2011/10/01 by Fancy

雲南「三江併流」視察1:失敗談

雲南から帰ってきてあっという間に一ヶ月が過ぎました。いいわけに聞こえますが、今の仕事は本当に空間の移動が多く、生活のリズムはどうしても乱れます。雄大な自然の中にしばらく身を置くと、「人間界」のことはとてもちっぽけだと感じるようになります。いきなり飛行機で現実に戻されても、しばらくは余韻に浸りたいのは人情でしょう。しかし、そうは行かないです。大分遅れましたが、記憶が曖昧になる前に、世界自然遺産「三江併流」地域で出会った人や感じたことについて、コラムの読者さまにご報告したいと思います。


三つの川のひとつ:怒江

初めての雲南なので、訪問グループはなるべくコンパクトにしました。日本から行くメンバーは、屋久島在住の星川さんご夫妻と、同じく島民の陶芸作家・山下正行さん、そして私の4人で、中国国内からは、屋久島視察のときも一緒だった世界遺産研究者・王国慧さんと中国雑誌『楽活』(ロハス)編集長の李攀さん(当時は別の雑誌で働いていたが)です。王さんは今回の案内役で、4年前から雲南省西北部にあるシャングリラ、特に白馬雪山について研究しており、今回、5回目の訪問だそうです。

 屋久島から雲南へ行くために、まず上海などで乗り換えなければなりません。そのために、上海で一泊することになります。日本人にあれほど人気がある雲南省への直行便がまだないとは!しかし、もっと驚いたのは、雲南省の省都昆明に入っても、目的地の白馬雪山や梅里雪山まではまだまだ長い旅が待っていたことです。昆明から飛行機でシャングリラまで飛んで、また車、しかも丈夫な四輪駆動の車で山道を休憩せずに走り、6時間くらいでやっと梅里雪山連峰が眺められる飛来寺に着きます。気が遠くなるほど長い旅でした。


昆明からシャングリラへ

迂闊な私は、時間節約ばかりに気をとられて、大きなミスを犯すことになりました。つまり、高原の厳しさを「なめて」いたのです!高山病に効く薬「紅景天」があれば、大丈夫だろうと・・・。1800mの昆明から飛行機で一気に3300mのシャングリラへ飛び、着いてからも一刻を争う勢いで梅里雪山へ車を飛ばしました。自分たちの体力と体調を考えようともしませんでした。

シャングリラから梅里雪山へ向かう途中では何回か下車して、高山植物研究所や2000年の伝統をもつ黒陶工芸一家、また松茸採集で豊かになった村などを訪問し、現地の方々と会話を交わしましたが、標高がどんどん上がっていくにつれて、メンバーたちは体調に異常を感じ始めました。最も高い、4300メートルの峠を越えてから、その不調がさらに激しくなり、飛来寺についたとき、一人のメンバーはすでに立ち上がれない状態でした。車酔いか高山病か、最初はわからなかったですが、酸素ボンベで少し収まったことから見れば、やはり高山病でした。寝るときは呼吸が遅くなるため、症状がひどくなりました。翌日は、今回の視察で最も重要な目的地の白馬雪山自然保護区に入る予定でしたが、やむを得ず、2人のメンバーが脱退しました。高山病を治す唯一の方法は、山を下りることです。


高山植物研究所の高台から見る風景

チームリーダーとしてとても悔しかったですが、この場合は、「登頂」にこだわらず、体を最優先すべきという、富士登山のとき、ガイドさんが言った言葉を思い出しました。次の日の朝、6人でじっくり相談して、解決策を見つけました。それは、2組に分かれて、一組はシャングリラに戻って休養し、一組は予定通りに白馬雪山視察ツアーを決行することでした。 


ここで二手に分かれた

痛恨のミスを犯した私でしたが、その後は、ずっと富士登山で学んだことを念頭に置いて、深呼吸することや、歩幅を小さくすること、自分のペースで歩くことなどに注意しながら三日間のツアーを乗り切りました。その後、自然保護区が施設を置くシャングリラに戻り、全員無事に集合しました。先に戻ったメンバーたちはだいぶよくなったそうで、やっと少し安心しました。

優秀なツアーガイドになるための修業は、まだまだ足りないと痛感しました。何よりも、まず自分のことも人のことも知らなければなりませんし、環境や天気や動植物のことを知らなければなりません。ブヨに刺された時の対処法、気温40度の中で無理してスケジュール通りに動くかどうか、参加者全員が同じ目標を目指すかどうか、等々、人と、人がおかれている環境のことを知っていてこそ、判断できることです。


保護区標高4100メートルの草原で見た風景

今回の視察では、たくさんのことを経験し、たくさんの人と出合いました。しかし、振り返ってみて、何をいちばん最初に伝えたいかというと、やはりこのことです。自然の前で、私は謙虚にならなければなりません。それは冒険や挑戦をしないことではなく、自然を尊重し、自然を知ろうとする、そして、自分と自然との関係を考えることだと思います。

この夏の体験で、山がさらに好きになりました。それは、山頂から周りの風景を一望するときの満足感より、登るときに感じる人間と山や自然との関係に魅力を感じたからです。あ、また山へ行きたくなりました。

文・写真 屋久子

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