2011/02/17 by Matsue

【孫恒】出稼ぎ労働者文化芸術博物館館長

2007年、初めての中国の社会起業家訪問ツアー(GLI/ETIC./ SVP東京の共催)に参加した方は、「出稼ぎ労働者の家(工友之家)」の創始者-孫恒さんの事を覚えておられるでしょう。

その孫さんが2年前に設立した出稼ぎ労働者文化芸術博物館を紹介したビデオが中国の国営中央テレビで放映され、中国の土豆ネットで閲覧可能になっています。中国語ですが、字幕付で本人のナレーションもあります。35歳になった孫さんの最近の活動を是非ご覧になってください。
http://www.tudou.com/programs/view/SWDZo1Y41nk/

孫さんはもともと、河南省開封市の中学で、音楽教師をしていました。23歳の時、同じ事の繰り返しが嫌になった孫さんは、辞職して都会に行く決心をします。せっかくの安定した仕事を捨てるという息子を親は理解できず、家で一番粗末な布団を丸めて孫さんに投げつけました。そして孫さんはギターと布団を抱えて北京にやってきます。地下道や建設現場などで歌い、小銭を稼ぐ苦しい生活の中、彼の創作意欲の源になったのは、同じように地方から都会に出てきた出稼ぎ労働者との語らいでした。

「♪~働かなくても金がある奴ら。きれいな服を着て、俺らをバカにする。一体誰が誰を養っているのか。奴らはいつだってそういう道理をわかってやしないのさ…♪」

さまざまな職を経験し、多くの出稼ぎ労働者の苦労を知った孫さんは、北京で正規の学校へ行けない出稼ぎ労働者の子どものための学校、職業訓練所、芸術団など、多くの団体を立ち上げ、運営してきました。

「改革開放以来、私たち出稼ぎ労働者は国家建設の主役でした。しかし、私たちの声は主流の文化媒体からは聞こえてきません。それなら、自分達でその歴史を記録し、自分達の貢献を後世に伝えようと、博物館建設を思い立ちました」

2008年のメーデー、多くの困難を乗り越え、出稼ぎ文化芸術博物館はオープンしました。出稼ぎ労働者仲間の協力でできた手作り感あふれる博物館は、飛行機の騒音のひどい辺鄙な場所にあり、全国の出稼ぎ労働者から寄付された2000件の展示品を納めた設備もとても簡素なものですが、見学者はすでに5千人を超えたそうです。

今でも音楽教師の給料に及ばない暮らしながら、孫さんは「北京に出てきたことを後悔したことはない」と言い切ります。土豆サイトでは、他にも孫さんの歌を数曲聞くことができます。

文責:松江直子

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