2010/10/29 by Matsue

日本の文化遺産保護紀行と考察 ー 北京サロン後記

9月12日、第15期GLIネットワーカー・サロンが北京で行われた。今回の活動は、日本の文化遺産保護紀行と考察をテーマとし、南鑼鼓巷の秦唐府七号院レストランにて、北京文化遺産保護センター主任の呉黎黎女史を招き、日本での旅行体験について話していただいた。JMメンバーである北京外国語大学の張竹晴さんから以下のサロン後記を提供していただいたことを感謝する。
訳注:JMとはJointing Mediaというビジネスと公益領域の聯合オンラインメディア)
http://jointings.org/cn/%e5%85%b3%e4%ba%8e/

(サロン当日の様子)

西村幸夫氏は、「魅力あるふるさとの再生」(中国語)の中で、「あなたが住んでいる町に対してどのように接していますか。長年の旧友や、老齢の肉親であるかのように、温かい目で見てあげてほしい。」と書いている。2010年9月12日、 北京文化遺産保護センター主任の呉黎黎女史は、南鑼鼓巷の秦唐府七号院レストランにて、日本の6都市を12日間にわたって巡ったコミュニティーづくり紀行について語って下さった。聴衆は、お茶を飲みながら呉女史の話に聞き入り、1時間半という短い時間、呉女史とともに「菊と刀」の国を旅した。

東京

私達が東京に対して朧げな印象を持っているとすれば、それは日本のテレビドラマに出てくる清潔な道路ではないだろうか。呉女史が日本で身をもって感じたのも、まさにこの事だった。「私の先生は、都市の文化水準を判断する基準の一つは、雨の後の道路が清潔かどうかだとおっしゃっていたが、東京では雨の後の道路は、まさに雨水で洗われたかのようにきれいだ。」

東京は、賑やかで慌ただしい現代的な都市だが、「のざわテットーひろば」(http://tetto.kuronowish.com)は、町中にある幻想の島、ピーター・パンのために取っておかれた場所のように思える。

(のざわテットーひろばのロゴ」

のざわテットーひろばは、地元に住む子供達の面倒を無料で見てくれる学童広場だ。この広場には、整然と並べられた机や椅子もなければ、長々しい英語の授業もなく、わざと荒れたままにしてある泥池と草地があるだけで、ここに来る子供達の任務はただ一つ「楽しく遊ぶこと」だ。この学童広場は、近年の日本における教育理念の一つを反映している。それは、子供達が都市から離れて自然に帰り、遊ぶことを通じて自然に天性を養っていくという考え方だ。目下、この学童で子供達の「王様」役を務めているのは、大学卒業以来ずっとここで仕事をしている一人の若者だ。この学童はある基金から支援を受けているものの、非営利のために収入源がない。にもかかわらず、仕事は非常に忙しく、彼のスタッフとなるのは皆家族や友達で、彼らボランティアの手助けにより「子供天国」を維持しているのだ、とその若者は愚痴をこぼした。

(楽しそうに遊ぶ子供達)

のざわテットーひろばは、おとぎ話の中のファンタジー・アイランドなのだろう。 ここの子供達は、大人になる心配をせず、成長することの苦悩を知らないピーター・パンなのだ。

京都

1944年、中国戦区文化遺産保護委員会副主任を務めいていた梁思成氏は、連合軍による誤爆を避けるため、中国国内の日本占領地域において保護する必要のある文化遺産のリストを米軍に提供するよう命令を受けた。梁氏は、文化遺産の図面に日本の古都である京都と奈良も表示した。なぜなら「建造物は、ある一つの民族に属するものではなく、全人類の文明の結晶」だからである。京都はこのようにして災難を逃れたのだ。

(千年の古都京都)

今の京都の町は、京都人が自ら保護活動を行って来た成果を反映している。地元の人々は、自分達の町に対し非常に強い誇りを持っている。ここ3年から5年の間、京都人は文化遺産調査プロジェクトを実施してきた。学校の先生らが、それぞれ数名の生徒を連れて真直ぐで整然とした京都の古道を歩き、住民に対し建造物の歴史や現状について調査した。調査結果をパネルに表示し、住民とともに、建造物を商業用途にするべきか否か、空き家のままにしておくべき否か等の具体的な問題について議論した。京都市は、調査検討結果にもとづいてコミュニティー発展計画を作成し、このため住民参加のレベルが大幅に引き上がったのだ。

(京都清水寺)

京都の清水寺は、大きな寺院から成る観光地区だが、ここは、南鑼鼓巷と同様の難題に直面している。それは、外部から多くの人が流入して来る中、どのように地元住民の生活の質と街の本来の持ち味を守ればよいか、ということだ。文化的観光地が経済発展を推進した結果、次第に商業的な消費の場へと変わってしまう現象は、都市におけるコミュニティーづくりの過程で突破しなければならない障害だ。

高山

高山は、16世紀につくられた素朴な町で、建造物は早期の木造家屋であるため、高山陣屋跡では喫煙厳禁で車両の通行も禁止されている。

(高山の風情あふれる通り)

調和がとれていることが高山建築群の最大の特徴である。高山市では、山上の寺院の観賞を妨げないように、道沿いの家屋の高度を厳しく制限している。この他、すべての家屋の風格、ライン、窓格子や電気メーターの色まで古風なデザインで統一されており、町全体が本来の独特な姿を保っている。調和を保つ過程の中で、日本人の集団意識が充分に発揮されている。住民は全体的なイメージを表したいと思っており、いかなる建造物も全体的な味わいを損なわないようにしたいと願っている。もしもある家庭の駐車場に他と風格の異なるフェンスが出現したとすれば、住民会はそれを調和のとれた色に塗り替えるように提案し、その街区の各家庭が代表者を派遣してこのフェンスの一部のペンキを塗る。このようにして、フェンスのペンキ塗りが、コミュニティー全体が参加する事柄となるのだ。

(高山の通り)

かわって中国の街区を見た場合、私達は次のように自問するべきだろう。「私達は(北京の)南鑼鼓巷や煙袋斜街、(雲南省)麗江の古城をそれぞれどのように区別するべきだろうか?増え続ける模倣者や追随者とどのように差をつければよいのだろうか?」

市民参加レベルの高い日本の文化遺産保護活動の背景には、「文化財保護法」(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO214.html)により固められた法的基盤がある。同法には、有形文化、無形文化、民俗文化、史跡名勝天然記念物等7種類の文化財保護についての内容が含まれている。地域団体の役割が特に強調されており、その定義には、NGOや市町村レベルの自治会だけでなく、例えば街角の酒屋のご主人や隣のお豆腐屋の店主が組織する商店会等のコミュニティー団体も含まれている。政府はこれらの団体を資金的に支援し文化活動を展開している。同時に日本政府は、文化財産の特性は、その保護だけでなく、伝承や発展、提唱が更に重要であることを認識している。このため、中央政府および地方自治体は、美術館や博物館、展示館等の建設に大量の資金を投入し、様々な活動を通じて文化財産の広報を行っている。文化財産の魅力を紹介するためには、どんなにささやかな事柄や機会でも逃さないのだ。「文化財保護法」は、文化財産は日本国民全体のもので、国民一人一人に保護の責任がある、としている。これと比較して中国の市民の意識は、「文化財産の保護は政府と財産の所有者の責任だ」という認識に留まっており、文化財との疎遠な関係が既に慣例化してしまっている。更に「文化財保護法」では、日本の文化財産は世界のものである、とも指摘しているのだ。

そう、各民族の文化財産は全て「人類文明の結晶」であり、私達は「温かい目を以て見る」べきなのだ。

GLIサイトより翻訳して転載

http://www.globallinksinitiative.com/news/?p=1788

翻訳:A.K

This post is also available in: 簡体中国語

Facebook Twitter 微博

CATEGOLY