2006/08/04 by GLI Japan

中国の「うさぎの王様」 四川省旭平うさぎ養殖トレーニング学校

(なお、関連記事として「兎王 任旭王」と「兎王貧困扶助研究センター」もご覧ください)

「中国人は足の付いているものであればなんでも食べてしまう」。この噂はあ る意味真実に近い。例えば、うさぎの肉は昔から西南地域の庶民の大好物である。昨年四川省を旅したとき、その人気ぶりを確かに実感した。豚肉や牛肉と比べ ると、味が良く、栄養満点しかも脂肪が少ない。しかし、地元のおいしい兎肉料理を満喫した翌日、大義村にある任旭平(にん しゅぴん)さんのうさぎ農場 で、数十品種のうさぎちゃんと対面したとき、さすがに罪悪感に襲われた。

大義村は、四川省の省庁所在地成都市から50キロほど離れている。村民の約4割がうさぎの養殖に関わっている。畑仕事と比べると、うさぎ農場の収入ははるかに良い。「これはすべてうさぎの王様、任さんのおかげだ」と村民たちは言う。

任さんが経営しているうさぎ養殖関連会社は、現在は1000万元(日本円で約1億3千万円)の基本資産を所有している。また、彼が創設した養殖トレーニング学校からの卒業生は全国範囲で約30万人を超え、北朝鮮、ネパール、インドからの研修生も受けた実績を持っている。

任さんが13歳のとき、貧しい家計に迫られ学校を中退した。しかし、体質が弱いせいで、畑仕事には向いていなかった。1980年、任さんが貯めたお 小遣いを使って、二頭の種兎を購入した。8週間後、八頭の子兎が生まれた。任さんが、市場で子兎を24元で売り、そのお金でまた種兎を購入した。このよう に、任さんが17歳の若さで小さなうさぎ養殖場を立ち上げた。
1985年、アメリカのNGO,ヘファ・インタナショナル(Heifer International)が中国に進出した。ヘファは1940年から、世界の40カ国を超える貧しい農民たちに、家畜と養殖のトレーニングを提供し続 けてきたヘファは、中国でのプログラム展開のため、四川省でうさぎの養殖経験をもつ農家を探し始めたところで、任さんと出会った。

当時、任さんはすでに200頭を超えるうさぎを持ってはいるが、ほとんどの品種はあまり良くない。ヘファは、任さんにカリフォニアとニュージーラン ド産の優れた種兎48頭を差し上げ、兎養殖の最新技術も細かく伝授した。1986年、任さんの農場が、1600頭を超えるうさぎを養殖していた。

ヘファの活動を支えるのは、’Passing on the gift’(ギフトを伝播する)という手法。要するに、ヘファから家畜の寄付を受けた農民は、養殖のノーハウを身についたから、その成果を次ぎの農家に伝 授しなかればならない。任さんが、ヘファが求めた数倍の量のうさぎを村の農民たちに譲っただけではなく、彼らに無料のトレーニングも実施した。

1990年、任さんが旭平うさぎ養殖トレーニング学校を設立した。全国各地から駆けつけ人たちが30万人を超え、養殖のノーハウを勉強した。貧しい農村地域からの研修生や失業者の場合、学費はすべて無料だった。

養殖学校と農場の収入を元で、任さんは400名の研修生が収容できる、敷地1700平米の六階建ての校舎を建設した。また、うさぎを養殖する経験を集大成する著書、「うさぎの養殖に関する100の質問」も出版した。

30万人の卒業生は、任さんにとって、マーケッティングに必要な強いネットワークの支えであった。その成果として、ここ5年の売り上げは、高品質の種兎60万頭、食用の羊10万頭、鳩など驚きの数字だった。また、2000頭前後の種兎を北朝鮮とネパールにも販売した。

口蹄疫やSARSなどの伝染病の影響で、現代人は食の安全や、環境保護などにますます注目することになった。任さんが、その流れをうまく見込み、「旭平グリーンフード食用肉加工工場」を立ち上げた。投資総額は約2800万元、年生産高は700万元を予想している。

この工場の立上げによって、約3万軒の農家に、兎、羊、鳩の養殖に関わる仕事を与える。また、従来ゴミとして大量に燃やされた玉蜀黍の茎が羊の肥料として使えることになった。

金持ちになった任さん一家が、驚くほど質素な農場で暮らしている。もし旭平農場を訪ねる機会がありましたら、ぜひおいしい兎料理を堪能してみてください。

翻訳  李凡



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