2011/04/28 by Matsue

【孫姗】「柔らかさ」が希望を与えてくれた―孫姗 山水生態パートナー自然保護センター

孫姗氏は、北京大学及び米国ジョージ・メイソン大学卒業。北京大学初の環境保護団体「緑色生命協会」の創設者で、現在は「山水生態パートナー自然保護センター」事務局長。「山水」は、現場での自然保護対策のフィージビリティ実証を通して、中国国内の文化的・人的・金銭的資源による自然保護へのサポートを構築し、中国社会の発展過程における生態的公平性の実現を目指すとともに、中国人と自然とのつながり、そしてアイデンティティを追求している。

2010年は国連生物多様性年で、私の生まれ年の寅年でもある。私自身にとっても、私が携わっている自然保護業界の中国における発展にとっても、分岐点となる年だった。

一番大切なのは愛情の感化

野生の虎の数は、12年前の寅年には、全世界で6,000余頭という本来少ない数だったが、2010年には3,000余頭にまで減少した。そして虎は世界的にみて決して例外ではない。2010年10月に名古屋で開催された国連生物多様性条約の締約国会議では、「2010年までに生物多様性損失の速度を減少させる」という国際目標が達成できていないことが明らかにされた。また2010年自体も困難な一年で、際限ない自然の搾取は生命の犠牲をもたらした。例えば、中国南西部の広い地域が干ばつに見舞われたが、その原因である異常気象は自然災害だとしても、植被の破壊等の人為的災害により干ばつが深刻化し、より重大な影響をもたらしたと言える。

以前、私は学者や事業家、川沿いに住む村人らと共に、雲南省麗江エリアの金沙江中流域を10日間かけて旅したことがある。当時、梨園水力発電所の建設準備が鳴り物入りで行われていたが、2010年にはせき止め作業が完了し、以前の激流は仮堰堤の放水トンネルを通って流れ、ダムの工事が始まろうとしていた。虎跳峡から下流の険しくも柔らかな美しさを持つ100キロ余りの流域は、まるで地質や生態系の博物館のようであり、真の自然遺産だ。中華民族の母なる川、揚子江流域でも最も美しい地域の一つだが、ほとんどの中国人はここで何が起きているかを知る機会がない。自然を理解するチャンスがなく、感情の上でのつながりや関心を持つことがないため、失い続ける。これは、ほぼ全ての環境問題の根源だ。

中国では、厳しい環境法規や、高いレベルの環境基準が制定されている。喜ばしいことに、環境影響評価における市民参加も保障されるようになってきた。しかし、感情を伴わない段階で法律や基準を執行・実施することは無意味に等しく、最も価値があり貴重な自然を長期的に失い続けることになるだろう。

2010年も終わりを迎える頃、私達は、大切な先輩を失った。「自然の友」発起人の梁従誡氏だ。2010年12月5日に行われた梁氏を偲ぶ会には、全国各地の様々な業界から友人達が集まった。最も印象に残ったのは、梁氏夫人の方晶先生が語ってくださった「自然の友」設立当時の話だった。「自然の友」設立の背景には、文化大革命の初期に何故あれほど多くの青少年や児童が、あまりにも残酷な手段で教師を侮辱したり傷害を負わせたりしたか、という反省と考察があったという。方先生は、環境教育において「一番大切なことは、愛情により感化され、良い薫陶を受けることで、これは子供達からはじめるべきことです。」と語った。「生命を尊重し、他人を思いやり、弱者をいたわることを学ばなければなりません。人間社会、そして人と自然は、愛情と尊重があって初めて守られるようになり、調和のとれた社会が実現できるようになるのです」

必要なのは柔らかで成熟した心

民間の環境団体として、急速な進歩と変化をとげる中国社会にて環境保全に携わることは、幸せであると同時に大きな試練でもある。この仕事では、最も美しい自然に接するチャンスを与えてくるとともに、環境の変化による被害者や破壊された自然の惨状を目の当たりにしなければならない。また、市民の環境問題に対する無関心や拒否感情にも直面する。どうすれば、社会全体の環境意識を引き上げ、変化を起こすためのプラスの力に変え、持続可能な社会への道が歩めるようになるのだろうか。特に、破壊の力が保護する力を大幅に上回っている今日。

1995年に北京大学で「緑色生命協会」を創設してから、学生団体、研究機関や国際組織での経験を経て、同僚と「山水」を創設するに至ったが、2010年は、今までになく希望と力が感じられた年だった。親友の盧思騁氏が始めた「環境読書会」で、10年前に台湾の同業者により書かれた文章を読む機会があった。

 私が環境保全運動の分野に携わってから15年になる。この十数年間、美しい山河や野原を歩いてきたが、傷ついた大地も見てきた。また、田舎の人情味と庶民の知恵の恩恵を受けることもあれば、汚染による被害を受けた人々の顔や、ゆがんだ人間性もいやというほど見た。15年の間、私の身心には大地と人間についてのあれこれが刻みこまれた。生まれてから再び銘記されたかのようでもあり、理想と現実の落差がもたらす苦しみも入り交じっている。

 環境保全運動を行っている人々の多くは、私心のない「社会的人格」を持っており、環境破壊や社会の不平等に対して、一般の人より敏感だ。命あるもの無いもの全ての苦しみを受け止めなければならないときや、たゆまない努力にもかかわらず成果が得られないとき、私達は如何にして前向きな力を見出すか。こんなときに必要なのは、情熱だけではなく、柔らかで成熟した心だ。特に、理想を実践する過程において、家族や友人、そして社会に、私達の愛情を感じさせること。これは、十数年来の私の課題だ。

 このような「柔らかさ」は、1970年、米国のゲイロード・ネルソン上院議員が行った演説にも現れている。「私達が目標とするのは、きれいな空気や水、或いは美しい風景だけでは決してありません。これらは明らかに不十分です。私達の目標は、スラム街やアパラチア山脈の最も劣悪な環境に住む人々、そして全ての生命が、尊厳とクオリティある生活をおくり、互いに尊重し合い、醜悪やスラム街、貧困や差別、飢餓や戦争がない環境です。私達の言う『環境』は、最も広く深い意味での『環境』なのです」

青年達からもらう心を奮い立たせる希望

「柔らかく成熟した心」は、私が同僚と共に「山水生態パートナー自然保護センター」で働く中で、度々新しい希望を与えてくれた。例えば、玉樹地震(訳注:2010年4月に青海省で発生した大地震)の後、被災地と周辺の三江源地(訳注:青海省の高原にある、黄河、揚子江、およびメコン川上流部の瀾滄江の共通の水源地)にて援助・調査研究を行った際、玉樹州政府と交流を深めることができ、数多くの見識ある現地指導者に出会った。「玉樹コミュニティ生態旅行四川遊学」は、ここでなら、生態的・文化的にプラスになり、経済的にもバランスのとれたコミュニティ事業を発展させることが可能である、という私達の信念を深めてくれた。

また、気候変動について言えば、国際レベルでの政府間交渉は難航しているが、中国のビジネス界では、外資・国内企業ともに、自社の方向を見つめなおし、表面だけの「環境に優しいイメージ」を超えて、総合的な戦略により未来を考える会社が増えている。そのため、有能な専門機関によるサポートが早急に求められている。

私達が北京大学富平学校恩派(訳注:公益組織発展センター、NPIの中国語名)とともに設立した公益ミニ連盟による「LEAD & Beyond 研修プログラム(持続可能な発展を目指す社会革新リーダー研修プログラム)」は、企業、基金会、民間団体や農村の実践現場等から集まった研修生らが、共に学び、パワーを再発見する場だ。このような分野を超えた交流と創造は、より優れた組織を生み出し、社会革新の新たな源となるだろう。

2010年、私に最も希望を与えてくれたのは青年達だ。メキシコのカンクンで開催された気候変動サミットの最終日、落胆すべき結果に直面したが、会場外に静かに集まった若者達は、気候変動による災害で一年間に死亡する人数を象徴して、1から12,000までを数え上げた。情熱と愛情により創り出されたこの「小さな出来事」は、如何なることも乗り越えて未来に向かう力を現している。

若者はまさに未来の造り手で、より深刻な環境問題を背負わなければいけない人々でもあり、自らの未来に責任を持つようにしなければならない。行き詰まり状態を打破し、長期的かつ持続的なコミットメントを創りだす可能性は、若者が持っている。私達は、環境保全に従事する者として、自らの仕事をこなす以外にも、若者が未来を見られるよう手助けしなければならない。更に、今なお雑然として凡庸な社会の中で、 彼らがやすらぎと何事にも動じない落ち着いた心を見出し、勇気をもって異なる選択ができるよう手助けし、より堅実な知識、勇気と社会を動員する力を使うように激励し、環境問題の難局打破に希望を与える必要がある。2011年、私が自分自身に対して期待することは、より多くの人とともに若者のために働き、新しい希望を見出し実現しつづけることだ。

(筆者:孫姗  編集:周丹薇)

『社会起業家雑誌』2011年新春号P.38-39
http://www.npi.org.cn/uploads/magazines/npo/2_1849_103317.pdf

翻訳:A.K
校正:松江直子

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