2011/11/30 by Matsue

建築労働者との対話

出稼ぎ労働者への賃金未払い等、労資問題は、流動性が高く孫請けが多い建設業界では特に深刻である。この問題は社会的に高い関心を集めており、法律や政策も次第に整備されてきているが、その一方で出稼ぎ労働者の70%が労働契約を結んでいないという驚くべき現実がある。2011年4月25日、北京大学で行われた「建築労働者との対話」というイベントでは、社会的弱者である建設工事現場の出稼ぎ労働者に再度焦点が当てられた。

労働者サービス団体の「北京行在人間文化発展センター」の李大君副事務局長が司会進行を務め、労働問題の専門家、出稼ぎ労働者の権利擁護活動家、労働者サービス団体や全国労働組合の幹部等がステージ上でディスカッションを行い、フロアの聴衆の間でも意見交換と交流を行った。労働者や学者、公益の弁護士団体や、全国労働組合、メディアを代表する参加者らは、建設工事現場の情況や、苦しい生活を送っている出稼ぎ労働者たちに歩み寄り、突っ込んだ対話を行った。イベント主催者の同センターおよび「ヘルメット大学生ボランティア・移動サービス・チーム」は、今回のイベントとそれに続く「5・1労働文化週間」期間中の一連のイベントを通じて、建設業界における賃金未払い問題の背後にある制度的な原因や、労働者権利擁護のための効果的な方策について探索し、各方面の力を動員して、建築業界とともに尊厳を構築したいと考えている。

法律は消音器のようなもので、力いっぱい叩かなければ音が出ない。

イベント参加者の中には、建設業における労働契約問題で初めて訴訟を起こした四川省閬中出身の労働者の何正文氏と、請負仕事の親方で労働者の集団権利擁護に何度もかかわってきた河北省出身の李新峰氏がいた。二人は、自らの経験をもとに労資紛争において労働者がとってきた二つの異なる権利擁護のアプローチについて語った。

何正文氏がとったのは、法的な手続きに訴えることだった。一年余の間、何氏は現地の労働監察所、鎮(訳者注:中国の行政単位)の労働科から区(訳者注:鎮よりも上位の行政単位)の労働監察局へ、労働仲裁を経て法廷まで持ち込み、2010年、最終的には締結していなかった労働契約の2倍に相当する賃金、残業代、賠償金等を勝ち取ることに成功した。李新峰氏と30名近い労働者は、年末が近くなった頃に賃金未払い分の支払いを集団で要請した結果、責任者4人が派出所で1日「滞在」するはめになった。未払い分の徴収には成功したものの、代償も少なくはなかった。どちらのアプローチも困難な道を歩んできたのだ。

ある労働者は、「私達は集団で権利擁護を訴える方法をとることが多い。賃金未払いに直面した場合、布団を背負って労働局に出向くのです」と語った。
一方で、別の労働者は別の意見を述べた。「多くの労働者が行動を起こさないのは、権利擁護にはコストがかかり過ぎ、私達にはそのようなコストを払う余裕はないからです」

対立的な集団での権利擁護運動は、短期間で結果が出るように思われるが、法律に抵触しかねない。一方、法的手続きに訴える場合、長期間におよぶ過程の中で、労働者は関連機関の間をたらい回しにされることが多い。固い意志と十分な法律の知識、そして外部からの強力なサポートをもって臨まなければ、法的権利擁護のための行動は、結果のない長いプロセスに埋もれてしまい、成功を得ることは難しい。

北京致誠農民工法律援助研究センターの王延斌弁護士は、「法的な手順を踏んだ場合、短くて1〜3ヶ月、長くて1〜3年以上かかります。」と話した。また、北京市農民工法律援助所の主任で北京市人民代表大会代表の佟麗華氏によれば、労災関連の権利擁護に関する案件の経験から判断すると、全過程を終えるにはおよそ3年9ヶ月ほどかかり、最長で6年7ヶ月もかかることもある。同じように出稼ぎ労働者への法的援助を行なっている北京義聯労働法律研究センターの権利擁護案件でもかかる時間には大差がない。出稼ぎ労働者に無料で法的援助を提供している公益団体は、往々にして団体自らが運営コストという大きな圧力に直面している。

李氏が聴衆内の労働者に賃金未払いに遭遇した経験があるかを聞いたところ、10数名が手を挙げた。労働者が自らの経験にについて言うところによれば、案件は異なってもその苦悩と憤りは似通っている。李氏は、より効果的な権利擁護の手段は何かという質問を投げかけたが、最後まで結論は出なかった。

北京大学社会学部の副教授で『大工地(巨大建設現場)』の著者である盧臨暉氏は、当時マルクスはイギリスの労働者について研究していたが、少なくとも『資本論』には賃金未払いという現象は出てこないにもかかわらず、現在では非常に普遍的なことになっており、その背景には構造的・制度的な問題がある、と指摘した。

ある出稼ぎ労働者は、「目下関連機関は、カネと資本や経営者と近しく、私達出稼ぎ労働者の肩は持ってくれません」と自らの感想を語った。このような関係のため、法律の文面上は次第に改善されているにも関わらず、出稼ぎ労働者の権利擁護の実態は困難に直面しており、積極的な行動がこの苦境を脱出する唯一の道だ。盧氏は、何氏の努力を高く評価し、「個人として多くのコストを払っており、何氏は様々な努力をされてきました。今の法制度は鐘ではなく消音器のようなもので、力いっぱい叩いて始めて音が出るものです。私達が鐘を叩かなければ法律は飾り物でしかありません」と述べた。

工事現場の労働者の境遇

中国の建設工事現場で働く労働者は2004年には既に4000万人に達した。社会から広く関心を集めている賃金未払い問題の圧倒的多数は、建設業において集中して発生している。 北京行在人間文化発展センターは2008年から工事現場の労働者問題に注目しており、出稼ぎ労働者に対し社会福祉サービスを提供してきた。3年間で数十カ所におよぶ北京の工事現場を訪問し、労働者と彼らの生活についての調査研究報告書を作成した。調査により労働者が直面している問題には大きく分けて6つあることがわかった。労働契約を締結している割合が低いこと、月給全額を受け取ることが難しいこと、社会保険への加入が難しいこと、現場での生活に必要な施設が粗末なこと、重大事故の危険性が高いこと、そして職場における教育・訓練が行われていないことだ。社会全体の所得が増加している中で、工事現場の労働者の多くは賃金がもらえるかどうかについて心配している状態で、これは社会に警鐘を鳴らすべき問題だ。

北京行在人間文化発展センターのプロジェクト・マネージャー劉麗君氏によれば、聞き取り調査の対象となった労働者の72%は労働契約を結んでいないと回答した。契約を結んでいた労働者でも、契約書を手元に持っている人は一人もおらず、その上、契約書の条項の多くは労働者にとって不利なものだった。雇用関係においては、幾層にも重なっている孫請け制度のため、資金の立て替えも重層構造になっている。請け負い仕事の親方は労働者に対して、徹底的に柔軟な雇用形態を採ろうとしているが、これは一見中立的な制度運用をしているようでも、実際は完全に資本側にとって有利なやり方になっている。劉麗君氏は、「労働者の組織能力や交渉能力がまだあまり発達していない情況において、柔軟性のある雇用形態では、雇用者による労働者の権益侵害や、賃金未払いが発生しやすいのです」と述べた。

2008年に労働契約法が公布されてからは情況は変化しており、雇用契約を締結しないと賃金の2倍に相当する賠償金が雇用者に課されるため、労働契約を結ぶ労働者が増えてきている。しかし北京行在人間文化発展センターの調べでは、その多くは形式的な契約で、雇用者が当局による検査に対応するためのものでしかなく、そのような契約を労働者が拒否した場合は仕事がもらえない。また契約に記載されている賃金は、口頭での約束による賃金より一般的に低く、労働者と雇用者の間で紛争が発生し労働者が労働局に苦情申し立てをした場合、契約書に記載されている賃金に従って支払いが行われる。さらには「不当に未払い賃金を要求している」とまで言われかねないのだ。

しかし、今年2月25日に全国人民代表大会常務委員会での採決により通過した刑法の改正案では、「悪意による賃金未払い」が初めて犯罪として定められた。改正法は5月1日から正式に施行され、賃金未払いに直面している出稼ぎ労働者らに希望をもたらした。全国労働組合法律作業部会の関祥坤氏によれば、全国労働組合は2003年に温家宝総理が農婦の熊徳明の未払い賃金請求を支援して以来、「悪意による賃金未払い」の取り締まりを刑法に盛り込むことを推進してきた。しかしこの改正法は、実質的な施行についてはあまり楽観できず、どのように判断が行われるのか、現実にはどのように実施されるのかなどに関してなお多くの問題があり、これからその効果に注目する必要がある。

如何に周囲の力を利用するか

このようなNGOの対話イベントにおいては、問題の整理と同時に、行動に焦点を当て、建設現場における目下の労働問題解決の方策をさぐる必要がある。転換期にあるソーシャル・ワークにおいて、いかに底辺の労働者にサービスを提供するかという問題の理念と実践について、李大君氏は一つの問題を提起した。労働者自身による法的権利擁護への行動以外に、周囲はどのような役割を果たすべきか、という問題だ。この問いに対して、中国政法大学ソーシャル・ワーク・社会政策研究室の郭偉和主任は、労働組合を含む周辺の支持者らは、外部者の立場からではなく、労働者らと共に力を合わせて問題に取り組むべきだ、と述べた。致誠農民工法律援助研究センターの王延斌弁護士は、労働者らに対しては、労働契約を締結するように努力し、締結できない場合には可能な限り証拠を集めるように、とアドバイスした。このような予防措置をとることにより、損失の拡大を避けることができる。そうでなければ公益の弁護士団体による援助はいつまでも火消しに追われるだけになってしまう。

専門的な労働者サービスを提供している団体として、北京行在人間文化発展センターは、ここ数年間で徐々に独自の作業モデルをつくりあげてきた。工事現場を訪問し、労働者から口頭で問題の変遷について理解する。現場における文化活動を通じてコミュニティーや班・チーム間の隔たりをなくし、労働者間のネットワークづくりを推進する。新聞や工事現場における図書室などを通じて労働者の教育を行い、労働関連の法令や政策についての知識を普及させる。個別の案件へのサポートを行うことで、意識を持たせ能力を開発する。農村を訪問して教育・訓練を行い、建設業に従事する出稼ぎ労働者による流動的な労働組合を形成する。大学生ボランティアと連携して協力関係をつくる。学者やマスメディアの力を借りて、問題の周知と広報を行う、等だ。

この過程において、様々な大学からの学生により形成されているヘルメット大学生ボランティア・移動サービス・チームも、現場訪問や労働者へのサービス提供の主力となっている。大学生が従来の境界線を越え、象牙の塔から出て工事現場に赴き、社会の底辺で生活している労働者らと密接な関係を持ち、困難な立場に置かれている人々と同じような生活を体験し、市民社会が育ちつつあることを人々に知らしめることで、将来の社会的基礎が形成されるのだ。

郭偉和氏は、北京行在人間文化発展センターとヘルメット大学生ボランティア・サービス・移動チームによる協力は、まさにソーシャル・ワークの転換の内容を実践したものだとみている。出稼ぎ労働者の身分の転換と権利擁護は、ソーシャルワーカーによる心理的な指導や慰めなどで解決できることではなく、システム内部の資源と連携して着手しなければならない問題だ。公安・検察・裁判所の各部門とのやり取りや、現場の労働組合の組織形成、労働者によるアーティスト組織など、様々な発言・表現の手法を組み合わせ、システム内部から変化を推進する必要がある。

「私達が労働契約法を勝ち取ったのではなくて、裁判の結果として与えられたのだとしたら、どうやってそれを本当に実施できるでしょうか。私達には私達労働者を確実に代表する組織が必要なのです」。北京出稼ぎ労働者の家、新労働者芸術団の創始者である孫恒氏は、労働者自身の主体性について特に強調した。孫氏は、「主体性なくして外部者に頼っても意味がありません。私達は権利意識を持って自らを組織し、団結して共に立ち上がる必要があるのです」とイベントに参加した労働者達に語りかけた。

現場の労働組合を如何に労働者自らの組合にするか

孫氏が問題提起したように、労働者の権利問題を解決するためには、社会からの支持と推進力を、労働者の自主性と自らを組織する能力の開発から切り離して語ることはできない。長いこと非難の対象となってきた中国の労働組合が、現行の体制のもとで労働者の利益を真に代表する組織に転換できるかどうか、社会は期待している。

労働者問題の専門家らは、現場の労働組合の構成と独立性の問題について提起した。中国労働関係学院講師の聞效義氏は、現場の労働組合では往々にして経営者が組合の代表者を務めており、これらは全て違法である、と指摘した。近頃いたるところで労働組合が組織されており、意図は良くても設置後に変異してしまい、現場の労働組合は真の力を発揮できていない。広州では、目下建設業の労働組合の設立を試みており、全国労働組合では組合の代表者を専従の役職にすることで、組合の主席と経営者との関係を断とうと試みている。このような新しい方策によって改善の兆しが見えている。

「労資衝突が激しい社会の転換期において、労働組合に対する要求は高まっています。単純な普及率の問題ではなく、いかに確実に組合の運営効率を上げるかが大切です」と北京大学社会学部の盧臨暉副教授は語った。

北京行在人間文化発展センターは既に、河北省郉台の農村出身の出稼ぎ労働者の故郷で、村(訳者注:末端行政単位)レベルの労働組合を設立するという試みを行なっている。しかし組合員は各地に分散しているため、その力を発揮することは難しい。組合員が未払い賃金請求のために県レベルの労働組合に助けを求めても、県レベルの組合はその労働者を現地の組合員と認めず、援助を拒否するのだ。

これに対し、関祥坤氏は、全国労働組合はより多くの労働者の参加を望んでいる、と表明した。「地域や町内会レベルの工事現場でも労働組合を形成することは可能です。5名以上が集まって労働組合準備委員会を組み、町内会や居民委員会に申請した後に組合委員を選出すれば、組合の専門職員が来てサポートしてくれます」。この他、県レベル以下の鉱山、建設工事や飲食業等の業界や地域ごとに組織することも可能で、労働者が出身地から分散して出稼ぎに行くために生じる問題を解消することができる。関氏は、「各地に権利擁護の連動システムがあり、全ての労働組合は同じ一つの家族です。1992年の労働組合法に明確に規定されているように、地方の組合が機能していない場合は上層の組合に訴えることができます。」と述べた。

一部地域での実践には望ましい傾向が見られる。長期にわたり労働者問題に注目してきた『第一財経』の記者の王羚氏は、瀋陽は非常に多くの工業労働者を抱えている都市だが、今年は市内で建設業に従事する労働者の80%が労働契約を締結するよう推進する予定だ、と報告した。王氏は昨年試験的にこの試みが行われていた会社を取材した。事業部、労働組合と請負仕事の親方の三者で契約書を締結しており、各々で契約書を手元に持ち、監督も行き届いており、労働者と経営側が賃金面で対立した場合の集団交渉の内容についてもひととおり定められていた。このような体制のもとでは賃金未払いは発生しにくく、発生しても書面の証拠が手元にあるため、労働組合が賃金支払いを要請することも容易にできる。

昨年全国労働組合は、「権利擁護は安定維持の前提と基礎である」と表明した。政府が、フォックスコン社等の一連の労働関連事件の後に反省し、経済成長と輸出に重きを置いた低賃金・低保障の経済モデルから、民生問題や労働者の法的な権利に注目するように変化していることがわかる。このような変化によって、労働組合が労働者の利益の代表へと転換し、現場での労働組合の発展について模索することが可能になるだろう。

出典: 中国発展簡報2011年夏季刊
作者: 付涛

http://www.chinadevelopmentbrief.org.cn/qikanarticleview.php?id=1199

翻訳:A.K
校正:土居健市、松江直子

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