2008/04/08 by GLI Japan

K2インターナショナル

(なお、関連記事 「NEET自立の園」 もご覧ください)
【K2インターナショナルの設立経緯】

Mami-san

K2インターナショナル Y-MAC統括責任者 岩本真実K2インターナショナルの前身となる任意団体コロンブスアカデミーは1989年に発足しました。当時、社会問題とされた「登校拒否」問 題に取り組み、不登校・引きこもり・家庭内暴力などの状況にある子供達を支えるため、横浜とニュージーランドでの共同生活を基本に、ヨットでの大航海(ア ドベンチャークルーズ)などを通して、「学校にいてはできないような楽しい体験や共同生活の場」を作り、不登校状態にある子供達が学校に行っている子供達 よりももっとオリジナルで前向きな生き方ができるように・・と支援してきました。
また学校に行かない子供達がどうやって生きていくのかを見据えて「経済的な自立の場」である飲食店(お好み焼きころんぶす)を17年前にオープンし、まず 現実にスタッフが収入を得る手段として、また子供達との関わりにおいても働く事の具体的かつ実質的な活動の場となりました。(その後も店舗を展開し、現在 は横浜に飲食店を3店舗、オーストラリアシドニーに2店舗を展開しています。)

【株式会社の設立とその後の法人化の経緯】
関わった子供達の社会的な自立を念頭に置き事業を展開していく中で団体自身が自立した組織である事を目標に進もうと1996年に株式会社化しました(現在 の株式会社K2インターナショナルジャパンの設立です)。不登校や引きこもり・家庭内暴力など、様々な生きづらさを抱えた子供達・若者達を支援するため、 若者達の最終的な自立の方法を模索し続けながら【住まう場所】をつくり【食べていくための手段】として飲食店を展開するなど、若者達と共に成長し、変化を してきました。
20年前に活動を開始し、96年より株式会社化、現在は事業内容により株式会社、有限会社、2つのNPO法人を併設し事業展開をしています。このような事業展開は出会った若者達と、彼らが生きていくことを【きれいごとでなく支える】という現実に向き合ってきた結果です。
【組織図】

k2-1

【私自身とK2インターナショナルとの出会いの経緯】
私はこの団体に1994年より参加しました。当時OLだった私は大きな会社の中の一人として働いている事に疑問を感じ、自分の力が直接何かの手助けになる事はないかと思い、ここでのボランティアを始めました。
私自身は不登校や引きこもりなどの経験はなく、むしろ学校に行くことに疑問すら感じていなかったのですが、彼らの悩みに本当に寄り添う事はできなくても、私の立場で何かできる事があるのではないかと思いました。
ヒステリー傾向で過食・拒食を繰り返す女の子、薬を大量に飲もうとする青年、なかなか人との関係を結べない男の子、ひどい虐めや家庭内暴力、発達障害などを抱える若者も多く、また家庭の状況も様々、年齢も様々・・・。
一緒に生活をする中には様々な問題が発生し、そのたびに戸惑う事ばかりでしたが、彼らがなぜそのような状況になってしまうのかをスタッフとともに考えなが ら、最善ではなくても家に居るよりは、現状よりは良い方向に向かえる様にと試行錯誤をしてきました。現在まで延べ関わった生徒は700人にのぼると思いま す。

【日本のニートと若者の状況に関する全体的な話】
日本でニートという言葉がにわかにでてきたのはこの5年ぐらいの事だと思います。イギリスで働きもせず、勉強もせず、トレーニングも受けていない若者を称 してニートと呼んでいた事からこの言葉が日本にも持ち込まれたようですが、イギリスで言われるニートと日本の現状はだいぶ違っていたところに言葉だけが先 行し、タイミングとして、ちょうどこの時期、日本は非常に厳しい不況期にあり、税金・年金を払えない若者がどんどん増えている事は日本経済にとって大きな 問題だと、初めて国の税金がニートと呼ばれる若者達に投入される事になったのです。
しかし、私達が関わってきた若者達の問題は、単に“若者の不就労”という問題ではなく、前述した不登校・引きこもり・家庭内暴力のように表出している(ま た表出していないまでも抱えていた)“学齢期から(またはそれ以前から)の問題”が時を経て、そこに労働環境や社会的環境の変化等が重なり、より巨大化・ 長期化してしまった問題であるという認識です。
このギャップは現在も行政とNPO等の現場の間、また世間的な認識との間にもまだあると思いますが、(ここ5年来)日本では初めての若年無業者のための取 り組みが行われ、いくつかの支援策を進めながら、いままでほとんど実態がわからなかった、国が(世間が)ニートというカテゴリーに捉えていた若者達の現状 を少しずつ明らかにしていくことができたのかと思います。
実際に最近視察で訪れたイギリスやオーストラリアでも不就労などの若者達への対策は日本よりもかなり早い時期に始まっていますが、彼らも現状把握にともな い、その対策実施時期をより年齢の低い時期に移していました。イギリス、オーストラリアともに20代への支援から12歳~17歳程度の時期へ、そして現状 はどちらの国も0歳~5歳への支援と変わってきています。
このように、現状の若年者就労問題という切り口では解決しない問題である事が、実際に私達の活動を通して、また海外での事例を通しても理解されつつあります。

ただ、ここに書きました事はあくまでも支援団体の支援者である私の目からみたニートと云われている若者に対する現状でありますので、偏ったところも あると思います事をご容赦ください。この事に関しては研究者の方が書かれた多くの論文や本が出版されていますので、機会があればごらんいただければと思い ます。
【団体の活動内容、支援手法、対象とその変遷】
*自立塾を受けるにあたって

平成17年度から厚生労働省の若者再チャレンジ政策のひとつとして若者自立塾がスタートする事になり、私達も実施団体選考に手を上げました。ほとんどの団体がNPO法人という中で唯一、株式会社での応募でした。
選考委員の方々の中には賛否両論あったようですが、社会的問題に企業として解決の取り組みをしている事を認められ、株式会社としては唯一の団体として選ばれる事になりました。
この事業を実施するにあたって、私たちが今まで取組んできた20年間の実践に加え、意識をして《目に見えるカリキュラム》の構築を行いました。
自立塾という入り口から来る若者は、いままで私たちが関わってきた若者達と同じく様々な生きづらさを抱えている事に変わりはありませんでしたが、状況、年齢、抱えている問題、終着点はかなり幅広くなってきました。
《目に見えるカリキュラムの構築》の意味は、彼らの抱えている目に見えない不安を取り除くための手段として、いくつかの具体的なプログラムを提示し、彼らが行動をおこすきっかけにしてもらう、ということです。
様々な層の若者達がまず入り口として入りやすいという安心感、そして参加した若者が知的欲求・精神的欲求が満たされ、それぞれが達成感を感じる事ができる ようにしています。その上で実際に一人ひとりに必要な個別支援と集団支援を行うこと、共同生活はそのための大切な基盤となっています。

*自立塾の具体的なプログラム
Y-MAC(自立塾)では、アウトリーチからカウンセリング、共同生活、座学研修への参加、各種ボランティア、自営店舗での研修(プレ OJT)外部企業での研修(OJT)等の段階があり個別の支援計画に沿って自立へのステップを作っています。支援計画は本人や親御さんとの入寮面談に沿っ て作成し、入寮から1週間目、1ヶ月目、2ヶ月目、3ヶ月目に行う本人とのカウンセリング、保護者、スタッフとの話し合いを元に調整していきます。
支援内容は個人対個人の関係からスタートし、段階を経るにつれてY-MACの中での集団、地域活動、企業、サークル等での集団的な活動が増え、就労・自立へと促していきます。
しかし、最終的な支えとなるのは社会に出た後にもどれる場があること、その場が人と人とのつながりがあると実感できる場であることが、本人が安心感を持って出ていける鍵だと思っています。

*その後のフォロー
3ヶ月の自立塾期間が終了したあともプログラムの継続、海外就労体験、ボランティア活動をしながらのステップアップを行い、また就職し た後も継続して住める場所と食事の提供、仲間作りのサポート、自営店舗での雇用の受け皿を提供します。また、そこで働く先輩達が居る事が大切です。そのよ うな場があることで、3ヶ月というきっかけづくりの機会が現実として定着した就労・自立へと繋がっていきます。
K2の活動は、目の前にいる生きづらい若者達一人ひとりに向き合い、その子たちのニーズにしたがって支援をしてきました。必死の思いで相談に来る親御さん、様々な問題に葛藤する当事者にとって、ありきたりのプログラムや言葉がけは意味がないのです。
しかし、彼らは目に見えない不安に恐れを抱き、将来に希望を持てずに居るのです。
私たちのすべきことは、まず彼らの漠然とした不安を目に見える具体的な不安に変えることでした。
そして、目に見える不安を解消するために、具体的な場の提供とロールモデルを提供し、飽きずに何度でも失敗できる環境を整えてあげる事が大切だと思っています。
【現状の課題】
現実として自立塾に来る若者達の中には、自覚のあるなしに関わらず精神的な疾患、知的障がい、発達障がいの状態を抱えた若者達も少なくありません、また年 々そのような状況の若者の相談が増えているのが現状です。日本では彼らに対する具体的な就労のための支援はなく、選択肢は障がい者か健常者の2つの道しか ありません。そのような中で彼らをどのように支援していくのかは本当に難しい状況です。彼らをラベリングする事は彼らのプライドや生きるための力も奪う事 にもなりかねません。また中途半端な見立をしたところで彼らが生きていくための具体的な支援・援助など得られません。彼らに対しての見立ては生活の中、様 々な活動の中で、また保護者からのヒアリング等も合わせ総合的に判断しなければならなりません。その上で私達の守備範囲と範囲外とに分けて、専門分野への 適切なつなぎと連携、医療・福祉・専門機関・行政等との連携により、本人を中心として包括的に支援し、また孤立させない事が何よりも大切なポイントである と考えています。

生きづらさを抱える若者達を支えていく事はひとつの分野の知識や支援では成立しないという事は少しずつですが、理解が進んできたように思えます。し かし、行政レベルの支援に、時宜にかなった改革的な支援策を求めることはかないません。けれども私達のような民間の活動から発信する支援手法によって、地 域行政はもちろん国の施策のレベルにまで、モデルとなる形を提供する事ができる時代になって来たのではないかと感じています。
そのためには私たちの活動自体が沢山の人とつながり、開かれた場所になることをいつも念頭において活動しています。

【今後の展開・挑戦】
日本では現状として働けない若者達に対する社会的な保障がありません。そのような現状の中で、私達が今できる事は【自衛】していくことだと思っています。
つまり、対象となる若者達が増え、ますます高齢化している状況にあって、親御さんたちが一対一で子供に接するのではなく、チームとして若者達を支えるシステムを作っていくことです。
その中で若者達が社会に合わせ矯正させられるのではなく、彼らがそのまま持っている個性と能力の範囲で自立し、支えあって生きていける仕組みを広げていく環境を作る事が大切だと考えています。
具体的には小さな事業を今後も展開し、その一つ一つを若者達が個人事業主として運営し、サポーターとして親御さんたちと私達がチームで支えていくという方 法です。社会のシステムに媚びずに若者達が自分達のできる範囲の事を自分達のペースで働きながら自活していく場を提供していきたいと思っています。

私達は、社会に生きづらい子供達・若者達があくまでも少数派だという事を認めつつも、積極的、前向きな少数派として世の中を変えていくような存在で あってほしいと願っています。私達と関わった若者達ひとりひとりが人まねに流される事なく、オリジナルな人生を生きていくことを、今後も私達は地域や行 政、他の機関と連携しながらチームとして若者達を支援し続けていきたいと思っています。

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