2012/02/24 by Matsue

張競競:環境保護の公益弁護士

「私が仕事の中で直面した最大の困難は、司法制度全体が、環境保護に対して取り組みが不充分なことです。裁判所は汚染者の声に耳を傾けず、汚染を起こした企業に対しての罰則は充分なものではありません。私は今後、自分自身の力によって、全体的な制度と法の建設を推進し、環境保護の運動に参加していきます」

2011年6月5日、第四期SEE・TNC生態賞授与式で、北京環助法律事務所の創設者であり、主任弁護士である張競競さんは受賞スピーチを行い、環境保護の分野で奮闘する者の情熱をアピールした。「この仕事の私へのリターンは、金銭では到底測れません。この賞を獲得したことは、我々数少ない中国の環境保護弁護士への激励となります。」


颯爽としたショートカットの髪型の張競競さんは、中国で最も優秀な環境公益弁護士の一人である。彼女は法的手段を通して環境保護運動に参加し、司法の第一線で環境問題を訴え続けてすでに十数年になる。内モンゴルの赤峰の銅精錬工場が遊牧民の梨園と草原を汚染した件、河北省滄州の小洋人乳業が農民の果物畑を汚染した件、安徽省毫州の化学工場が渦河沿岸の農地を汚染した件、北京電気局の高圧電線が百旺家園小区の住民の身体の安全を脅かした件、広東省韶関の大宝山鉱山の選鉱くずが周囲の農村に大量の発がん性物質をもたらしている件など、10数年、張競競さんが受理した案件はすべて似かよったものだった。

張競競さんは、化学工場で繁栄した故郷-成都市青白江区思い起こす。大小様々な化学工場がひしめくその街では、煙突からもくもくと立ち上がる赤い煙、下水道から流れる様々な色の廃水が、当時の成都の広々とした平原に咲き乱れる花や緑の木々にとって代わり、それが故郷について深く刻まれた印象となった。大人になって、汚染された数多くの村や鎮を調査するにつれて、汚染の現場はどこもみな彼女の記憶の中の青白江のようであることに気付いた。

福建省の1721人の村民が化学工場を訴えたケースは、張競競さんが代理人で、中国で最初に成功した環境訴訟である。2000年頃、福建屏南の「榕屏化工場」で排出された塩素ガスが周囲の森林と水田を破壊し、樹林と農作物が「焼野原のようになって」枯れて死んだ。張長建さんという村のお医者さんが、自分で汚染状況を写真撮影し、それを世界自然基金会(WWF)などの機構のウェブサイトのフォーラムやメディアに絶えずに送信し、それが注目を集めた。

その訴訟案件を受け取ってから判決が終わるまでの5年間、訴訟代理人の張競競さんは、電話が盗聴されていたため、こっそり農民の親戚を装って証拠を入手したり、より多くの有利な資料を集めたりするほかなかった。煩わしくかつ遅い訴訟の過程を経て、ようやく勝訴した。賠償請求金額1300万元に対して、判決で得られた賠償金額は68万元とわずかなものであり、訴訟の目的を完全に達成できたわけではない。しかし、この勝訴はむしろ今後の環境案件の審議と判決に対し重要な意義をもつ。

これは環境弁護士と村民との共同努力によって勝ち取った勝訴である。この裁判中に適用された環境権侵害の案件における「挙証責任の転換原則」と「無過失責任原則」は、2008年の「水汚染防止法(原文:水汚染防治法)」と2009年の「不法行為責任法(原文:侵権責任法)」において、立法機関から認められた。これは、汚染被害者の権益保護や汚染を出した側に法的な責任を課すのに有利となる重要な原則である。

「私の仕事は、中国の環境問題の絶え間ない改善を必ずや推進できると強く信じています」と張競競さんは断言した。

住民は法律による解決を求め始めた

2004年、北京市電力会社が、西沙屯-上庄-六里屯を結ぶ高圧送電線を設置した。しかし、環境影響評価を実施しておらず、世界自然遺産である頤和園や高圧線沿線の住宅地や科学研究の諸機関への電磁波放射の影響も分析しておらず、沿線住民の反対とメディアの注目を引き起こした。これにより、北京市電力会社は、もとの設計を変えざるを得ないという状況になり、頤和園の近くの6つの高圧線タワーと送電線を地下埋設に変更した。しかし、送電線付近の居民が、電磁波放射の汚染を防止するために、付近の送電線を地下埋設に変えるよう請求したことについては、北京電力会社からは何ら答えを得られなかった。

そこで、張競競さんがこの案件の代理人となり、北京市計画委員会と北京環境保護局に対して行政訴訟を起こした。これも中国で初めて、建設プロジェクトでの環境影響評価をめぐって起こされた訴訟である。

2004年7月6日、百旺小区を含む沿線に位置する13の地域コミュニティと職場の申請に基づき、北京市環境保護局は、「行政許可法」と「環境影響評価法」の施行後初めて、環境保護事件に関する公聴会を開いた。2つの政府機構への行政訴訟は、最終的には地域住民の敗訴という結果ではあったが、これはみな、インターネットを通じて権利擁護活動を行ったり、公聴会開催の申請を通じて政府の政策決定に影響を与えたり、公民の景観権の保護等の新型環境権を提起するなどの重要な試みであった。

「本当に勝訴を勝ち取った事例はそれほど多くはありません。」だが張競競さんが言うには、旺家園の案件のように、敗訴したけれども、北京、上海、広州などの大都市では似たような境遇に置かれた住民らが法律を介した解決を追求し始めるというケースも次第に増えつつある。「とうとう中国にもこのように自らの非物質的な権利に関心をもつ人々が現れたのです。彼らの契約意識、権利意識及び組織性に未来を見ることができます。」

国際舞台に中国の弁護士の声を届ける

2011年3月25日、張兢兢さんの推進の下で、中国初の環境公益弁護士事務所である北京環助弁護士事務所(以下、環助所と略称する。)が正式に設立された。環助所は、環境法律面での援助の提供、環境公益訴訟の提起、環境裁判の判例を基礎とした環境法の研究と環境法領域における国際的な交流や提携の展開、及び資質の高い専門の環境弁護士の育成を主要な目的としている。環助所は中国の環境法治の改善を推進し、環境面における正義が実現されることを望んでいる。環助所は、現在専任公益弁護士と兼任ボランティア弁護士とで共同して構成されている。

「私たちの最大の願いは、国際舞台で中国の弁護士の声を発信できることです。環境と公正を守るために、専門家の集団的な力によって、環境法治のプロセスを推進していくことを望んでいます。」と、張兢兢は言う。

「これは、中国環境弁護士界の前途を切り開く重大な出来事であり、強力にサポートし提唱すべきです。」と、北京大学教授であり、中国全国弁護士協会環境資源法専門委員会の主任でもある汪勁さんは言う。しかるに、今現在、環境保護の仕事は次第に重圧が大きくなりつつあるが、中国の環境弁護士はまだ大きく不足しており、彼らの担う使命は重大である。「この道のりは、とても長く険しいのです。」

“SEE・TNC”生態賞審査委員会は、張兢兢さんについて次のように叙述している。「自らの職業の信条を固く守り、大河(長江)の南北に広くその足跡を残し、農村と都市部の汚染を受けた地域に深く入り込み、汚染の被害を受けた人に法律支援を提供しています。そして公益法の研究と法律家の育成に従事し、環境保護公益弁護士事務所を開設しました。彼女は、十年間にわたり環境公益の保護と法の尊厳の実現を実践して、社会と自然に信仰と理性の希望をもたらしました。」

(『南風窓』より抜粋)

北京環助弁護士事務所
北京環助弁護士事務所は、我が国で初めて環境法律援助を提供することを主な使命とする公益性の高い弁護士事務所である。環助所は環境法律援助を提供し、環境公益訴訟を提起し、環境裁判の判例による環境法の研究と環境法治領域における国際的な交流と協力とを発展させ、資質の高い専門の環境弁護士を育成する。

メールアドレス:zhjjzh@gmail.com

 

『社会起業家』雑誌社 2011年6月号より

http://www.npi.org.cn/uploads/magazines/npo/2_1011_103812.pdf

編集:華婉伶 写真は被取材者提供

翻訳:山下高徳、Vannasetta Varitta、伊藤綾

校正:南 裕子、松江直子

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