2011/04/01 by Matsue

ブルーセーター(4)~Acumen Fund創始者Jacqueline Novogratz

未知の生き方を選ぶ

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   解決策は、市場と従来の慈善モデルの間にあった。20年に渡り、グラミン銀行のMuhammad Yunus氏や、ショア銀行のMary Houghton 氏とRon Grzywinski氏、アショカ財団のBill Drayton氏の様な類まれな人々を観察しながら、その仕事振りを見習い、ツールを集め、他の起業家を見分けたり、変化をもたらす事のできる人々のネットワークを構築する事を学んだ。今こそ、この人たちをお手本にして、活動を始める時だった。

   私は、小規模の献身的な慈善家グループといくつかのコンセプトに取り組んでいた。そのメンバーの大半は、私がロックフェラー財団で立ち上げた慈善ワークショップのメンバーだった。シスコシステムズのマーケティング前副社長のCate Muther氏は、テクノロジーポータルが変化に貢献し、慈善活動を促進するのではという着想をした。このアイデアを展開するため、社会的変化にビジネスが役割を果たすことに興味のあるベンチャー資本家のStuart Davidson氏やNetscapeの前顧問であるRoberta Katz氏、ケロッグ財団のTom Reiss氏、シスコの慈善活動リーダーとして近年任命されたTae Yoo氏と定期的に会議を開いていた。これほどまでに献身的で、新しいアイデアが尽きる事のないこのグループの一員となれた事は、光栄なことだと思う。

   そんな時、ある魅力的な選択肢が浮上してきた。一流金融機関の最高執行責任者が、最低でも1億ドル規模の慈善プログラムの設立を私に持ちかけてきたのだ。このドットコムブームの時代、大金持ちの輪は広がりつつあり、その多くは、彼らの慈善思想にあった何か重要な事をしたいと思っていたのだ。そういった人たちを助けるチャンスが来たのだ。更に、提示された給料は、私がロックフェラー財団で稼いでいた額の実に7倍だったのだ。

   私は、自分の作りたい物を思い通りに作る自由と、権力及び現実レベルの財源への確実なアクセスとの狭間で板ばさみになっていた。私にお金はなかったし、組織もなかった、そして独立するにあたってのリスクにも直面していた。給料と肩書き、利用性といった全ての象徴と共に、名高い機関を後ろ盾にできる事は大変魅力的であった。今まで一度も収入や肩書きで何かを決めた事はなかったが、これは全く新しいレベルの話だった。

    どちらの選択も良かったが、自分にとっての真実はひとつだった。最近、71歳の起業家が自分のタイプをこう特徴付けた。「世界中で最も頑固で粘り強い人。起業家は、障害に関わらず、物事を実現させるまで可能性とアイデアを見て止まない。必ずしも世界で最も頭のいい人ではないが、夢を叶えるためには、何でもするという根性と心を持っている人だ。」そして、彼はお見通しだというように微笑んでこう付け加えた。「必ずしも一緒に仕事がしやすい人とも言えないがね。」

   こういった資質の多くを私は自身の中に見つけ、自由で革新的な場所から何かを作ろうとする事が自分により向いていると分かった。手段と目的を取り違わないようにという、アリストテレスの言葉を思った。もし、肩書きやお金が授けられることがあれば、同時にそれらは奪い去られることもあるのだと。最終的に、私はゲーテの「専念しなさい、そうすれば万物の力が一つとなり実現させるでしょう。」という言葉を熟考した。そして、私は未知の生き方を選んだのだ。

原文:http://www.socialedge.org/blogs/the-blue-sweater

翻訳:丸山志野
校正:小嶋祝夫、松江直子

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