2009/12/10 by GLI Japan

【藤田和芳】命のネットワークを再建―「大地を守る会」を訪問して(後編)

日本の有機社会運動:人と人の関係の再建

大地を守る会の理事が、会が成功した要因について語った際に強調したのは、消費者と生産者が、互いに顔が見えるということだ。 アミタ持続可能経済研究所を訪問した際にも同じような話しを聞いた。なぜ彼らはこの点を強調するのだろうか?この疑問を念頭において、日本の戦後の市民社会発展の歴史を振り返ってみよう。

日本の市民社会の発端は、第二次大戦後のボランティア活動だ。当時、ストリートチルドレンが社会から広く注目を受ける問題の一つとなっていたが、 丁度その時西洋からボランティア活動の理念とその形が伝わった。多くの一般市民がストリートチルドレンを援助するボランティア活動に参加するようになり、 自発的に社会的責任を担うという市民意識に大きな影響を与えた。

60年代・70年代には、日本では急速な工業化により一連の環境問題が起こり、四大公害事件が続けて勃発した。都市部の消費者と農村部の生産者 は、健康と環境問題に関心を持つようになり、環境運動と消費者運動の発展が促進され、(両者の一部により)有機農業を通じた連係関係がつくられた。

この過程で、日本の女性は非常に重要な役割を果たした。60年代、四大公害事件の一つである水俣病が起こった後、一人の女性作家は、被害を受けた農 村を調査し、公害病患者の家庭の苦境に胸を打たれ、農村の女性らと共に、公害を引き起こした会社をに対し賠償を求めて提訴した。勝訴という結果は、自らの 環境を守る権利に対する情熱に火をつけた。地域的な運動から次第に全国に広がり、賠償を求めて闘う運動から、汚染防止や環境保全を求める運動へと変化し た。環境保全に対する意識の向上にともない、農民も農薬や化学肥料が人や家畜におよぼす危害、そして地力への影響について意識するようになり、有機農業に 挑戦、実践するようになった。

その一方、都市部の女性が牽引してきた消費者運動が、第二次大戦後に再び盛り上がりを見せ、全国各地で主婦グループが発足した。初期に最も活発だったのは東京と大阪の「主婦連合会」で、商品の価格の合理化と安全性確保という二大目標を掲げた。

70年代に消費者運動に携わった人々は、環境問題の重要性を意識し、日本消費者連盟や、多くの小規模な草の根レベルの市民団体等、新しい消費者グ ループができた。これらの組織は、利益主義の経済システムを激しく批判し、食品や日用品の安全性と環境の関連性について論争を展開した。一部の女性主導の 消費者団体は、「過剰包装反対運動」や「合成洗浄剤反対運動」を展開した。その結果、滋賀県は、琵琶湖条例を制定し、(リンを含む家庭用)合成洗剤の使用 を規制するに至った。これは、洗剤の使用を規制する自治体条例としては初めてで、その後多くの自治体が滋賀県の後に続いた。

1969年、当時稲作の過程で殺虫剤が広く使用されており、殺虫剤を撒かれた稲わらを乳牛に与えていたため、牛乳に残留殺虫剤が見つかった。このこ とは、社会に衝撃をもたらし、乳幼児の中毒が心配された。政府は、直ちに全国の稲わらを完全焼却することを命令し、殺虫剤の使用も禁止された。この事件 は、一部の団体に、残留農薬の無い食べ物を要求できるのだということを意識させ、消費者と生産者が共通認識を求めてつながる機会を提供したのだ。

1971年には、日本有機農業研究会(JOAA)が 設立され、消費者、生産者、学識者等の団体や個人が会員となった。JOAAは、設立後すぐに、消費者と生産者の共同購入システムである「提携」をつくるこ とを組織の重要な任務の一つとした。「提携」が、有機農業発展の鍵となると考えたからだ。その概念は、従来の市場による運営を離脱し、それに代わる販売シ ステムをつくることだ。「提携」の形式は多様だが、基本的には直売・配送の形式をとる。実際には、生産者と消費者が相互理解を深めるように努力し、双方が お金と力を出し合い、自ら栽培・加工・配送のシステムをサポートすることだ。彼らは、従来型の市場主導の運営方法では、生産者と消費者が完全に分断されて おり、有機農業管理の持続可能性を保障するのは無理だということを理解していた。

JOAAによれば、「提携」の手法は次のような考えに基づいている。(1)化学物質による悪影響は、純粋な技術面の問題ではなく、配送システム、消 費構造と農業政策の運用が、完全に崩壊していることの現れである。(2)絶え間なく膨張する商業市場と食品工業は、生産者と消費者のコミュニケーションを 妨げ、最後には両者とも誤解を蒙るにいたる。(3)このため、消費者もこの悪循環に対し責任を持つ必要がある。(4)このような現象を是正するには、生産 者と消費者が対話できる関係をつくり、理解し合い助け合う必要がある。

熊本大学の徳野貞雄教授は、従来の「農業生産力論」に代わる「生活農業論」を提案し、日本で「有機」に対する別の考察を主導した。それは、「生産者 が消費者に直接販売すること」こそが、有機だという考え方だ。これは、有機の概念を「化学肥料や農薬を使わない」という単一的な解釈から、「生産過程を透 明にし、生産者と消費者の信頼関係をつくる」という考え方に拡大した。つまり、認証ラベルという市場経済の理念から、「顔が見える」という視点に変わった のだ。(例:「これは小学校の同級生が栽培した野菜。)

JOAAは、「提携10か条」を制定し、「提携」を通じ、社会の変革を促進することを望んでいる。

1、 相互扶助の精神にもとづき、対等で友好な協力関係をつくる

2、生産者は消費者と相談し、その土地で可能な限りは消費者の希望する物を希望するだけ生産する計画を立てる。

3、消費者は、農民が配送する農産品を全量引き取る

4、 互恵に基づく価格の取決め

5、 接触する機会をもち、相互理解を深め、友情を厚くする

6、 自主的な配送

7、 会の民主的な運営

8、 学習活動の重視

9、適正規模の保持

10、 理想に向かって漸進

(参考:JOAAホームページ http://www.joaa.net/mokuhyou/teikei.html

この理念は、都市部の消費者団体の支持を得ることができた。70年代の中頃、日本には既に300を超える消費者団体があり、有機栽培の農家と直接購 入関係を構築した。このような団体の会員の多くは主婦であり、彼女らは、「共同購入」と「農産品直配」のシステムをつくり、購入システムの中には、野菜、 果物、肉、卵、牛乳、茶葉、蜂蜜等が含まれた。この運動が大きくなれた主な要因は、安全な食べ物ときれいな環境を子供に提供したいと強く願う母親らが、こ の運動に引き寄せられたことだ。

新しい形の消費者グループは、生態系への関心を中心とする従来の消費者運動から、「従来と異なる生活価値を創る」運動へと徐々に変化した。草の根レベルの活動が活発化し、そのほとんどが家庭の主婦によって行われた。「生活クラブ生協」を 例にとると、生産者からの直接購入ルートはさらに拡大し、有機栽培実践者、伝統的な食品の加工工場、さらには漁民団体にまで及んだ。組合員はたびたび生産 者のもとを訪れ、顔の見える交流を行っている。ほかにも様々な活動や広汎なテーマの討論を通じて、組合員は社会や生活スタイルについて考えを深め、違った 角度から物事を見る目を養っている。「生活クラブ生協」の他、類似の形体の生協が全国各地に次々と設立された。2003年には、日本の家庭の約3分の1 が、なんらかの消費者生協に参加している状況となった。

今日のようにコミュニティーが農業を支援するモデルは、世界各地で創造性豊かに展開されており、健康的な食品に対するニーズを満たしてくれるだけで なく、ある種の奥が深い社会変革を推進している。有機社会運動を以てその変革を形容することは非常に象徴的だ。それは正に、人々に歓迎される変革だ。社会 での取引を本来の姿である人と人との関係に戻し、豊かで多彩な交流を通じ、人々が、物の取引の背後にある命のコミュニケーションと交流の意義を体験できる ようにしたのだ。

漢方医学には、「通則不痛、痛則不通」(通じなければ痛む、通じれば痛まない)という言い方があるが、社会問題においても同じように「通じる」、 「通じない」という現象がある。有機社会ネットワークを再建し、命を育む物質・精神・感情が自由に流れるようになってこそ、健康な生命と健康な社会をつく ることができるのだ。

この記事は、大地と生命を愛し、そのために黙々と努力を続ける全ての人々への心からの賛辞としたい。

文責:北京富平学校コミュニティー総合発展センタープロジェクト副ディレクター 尹春涛

翻訳: A.K

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