保護の神話と現実:責任を果たす宣伝

屋久島に興味をもったきっかけは、『もののけ姫』であった。この映画は、人間と自然との関係について描かれたもので、屋久島プロジェクトを最初に中国の人々に紹介したときに、何度かアニメの力を利用した。しかし、このような、共生の理念をもつ映画でも、予測できない結果をもたらす可能性がある。プロジェクトの担当者、屋久子によれば、島は観光客を引き寄せるために、森に人工的な看板を設置し、住民の不満を買った。景観だけではなく、島本来の歴史的真実性をも損なってしまった。(訳者注:看板を設置したことで人が集中し、踏圧による登山道と苔の荒廃といった問題が発生。現在、すでに撤去された)。

いい宣伝は、まずは責任を果たす宣伝でなければならない。慎重に行わなければならない。これは、長年メディアの仕事をしてきた私が、このプロジェクトで最初に学んだ貴重な教訓である。遺産の伝承も環境の保護も、どんな形態とバックグランドで参加しても、このような慎重かつ反省的態度が必要である。たとえどんないい意図を持って、どんなに準備を重ねても、思いもしなかった、逆の結果をもたらす可能性がある。特に、生物と文化の多様性が豊かな地域や、生態的に脆弱な地域では、取り返しのつかない結果になるかもしれない。したがって、屋久島プロジェクトのような地域の異文化交流プロジェクトにとって、慎重な姿勢は極めて重要であり、地域の現状に合わせて進めなければならない。

一方、コミュニケーションは、世界遺産のグローバル戦略のなかで、有力な保護手段として提示されているが、現実は、情報の伝達、監督、教育と導引など、マスコミの社会的機能は満足に発揮できていない。逆に、間違った方法へ誘導してしまうケースが多い。「世界遺産申請ブーム」のなか、マスコミは自身の役割と今までのやり方を反省しなければならない。人々に世界遺産の本当の理念を理解してもらい、保護に協力してもらうために、マスコミは責任を持って、正確で全面的な情報を提供し、経済利益にとらわれず、危機と問題を誠実に指摘しなければならない。屋久島の縄文杉は、その意味で、もっとも典型的な事例と言えるだろう。

つづく

翻訳・編集:屋久子

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