2009/02/16 by GLI Japan

日本の社会的企業を訪問して-富平学校・尹春濤訪日感想 (前編)

1月13日ー19日、GLIの招きを受け、日本の大阪・神戸・京都・東京などに赴いて現地の社会的企業と交流を行った。主な交流先は、宝塚NPOセンター、人と防災未来センター、JAE、アミタ持続可能経済研究所、㈱K2インターナショナル、㈱スワン、㈱サンフォーレ、大地を守る会、ダイバーシティ研究所、UNITED PEOPLEである。Yin
これらは、企業法人やNPO法人などその立場は様々であるが、ある一点で共通している。それは、彼らに社会的企業を立ち上げることを決意させた原動力の源 が、直面した社会問題を解決したいという彼らの「思い」であったことだ。ある人は創業の初期にはNGOや社会的企業のことなど全く知らなかったが、資源を 有効に生かして社会問題を解決するというニーズに応じて、ある種の組織形態を考え出した。彼らが展開する業務は具体的・現実的であり、抽象的な理論による 唱導はない。しかし細かな日常経営の細部にこそ、ある種の精神が涵養されている。その精神こそが、業務の展開に伴い、一見関係のなさそうな人々を結びつ け、互いに関係を樹立し、共に事業の持続的な展開を推進していくことになる。
ここでは特に印象的だったいくつかの団体について述べる。
Jae
特定非営利活動法人 宝塚NPOセンター
センターを立ち上げた森綾子さんは、普通の主婦だった。10年前、彼女はボランティア・ コーディネーターをしていたが、阪神大震災が彼女の考え方を変えた。助け合いの精神に欠ける市民たち。復興プロジェクトを行うにも決定権がなく、行政の決 断を待つことしかできない。自分になにができるのかもわからない市民が困難に遭遇した時、誰も助けてはくれないことを目の当たりにして、森さんは宝塚 NPOセンターの立ち上げを決意した。コミュニティに根ざし、市民を主体とした団体がコミュニティの問題を解決することをサポートし、サービスを提供する ことを通じて、長期的な復興活動を支援する。この考え方は多くの専門家を引き付け、その加入によってセンターは新しく立ち上げる団体に対する包括的なサ ポートを提供できるようになった。センターでは講座を通じて起業意思のある人を見つけ、更に詳しいコンサルティングを行ってその起業理念をより明確にする 手助けをする。更に法人登録のプロセスに協力したり、事務スペースを提供したり、助成金の申請の仕方を伝授するなど各種の情報提供を行い、彼らが行政や企 業との協力ネットワークを構築できるよう支援する。

いままでに彼らが設立を支援したNPO法人はすでに200以上に上る。市民の自主的な活動が徐々に成熟するにつれ、彼らは行政への政策提言に力を入れるようになり、行政側も市民基金を次々と設立するなどして、この動きに応えようとしている。

市民が自主的に行う事業は、みな現地の問題とニーズに着目し、その解決を目指すが、これがコミュニティの自主的・自立的な発展を促す。手がける領域 は、教育(不登校児童に学びの場所を提供)、託児所(共働き夫婦のための託児サービス)、高齢者や障がい者、外国人へのサービス提供、市民のための起業サ ポートなどである。これらの事業の発展は、これまでの人々の、行政と外界の援助をただ待つだけといった受動的な観念を変えた。彼らは自らの考えでやるべき ことを見つけ、多くの雇用機会を多元的に創出するようになったのである。

センターの財源は、行政や財団の助成金と会費収入である。
Morisan
多くの専門家を擁し、起業した団体に対して持続的な専門サービスを提供し、目標はコミュニティの復興を促進することに置く。これが宝塚NPOセンターで最 も印象的だった点だ。中国にも多くのNGOのキャパビル・プロジェクトがあるが、その多くはトレーニング段階に留まり、その後のサポートに欠ける。このた め、コンセプト的には常に更新されているものの、実務はいつもうまく行かず、「トレーニング時の筋金も、家に帰ればうどんのよう」などと揶揄される状態 だ。これが続けば、人々はいわゆる「新しい考え方」に反感を感じるようになるだろう。宝塚NPOセンターが私たちに与えてくれた啓発は、重要なのはNGO を始める人々を支援する事ではなく、協力し合う形でコミュニティの問題を解決する人々を支援することだ。

ユナイテッドピープル㈱

関根健次さ んはユナイテッドピープル㈱の創始者であるが、30歳を少し出た所とお見受けした。この団体は今回の訪問先ではなく、私達が彼と知り合ったのは初日の フォーラムに先だって行われた食事会の席上だった。彼とその仲間は、IT技術を駆使して、戦争の脅威を無くすというおよそ普通の人の生活からは距離のある 考えを、ネットを通じて人々の日常行動に落としこみ、若者を中心とする何万もの日本人がこの問題に注目するきっかけを作っている。 ホームページを見た り、広告をクリックしたり、ネットショッピングをするといった簡便なやり方で、戦争の直接的な被害に遭っている地域に人道支援を行ったり、関連NGOに資 金面、精神面でのサポートを提供している。

私の生活経験の中では、この種の問題は人々の茶飲み話の種にすぎない。ちょっとしゃべるだけで、自分の生活とはあまり関わりがない。それに、個人の 力はこんなにも小さいのだから、自ら行動を起してその責任の一端を引き受ける人などいるだろうか?しかし、関根さんは、まさにその志のために起業したの だ。私は非常に感銘を受けたので、ここでみなさんにも彼の起業物語をお話したい。

関根さんは旅行が好きで、歴史や国際関係に注目して旅行を楽しんできた。たとえば、瀋陽に行った時、彼は918博物館(訳注:満州事変博物館)に行 き、日本の学校では教わらない歴史の側面を理解した。彼には、日本の多くの若者はこういった問題を知らず、お金や消費することにばかり関心を向けているよ うに見える。しかし、日本人の知る歴史と中国人の知る歴史が違っているため、双方が交流するときに衝突が起こりやすく、真の相互理解に到達することは難し い。

1999年、彼は中東のガザ地区で一人の男の子に出会い、一番の夢は何かと尋ねた。男の子の答えは「(敵を)殺すこと」。この子は紛争の時、目の前 で叔母を殺されていたのだ。この答えに関根さんはショックを受け、戦争の脅威の無い世界を作りたいという強烈な願望を持つに至った。しかし、どうやって? 自分一人の力で何ができるのか?このような疑問を抱きつつ、関根さんは旅行を続け、長い間考え続けたのだろうと私は想像する。時間の関係で、細かい話はお 聞き出来なかったため、みなさんも彼の心の旅路を自分で想像してほしい。
そして、その旅路の果てに、彼は6年前に数人に共同出資を持ちかけ、ネットコンサルティングの会社を設立し、稼いだお金をNGO、特に緊急人道支援を行う NGOのサポートに使うことを考えていた。最初の一年、会社の成績はひどいもので、投じた資金がほとんど底をつくころになっても、会社には収入がなかっ た。半年後、彼らはひとつの経営モデルを思いつく。企業の商品にネット販売のプラットフォームを提供し、例えば商品が売れる毎に代金の1%をNGOに寄付 し、1%を会社の運営資金にする。何%になるかは、企業により異なる。原則半額を寄付することをルールとした。そして、「クリック募金」というネット広告 の業務も始めた。ワンクリック毎に、企業は一定額を支払う。1円はNGOの寄付に、1円は会社の手数料となる。4年近い努力の末、会社はやっと収支均衡の 状態になった。彼らのサイトには、世界情勢に関するコーナーがあり、世界各地で起きた大きな事件を紹介して、人々が国際問題に関心を寄せるよう促してい る。また、キャンペーン活動も行っており、ネット署名の形で、日本政府に外交政策を変え、戦争の被害を受ける地域に人道援助を行うよう呼びかけている。こ んなにも多くのことをしているのに、世界はほとんど変化を見せないことを関根さんはとても残念に思う。2006年にガザを再訪した時、前より情況は悪化し ていると感じた関根さんはとても辛く、落ち込んだ。しかしながら、彼のサイトは、訪問者が日に日に増え、ますます多くの人の注目を集めている。そしてそれ こそが、彼が仕事を続ける原動力となっている。一人の力は小さいけれど、その力を合わせれば変化を起こせると関根さんは信じ、次はこの活動を国際社会にも 広げようと考えている。

生活の中で、誰もが心動かされる瞬間がある。世界を変える力はしばしばそのような心の動きの中に宿っている。心の動きを行動に移し、より多くの人の 力を集め、共同事業を持続的に進めるためには、あるメカニズムを作り出さねばならない。人々をつないで、同じ夢を分かち合い、リソースを効果的に統合し、 各人の能力と得意分野を発揮させるのだ。日本の社会体制は中国とは違う、と言う人がいるかも知れない。しかし、これは体制とは関係ないことだ。どんな社会 においても、その社会に合った解決の仕方を見出すことはできる。その鍵となるのは、人々に現実の問題を直視する勇気とそれを引き受ける精神があるかどうか だ。もちろん長い目で物事を見る優れた見識は必要だ。なぜなら、眼前のことしか見えない人は、一度や二度の失敗であきらめてしまうから。

(2)に続く

文:尹春涛(富平学校コミュニティ発展センター)
写真::李 攀(雑誌<東方企業家>)、松江直子
翻訳:松江直子

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