2011/06/20 by Matsue

宮城県での7日間:東日本大震災救援ボランティアの記録 – 朱恵雯

「災害救援」は、私のキャリアにおけるキーワードだと言える。2008 年、中国南部で雪害が発生した際、民間災害援助の専門家である広瀬敏通氏を探しあて、災害援助ボランティアの経験についてご教示いただいた。また、2008年5月12 日の四川大地震後には、再び広瀬氏を訪ね、災害援助についてのアドバイスをいただき、更には氏の同意を経て、GLI のパートナーの方々と共に「自然災害ボランティアABC」を翻訳し、ウェブサイトから無料でダウンロードできるようにし、災害救援に関心を持つ全ての人が自由に参照できるようにした。そして今回の東日本大震災発生後、私は再び広瀬氏の動向に注目し始めた。今回は訪問者という立場だけでなく、一人の参加者として、日本の民間団体はどのように災害救援ボランティア活動を展開しているのかを理解し体験しに行ってきた。

地震発生後3日目、日本エコツーリズムセンター(エコセン)の代表理事である広瀬敏通氏は、RQ 市民災害救援センター(RQ は英語で救援を意味する「Rescue」の略)の設立を宣言し、日本全国のエコセンのメンバーと共に救援活動を開始した。 日中市民社会ネットワークでは、RQ の活動について最新情報をネットで随時紹介し、また中国国内の人々による日本の被災地援助サポートに全力をあげている。

時とともに、被災地におけるRQ の活動範囲は広がって行き、ボランティアの必要性も高まっていった。私は2年前に聞いた広瀬氏の言葉を急に思い起こした。「自然災害救援について学ぶ最良の方法は、被災地の現場に行くことです。」私はじっとしていられなくなった。原発による放射能問題はまだ収束していなかったが、東京で毎日被災地についての報道をテレビで見ているよりは、自分で被災地に行き、できる限りのことをして、現場の状況を中国に伝えることにより、日本の民間の救援活動についてより多くの中国人に知ってもらいたいと思った。

出発前夜の4月7日、大きな余震があった。東京の自宅で揺れる電灯を見ながら、次の日予定どおりに出かけられるかどうか、心配せずにはいられなかった。

4月8日(金)、第1日目。「暖かく穏やかな停電の夜」

晴天。朝早く、私は荷物を持って出発した。1週間分の着替えの他に一番大切なのは寝袋とゴム長靴だ。事前に得ていた情報では、一般的に女性は長靴が必要となる重労働には参加しないとのことだったが、そのような作業に参加できる機会があれば、とひそかに期待してわざわざ買い求めたのだった。寝袋は2つ持って行き、1つは冬専用のものだった。東北地方では夜間は零下になるため、テントの中ではしっかり保温しなければ、真夜中に寒さで目が覚めるかもしれない、と聞いていたからだ。

私がエコセンの事務所に到着した時には、他のボランティア達は既に準備を済ませ、出発を待っていた。

文責:朱恵雯

翻訳:A.K

校正:松江直子

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