2011/05/31 by Matsue

厦门市国仁労働者友の家“私の身近な物語”

 中国では、不公平な戸籍制度により、農村出身者が不利な立場に置かれていることはよく知られています。生活水準の向上に伴い、これらの不利益を是正するためのNGOや財団による活動も行われるようになりました。農村出身者自身も団体を作り、相互学習やワークショップなど様々なやり方で自身の能力を高める努力をしています。

 厦门市国仁労働者友の家では労働者の為に(注:都市部で肉体労働に従事する者を言う。そのほとんどが農村出身者)二週に一度“私の身近な物語”という一連の活動を行っている。以下は2011年2月17日の活動終了後、活動参加者、講演者、スタッフから寄せられた活動の感想文である。原文は晏阳初平民教育発展センター《平民教育通信(2011.3)》に掲載され、筆者(Junhui)は原文に基づき抜粋し編集した。原文は以下ウェブサイトをご参考下さい。
http://www.chinadevelopmentbrief.org.cn/ngo_talkview.php?id=1677

黄案軍(活動参加者)

 労働者友の家で山娃先生を見た時、28、9歳の年頃で素朴で重々しい感じの青年という印象だった。先生は、まず我々にウォームアップ・ゲームをさせ、皆を思う存分楽しませた。そしてその場は、本当の気持ちを話せる心地よさを感じられる場所となった。
活動が正式に始まり、山娃先生は我達に自分の生命曲線を描かせた。横軸に0から現在の年齢までをとり、縦軸はその年の快楽指数をとり、そして各年齢での快楽指数の曲線を描いたのだが、この作業は以前学校でもやったことがあったので、これにはちょっとがっかりさせられた。“今日雨の中をわざわざやってきたのはちょっと衝動的だったかな”と心の中でつぶやいた。皆で自分の生命曲線を描いた後に、山娃先生は自分の心の旅路について皆に語り始めた。私は徐々に素朴で誠実で弛まず努力する先生の精神に感銘し、尊敬の念が自然とわいてきたのだった。
 実の所、山娃は今年21歳、農村出身であった。大学に進学する為、高校の時は果物を売ったり、労働したり、職業学校の学生募集の事務をする等、一生懸命働いて稼いだ。目標はただ一つ、大学の学費を集めることだった。必死で働いた結果、9日間で1万元を稼ぐという記録を作ったのだ!当然、しばしば体を壊しそうになり、ある時は汽車の中で座るなりすぐ眠り込んでしまった。進学後、自分の命について振り返ってみた。“自分は自己満足の為に犠牲を省みず働き、稼いだのだろうか?”北京で“農民の子”(注:“農民の子”は北京の非営利民間団体であり、都市部の労働者、女性や子どもの生活状況を改善し、教育の権利を守ることに力を注いでいる。詳細はhttp://www/bjnmzz.org/を参照)と交流する機会があった。彼は命の別の意味について感じ、そして理解し始めた。人間は生きるからには、自分の力を何かに捧げることができてこそ、更に価値がある。彼は“農民の子”の活動に参加し“思いやりスーパー”を組織し、農村出身者の生活向上に貢献した。“シンプルライフキャンプ”に参加し、身心ともに自然に回帰し、友達と全国津々浦々を遊学し、祖国の山河について見識を深めた。郷里の親や旧友を指導し、農村の状況を改造し、郷里の人々に幸福をもたらした。
 一人の青年が、無知から道理をわきまえるまで、そそっかしさが慎重になるまで、落ち着きのなさが安定するまで、この様な成長の過程は興味深く、これは、ある意味で命の変質であり昇華である。この過程に於いて、良い団体に関わることの影響が如何に重要か、ということであろう。
 少年の時の私は、数多くの過ちを犯したのを記憶している。高校受験が終わった後、もう二度と勉強をしないと誓ったり、働いて自分の運命を変えたい、と思ったが、3カ月で400元しか稼ぐことができず、意気消沈して高校に戻って勉強した。昔は多くの青少年と同様、両親の恩に感謝せず、思いやりの心が足らず、ただ自己中心的であり、ひねくれ者であった。大学時代は自分の卑屈さを克服する為、気功や心理学や宗教や修行・・・手当たり次第、試してみた。最後に出会ったのは多くの慈悲深い先輩達であり、彼らの導きの下で自分の人生の方向を見極めることが出来た。
以上の過程を経て、(振り返ってみると)この旅路は何と美しいものであったかとしばし感じ入る。が、その真只中にいる少年達には全く美しいという感覚は無く、ただ漠然として、焦り、矛盾、卑屈感があるだけである。彼らには、希望に満ちた指導をする人物、或いは団体が如何に必要とされていることであろう。素晴らしい団体があれば、道に迷った青年を人生の正道に乗せる事が出来るのである。

山娃(講演者)

 私は“農民の子”のプロジェクト補佐をしている。この度、労働者友の家で皆様と語り合う事ができて大変嬉しく思うと同時に、これも私の一つの学習の過程であると感じている。
 私が初めて労働者友の家に行ったのは数カ月前の事。当日の来場者はおそらく十人にも満たず、彼らは到着した時に私の略歴を見ると、一見の価値もないといった様子で私に言った。自分がこれだけの事をやったとか、大学生としては大したものだ、とか思うべきではない、と。その後私は少しずつ自分の成長の過程を紹介し、彼らに言った。私が現在“農民の子”にいるのは金儲けの為ではないと、あれこれと語るうちに彼らも徐々に私に対する見方を変え始めた。
彼らは、初めにあんな事を言うべきではなかった、と言ったが、私は彼らを恨むはずもなく、逆に大したものだ、今後彼らも労働者友の家のボランティアが出来ると思った。実際、ある人は私の話の後、すぐにボランティアとして労働者友の家で働きたいと希望していた。
 先頃、私は労働者友の家の招きで南方に行く機会があり、ここでも皆と語り合う機会があった。まず皆とゲームをし、Bandariの音楽を流し、皆が小さい頃から歩んできた一歩一歩を思い出せるよう導いた。私の話の後、多くの人が自分の事を仲間に語ろうという気持ちになっていた。
 その後(労働者友の家)は環境保護ワークショップに再び私を招聘した。私は皆が私を身内のように思ってくれていると感じた。“農民の子”も環境保護をやっているが、理念は環境保護を仕事としてではなく、生活として考えるというものだ。皆と日常生活の中で如何に環境保護を進めるか、如何に自分を守るか、話し合い、大変効果的だった。
 この様な方法で私は自分の成長の過程を皆と分かち合った。私は、このような事をうまく行うには、必ずきちんとした団体が行うべきである、と思う。自分達を一つの家と考え、胸襟を開いて、たくさんの事を受け入れる。分かち合うことによって相互理解が深まり、互に助け合うことも、細かいところまで助けることが可能となるのである。

高興(スタッフ)

 この様な活動を計画したのは以下の様な考えからである。以前はいつも、いわゆる“結果を出した”社会的に“成功した人物”を招き、労働者達に講演してもらっていたが、このような“成功した人物”の前では気おくれしてしまう労働者も見受けられた。どんなに成功した人であっても自分とはかけ離れた人物であると感じてしまうのである。この為、労働者達が“等身大”と感じることができる講座が必要だと思った。この講座の目標は力を与えることであって説教であってはならない。我々は労働者の仲間が、皆同じ様に社会の主流の路線を進むことを奨励するものではない。各人がそれぞれのコースで成長の道や方法を感じられれば良い。この活動の主旨は、身近にいる普通の人に演台に上がってもらい、彼らの“身近な物語”は隣の家の話で、自分とかけ離れてはいないと感じてもらうことだ。物語の主人公は交流できる人であり、力強い人物であれば良いのだ。
厦门国仁労働者友の家について
厦门国仁労働者友の家は中国人民大学農村建設センター、北京晏阳初等平民教育発展センター、及び中華三農慈善基金会が共同で設立した公益団体である。
同団体は厦门市工業区の生活地域内に学習センターを建設し、工業区の労働者と地区の住民が共同でコミュニティに開かれた学びの場を運営している。
平民教育HP:http://www.massedu.cn/?action-viewnews-itemid-204 より

編集:李君暉
翻訳:西口友紀子
校正:松江直子

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