2012/02/29 by Matsue

雷のように猛烈に、風のように迅速に、B型肝炎ウィルスキャリアの権利擁護を訴える――雷闖

雷闖、現在は上海交通大学の大学院生。かつて≪食品安全法実施条例≫の“B型肝炎ウイルスキャリアは食品衛生業に従事することができる”という規定が本当に効用を発生するかどうか検証するために、健康証明書(以下、健康証)の申請を出した。2009年9月1日朝、B型肝炎ウイルスキャリアの彼は全省そして全国初となる食品業で働くための健康証を手に入れた。
2009年12月9日、雷は中国経済の“風向計”と讃えられる2009CCTV中国経済年度人物候補者リストに入り、≪検察日報≫からも2009年度中国正義人物賞を授与された。2010年2月24日、彼は杭州でも(ウィルスキャリアとして)初の薬品業就業健康証を受けることができた。

権利擁護活動の始まり

2003年、淅江大学新卒の周一超は、公務員試験の身体検査で“小三陽(訳注:B型肝炎検査の5項目のうち3項目が陽性)”とされ、筆記試験は優秀な成績だったが、採用を断られた。ついに、彼は二人の人事部門の幹部にナタを振るって、一人を殺し一人に傷を負わせ、自首した。翌年、周は死刑を執行された。

雷は“私は何かやるべきだと思いました。みんなにB型肝炎についての知識を伝え、B型肝炎ウイルスキャリアの権利を擁護しなければならないと思ったのです”と言う。2007年、雷は被権利侵害者の身分でB型肝炎ウイルスキャリアのために権利擁護活動を始め、524人の中国科学院院士、1983大学の学長に手紙を出し、学生募集過程におけるB型肝炎ウイルスキャリアへの差別を止めるよう呼びかけた。彼が最も注目を浴びたのは、2009年に健康証を申請し受け取った時だ。事の起こりは2009年7月、国務院が、B型肝炎ウイルスキャリアは今後食品飲食業に従事することを禁止されないとの≪食品安全法実施条例≫を発布したことだった。同年9月1日、雷は健康証が交付されたという通知を得て、中国で初めての食品業就業健康証を得たB型肝炎ウイルスキャリアとなった。

鳴り物入りで証明書を申請、狙いは科学知識の普及

雷はどうして健康証を手にするのにこのように執着し突き詰めるのか?雷は、ただB型肝炎ウイルスキャリアの権益を勝ち取りB型肝炎への差別を消し去るために健康証を申請したのであり、、この健康証の象徴的意義は実際の用途より大きいと言う。

“社会にはB型肝炎ウイルスキャリアに対する多くの誤解と差別があります” 雷は、A型肝炎、E型肝炎ウイルスは消化器系を通じて伝染するが、B型肝炎は一般的に血液、性を通じて広がるため、キャリアが食品業に従事するのを決して妨げない、と言う。

雷はこの時健康証を獲得する過程で、かなり派手なパフォーマンスを行い、絶えずネットフォーラムでそれについて発言し、積極的かつ迅速にメディアと連携した。“私はこのことを通じB型肝炎ウイルスキャリアのことを社会に更に注目させ理解させたいのです。みんなに私たちは、決して怖い存在ではないと知らせたい。”雷は“私はメディアが私の健康証申請が成功したことを報道して、、一つのモデルを示し、B型肝炎ウイルスキャリアがあるべき権益を勝ち取るために各地が≪食品安全法実施条例≫を早く実行するよう督促したいのです”という。

権利擁護かパフォーマンスか

3年余の反差別活動の中で、彼は鮮やかな成果を得ると同時に、多くの疑問の声にも出遭った。多くの人は彼がこうしたパフォーマンスで大衆やメディアを引き付けるやり方に賛同しない。たとえば、山東省済南市社会保険ホールの入口で、顔に美容マスクを貼り、“B型肝炎表面抗原キャリアの採用拒否を禁止せよ”と書いてある座布団を協力者との間で行ったり来たりさせたり、北京のある幼稚園の玄関で、頭に灰太狼(灰色狼―中国アニメの悪役キャラクタ―)の面をかぶり、手に木斧を持ち、胸に“B型肝炎差別”の札を下げ、協力者が演じる“喜羊羊(同アニメの主人公)”の入園を許さず、“B型肝炎キャリアの赤ちゃん”が託児所に預けられる際に差別待遇を受けるのを風刺したり、またあるときは手に“私はB型肝炎ウイルスキャリアです”との札を挙げ、上海の南京路で道行く人を集めて会食したり……甚だしいのは、1983校の大学の学長に対し、雷が非常に神聖な気持ちで書いた≪大学受験で平等にB型肝炎受験生を入学させるようB型肝炎の学生が懇請する手紙≫もまた、一部のネットユーザーから“注目されるためのショーだ”と形容された――彼は郵便局へ行って手紙を出す日、手紙の束の上に立って記念写真を撮り、またわざわざ三輪車を借りて引っ張ってきた。

これらの活動への非難の声に対し、当時彼は不満で、腹立たしく感じた。彼は記者に対し“私がどうして有名になろうとするでしょうか?これが何の名声だというのですか!私の名が知れればしれるほど私がB型肝炎ウイルスキャリアであることを知る人は多くなるのだから、進路の障害も増えるのです”と話す。のちに彼は、他人の評価を気にしすぎると自分がしたいと思うことが出来なくなる、と達観した。

2009CCTV 中国経済年度人物候補者

2009CCTV中国経済年度人物候補者のリストには、全部で18人が代表的人物に選ばれたが、24歳の雷は最も“特殊”だった。彼は個人の力で、初めて食品衛生類健康証明書を用い、B型肝炎ウイルスキャリアの仲間のために公平な就業生活環境、平等な進学機会を勝ち取ったとしてエントリーし、有史以来最年少の候補者となった。11日、雷は深センで2009CCTV中国経済年度人物特別番組≪問道2009≫の録画取りを行った際、“雷のように人を驚かす”やり方で、偏見を倒し、“B型肝炎差別を粉砕した話をした。

会食する人を募集、総理が最後の目標

2010年7月28日は世界肝炎デ―、雷はこの日のために早々と“中国初のB型肝炎ウイルスキャリア”による会食への招待活動をスタートした。目標は7月24日のこの日、全国の少なくとも20都市で、都市ごとの反B型肝炎差別ボランティアが表に出て、10人を招き食事することだ。広州で彼が出した招待状は挑戦状に近く、彼は会食相手の一人として、広東省衛生庁副庁長の廖新波を選んだ。彼の計画のより重要な部分は7月28日で、総理と一緒に食事することを望んでいる。彼は3月22日から、毎日違った場所で総理に手紙を出した。雷が言うには、この日は総理を食事に招待するのに成功しなかったが、手紙を書き続けると約束した。

食事への招待でも、総理への手紙でも、一般の人から見ると、雷は気迫に満ちた偏屈な人で、九頭の牛も引き回せない頑なな人である。雷の会食パフォーマンスは1枚のリトマス試験紙のようなもので、彼の意図は偏見に満ちた社会に恥とばつの悪さを感じさせることにあり、彼はその目的のために平常人を超える責任を引き受けた:この果てのない膨大なB型肝炎の人たちのために動く雷の偏執と固執は、一種の、ひょっとしたら争議をもたらすかもしれないが、必ず誰かが払わねばならない犠牲なのだ。

雷の報道に関しては非常に多く、私たちは羊城晩報、銭江晩報、南方日報、新快報などのメディアにより、収集し整理した。

出所:≪彼らの声を聞いて――華東NGO訪問録≫

編纂者:民間組織天下公、2011-1

編集:李君暉

翻訳:岡田由一

校正:松江直子

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