2009/01/28 by GLI Japan

2009年1月13日-18日中国社会起業家訪日交流活動開催

社会起業家のコミュニティ再生における役割-日本社会的企業視察ワークショップが成功裏に終了2009年1月18日、「社会起業家のコミュニティ再生における役割」をテーマとする日本社会的企業視察ワークショップが成功裏に終了した。6日間に及ぶ今回の活動は、日本の社会起業支援組織であるETIC.Social Venture Partners東京、およびGLIが共同で企画・運営したものである。三団体は2007年12月にも、中国の社会起業家支援型組織の代表者たちによる初の訪日視察活動を組織している。 今回は北京・上海・四川から、以下9名のNGO・社会的企業・メディア代表者が参加した。

謝麗華 北京農家女文化発展センター理事長
羅兆紅 北京昌平農家女実用技能育成学校校長
宋慶華 コミュニティ・アクション(社区参与行動)創設者・理事長
趙旭 同上理事長アシスタント プロジェクト進行係
岳耀 国際美慈(MERCY CORP)項目経理
尹春涛 北京富平学校コミュニティ発展センター プロジェクト副ディレクター
任旭平 旭平兎業有限公司理事長 兎王扶貧研究センター副主任
李攀 中国の著名ビジネス誌『東方企業家』 クリエイティブディレクター
王国慧 フリージャーナリスト

参加者団体の多くは、現在四川省などの被災地にて復興活動を展開している。

なお、今回の交流プログラムは、日本国際交流基金より部分的な助成をいただいている。今回は、「災害復興と社会的企業(社会起業家)の果たす役割」、「地域社会を巻き込んだ教育」、「自然資源と第一次産業」、「高齢者介護」、「障がい者の雇用機会創出」などのテーマで、各分野で活躍する団体を訪問して交流を行った。

1月13日、一行は大阪に到着し、関西地区のNGO団体代表者とGLIネットワーカーが入念にアレンジし、関西学院大学の会場協力を得て行われた フォーラムに参加した。NGO・企業・行政・大学・メディアから60名近い参加者を得て、2時間近く行われたフォーラムの席上、農家女文化発展センター理 事長の謝麗華さんが、同センター設立と発展の経緯を紹介し、コミュニティ・アクション事務局長の宋慶華さんが、彼らが参加している四川省の被災地復興活動 の進捗情況を紹介した。

song

フォーラム参加者からは、「東京に比べ、関西の組織は海外組織との交流機会が少ない。今回、公益とソーシャル・イノベーションの分野の第一線で活躍 する中国の社会起業家の方とお会いでき、大変力づけられた」という意見を多数いただいた。中国側からは、「日本に期待したいのは、阪神大震災の復興活動経 験の中から、四川被災地の復興にとって有益な手助けを提供していただくこと。そのために、関係団体同士の連携を手助けしたい」という発言があった。
フォーラム参加者のアンケート結果はこちら

1月14日午前、一行は宝塚市にある宝塚NPOセンターを訪問した。理事兼事務局長の森綾子さんから、センターが阪神大震災当時に立ち上げたボランティア・コーディネートセンターからはじまり、この地域の復興を長期的に支援する核心的な団体に成長するまでの10数年の努力と苦労の道のりを紹介していただいた。

Morisan
午後、一行は阪神大震災で最も大きな被害を受けた都市である神戸に電車で向かい、まず中央区にある世界防災減災基地-「人と防災未来センター」 を見学した。同センターは日本政府と兵庫県が共同出資して設立したもので、阪神大震災の貴重な教訓を人類共同の財産として後世に伝え、国内外の地震災害が もたらす損失を軽減することを目的としている。センターは調査研究組織も併設しており、大型災害と防災関連資料の収集と蓄積を行って系統化・データベース 構築を行うほか、災害対策の専門家を育成する世界最大の基地となっている。

1月17日がちょうど阪神大震災から14年目にあたるため、センターには多くの見学者が来ていた。詳しい展示資料やさまざまな趣向を凝らした防災教 育コーナーは、一行に深い印象を残した。見学終了後、センターの会議室において、「コミュニティ再構築における社会的企業の役割を考える―震災後の復興の 経験を通して」のテーマのもとにワークショップを行った。まず、大阪のNPO法人ダイバーシティ研究所田村太郎さ んから、阪神大震災以降の関西地区における社会的企業の発展情況について紹介があった。田村さんによれば、大阪・神戸・京都の三都市の文化には違いがあ り、それぞれの地の社会的企業が重要視する領域も違う。地震により、政府から民間まで、市民社会に対する認知と参与が高まったが、日本の市民社会のここ 10数年の発展の教訓は、ただ量を求めるのではなく、質を追求するべきである、ということだ。NPOにはイノベーション能力がなくてはならない。

Bosai center

続いて「人と防災未来センター」研究員の菅磨志保さんから、阪神および中越地震の復興過程でコミュニティビジネスの果たした役割についての研究結果が紹介された。日本側の要望に基づき、中国側を代表して、四川省兎王貧困扶助研究センター副主任の任旭平さんとMercy Corp中国プロジェクトマネジャーの岳耀さんが各自の団体の四川大地震復興事業を紹介した。
未来センターからの参加者は、任さんが四川省で行っている産業による自力更生および貧困扶助活動に深い関心を示し、今年中に任さんの会社を訪問したいと希望した。

1月15日午前、一行は大阪市淀川区のNPO法人日本教育開発協会(JAE)を 訪問した。JAEは若者主体の、活気に満ちた団体だ。彼らは企業・行政・学校・コミュニティと連携し、未来を担う子ども達が夢や志を描けるような、そして 挑戦できるような、自立した若者に成長できるような教育を目指している。2001年に設立され、目下の主な財政収入は、政府の助成金や寄付ではなく、団体 が独自に行うプロジェクトから得ている。JAEの池田直子さんは、担当する「ドリカムスクール」 プロジェクトが07年ー08年に淀川区の十三中学校(1箇所)・小学校(5箇所)と協力して行ったプロジェクトを紹介した。これは子どもたちにスーパー マーケットで業務体験をさせ、理想のスーパーマーケットを考えてもらう活動で、このプロセスを通じて子供・保護者・地域の企業やコミュニティの間に連携と 信頼を打ちたてることができる。その具体的なやり方は中国側に多くの啓発を与えた。

JAE

午後、一行は大阪を離れ、電車で古都・京都に向かった。有名な京都御所に程近い静かな通りに面した伝統的な町家に、アミタ持続可能経済研究所は あった。この研究所は、太陽エネルギー発電で有名なアミタ株式会社が2005年7月に出資・設立し、「農林水産業のイノベーション」を目標に、地方の持続 可能な経済システムの構築を推進している。農業・林業・水産業の各分野の専門家を擁し、主に事業企画と調査研究、人材育成等の業務を行う。環境、農林水産 業から始め、各地域に最も適した総合的な発展計画を提供し、実施過程でも支援を行うそうだ。三人の研究員が、それぞれの分野の事業を紹介した。
農業:農家と協力して米などの有機栽培を推進し、販路を開発する。
林業:森の牧場方式により、林業資源の開発と牧畜業の保護を結合する。
水産業:「海のエコラベル」と呼ばれる「MSC漁業認証システム」を日本ではじめて導入し、大型食品スーパーチェーン企業と協力して、認証済の海鮮食品を販売している。

amita

1月16日、一行は京都にて束の間の休息を取った後、新幹線に乗って最後の訪問地である東京に向かった。まず横浜市根岸にあるK2インターナショナルを訪問した。K2は「生きづらさを抱える青年たち」を支援する非営利団体であり、1組の夫婦によって20年前に設立された。K2はそのような青年たちのための共同生活と交流の場所、又働く場所を創出し、生活の喜びや人に必要とされる感覚を体験できるよう尽力している。

K2

K2で「学んだ」という若者が、彼らの宿舎を案内してくれた。K2が管理・運営している宿舎は全部で6棟あり、根岸の住宅街に散在している。宿舎の見学に続き、私達はK2が運営している「ユースプラザ」において、K2創設者のの金森京子さんと統括責任者の岩本真実さんから、団体発展の経緯を詳しくお聞きした。夜、一行はK2の経営するお好み焼きレストラン「コロンブス」で、美味しい夕食をいただいた。レストランで働くスタッフは、全員がK2の「卒業生」であり、中には勤続10年の若者もいた。

1月17日は、今回の訪日日程の最終日だ。午前中、一行は東京一の繁華街、銀座にあるスワンベーカリースワンカフェを訪れた。二つとも、多くの流行・グルメ雑誌にとりあげられるほどの人気スポットだが、客の多くはスワンの従業員の大半が障がいを持つ人であることを知らない。スワンベーカリーは、有名な「クロネコヤマトの宅急便」創始者、前理事長の故・小倉昌男さ んが晩年に一から作り上げた企業で、その理念は「障がいのある人もない人も共に働き、共に生きていく社会の実現」ことだ。日本には約600万人の障がい者 がいるという。政府が毎月提供する福祉手当以外に、彼らは一般的な福祉作業所などで働いているが、毎月の給料は1万円以下だそうだ。小倉さんは1996年 にヤマト福祉財団を設立し、市場が必要とする商品を提供することによって、障がい者企業の価値を高める道を探し出し、障がい者も健常者と同じように安定し た収入を得て幸せな生活を送れるようにしたいと願った。1998年6月、小倉さんは銀座にスワンベーカリー一号店をオープンし、苦しい努力の末、2003 年、新社長海津歩さんのもとでついに赤字から脱却した。現在、チェーン店は23店に上り、宅急便の配達網を生かして、交通の発達していない地方へも毎日新鮮で美味しいパンやケーキを配達している。

Swan

スワンの従業員のうち、障がい者は7割以上を占め、270名あまりである。海津さんは力を込めて訪問者たちにこう説明した。「私たちには障がい者と 健常者の区別はなく、業務成績が良いかどうかの区別があるだけです。かつて障がい者が福祉作業所などで生産していた商品は、人形や飾り物など日常生活に あってもなくても良いような物が多かったのです。多くの人は同情心から一回は買っても、再び買うことはありません。しかし、スワンで生産しているのは、お 客様が毎日消費する食品です。私たちは、品質とサービスで勝負しており、障がい者をことさら前面に押し出すことはしません。お客様はお店で、どのスタッフ に障がいがあるのか、全くわからないでしょう。赤坂店では、毎日昼時の1時間のピーク時に、200人ものお客様を接待しています」

日本訪問の最後の訪問先は、美しい湘南地区・藤沢市にある高齢者施設経営の株式会社サンフォーレだ。 サンフォーレは1988年創立、案内してくださった堀井利修社長は根っからの藤沢人だ。かつて、日本の多くの高齢者施設は辺鄙な郊外に建てられ、設備や サービス面では整っていても、そこに暮らす高齢者は、たまに家族が面会に来る以外は、外界と隔絶されたような孤独な生活を送っていたそうだ。サンフォーレ の経営の最大の特色は、コミュニティに根ざし、その資源を活用して、コミュニティにおける介護とプロによる介護を結びつけたことだ。サンフォーレは現在、 12箇所の介護施設を経営しており、入居者は基本的にその地域で暮らしてきた高齢者だ。施設で暮らしていても、周囲は自分がよく知っている環境であり、隣 人である。「小規模多機能型居宅介護」と呼ばれている。高齢者はできるかぎり、自分の希望に沿った自主的な生活を送る。各施設は少人数私募債を積極的に活 用して建てられ、規模の最も大きい施設でも、入居人数は30名を越える事はなく、責任者が入居者ひとりひとりの違ったニーズを把握できる。また、それぞれ の施設では、部屋総数の一割程度の空き部屋を用意し、周辺に住む高齢者の急なニーズ、たとえば同居家族の旅行や出張などの際に、一時的入居ができるように 配慮している。

sunforet sunforet2

施設見学と堀井社長との交流の後、私たちはサンフォーレのご好意により施設の一角をお借りして、今回の訪問交流活動の最後のプログラムとなるワーク ショップを行った。一行はまず、今回のスケジュールを振り返り、(1)最も印象深かった所、(2)自分の現在の仕事には、あまり参考にならなかった 所、(3)最も衝撃を受けた所について、それぞれの意見を発表した。今回の訪日団のメンバーはそれぞれ異なった分野から参加しているため、発表された意見 には共通の部分もあったものの、それぞれが違う部分に重要性を感じていた。多くのメンバーが今回の活動の組織団体に感謝を表明すると同時に、多くの適切な 提案を行った。たとえば、今後の訪問交流活動は農業・環境保護といったような専門領域ごとに組織してほしい、訪問期間を延長できないか、同じ団体からのメ ンバーだけで訪日団を構成すれば、学んだことを実践に移しやすいのではないか、など。

ワークショップの最後に、今回の訪問先をアレンジしたETIC.の広石拓司さんが、ひとつひとつの訪問先とプロ グラムの全体的な目的について、総括的な発言を行った。「サンフォーレの高齢者介護にしても、JAEのドリカムスクール・プロジェクトにしても、その成功 が体現しているのは、社会的企業の核心的価値、つまり人と人の関係づくりだ。社会的企業は、そのサービスや活動により構築したプラットフォームを通じ、一 見関連のないような、違った背景を持った人々を、主流が否かにかかわらず共同のコミュニティの構築に参加させる機会となる。このような理念と手法が災害復 興の過程で大きな役割を果たすことを信じている」と語った。

今回の活動で訪問した団体ごとの報告は、今後、順次サイトにて掲載していく。また、この機会を借りて、今回の活動の計画から実施に至る過程で、多大 なるご協力をいただいた皆さんに感謝したい。まず、今回、9人のメンバーの活動への参加と、私たちに寄せてくださった信頼に対して。そして日本の国際交流 基金北京日本文化センターの小島副所長による大いなる支援、日本側の共同組織者、関西のGLIネットワーカーやボランティアのみなさんの熱心なサポート、 またお忙しい中、暖かく私たちを迎えてくださったすべての訪問先団体の皆様、最後にGLIの上海・東京事務所のスタッフにも感謝したい。

丑年の、皆様のご健康、ご多幸を祈りつつ。

2009年1月
GLI事務局長 李凡

(翻訳:松江直子)

 

This post is also available in: 簡体中国語

Facebook Twitter 微博

CATEGOLY