2010/10/29 by Matsue

ブルーセーター (1) ~ Acumen Fund創始者Jacqueline Novogratz

“千里の道も一歩からという。私の一歩は、見事にも顔面から転ぶ結果となってしまった。”こんな風に、Jacqueline Novogratzは彼女の新作著書「The Blue Sweater: 富裕と貧困のギャップを埋める」で書いている。Acumen基金の創設者でありCEOである彼女は、20代の頃、アフリカ大陸を救おうと意気込みアフリカへ行ったが、アフリカの人々は救済というものを求めてもいないし、必要とも思っていない事を学んだのみに終わった。ここで抜粋するように、「慈善活動の最高の知識と教訓の基に作られているだけでなく、ビジネスの手法とコンセプトを活用した新しい種類の団体が世界には必要だ。」と後に彼女は実感したのだ。こうして、Acumen基金の設立に至ったのである。(序章はこちら)

私たちの共有する未来

助成金を支給した1年程後、何が起こったかを見る為に、私は再びその地を訪問した。V医師は、病院内の教室の一室に私を招きいれた。明るく照らされた板張りの部屋は、熱心な医学生で溢れており、尊敬する先生が部屋に入ると一斉に立ち上がった。部屋の前においてあるワイドスクリーンでは、インド国内の4つの教室に向けて送られた生放送が映し出されていて、それぞれの教室で学生がVenkataswamy医師に敬意を表して立ち上がっていた。そして他の医師が講義を始め、どうやって目の手術を行うかを見せていた。全ての4都市の学生は、まるで全員が同じ教室にいるかのように、医師が行っている事を見ることができたのだ。

その日の午後遅く、Aravind眼科専門病院の医師が、300キロも離れた所に居る、サトウキビの竿での強打により損傷した農夫の眼を診察しているところを視察した。厳しい自然と闘ってきた農夫は、両目の視力を失ってしまったと怯えていた。それは、彼にとっては死刑宣告にも等しい。盲目になるという事は、所得を得る能力を失ってしまうという事なのだ。Aravind眼科専門病院の有能な医師は、農夫の健康な目は「感応反応」を示していて、怪我を負った目が適切に治療されれば元に戻るだろうと診断した。

国でも最高レベルの医師との問診にかかった農夫への費用は、たったの数ルピーである。全く革新的である。2008年までに、テレメディスン(遠隔治療)は、Aravind眼科専門病院の一般事業の一つになるだろう。テレメディスンは、田舎町の16のビジョンセンターに統合され、各村に5万人いるとされる、良質なアイケアサービスの利用が出来ない人々へのサービス提供を可能にし、Aravind眼科専門病院は1年で15万人以上の患者を治療した。しかし、7年前は、唯のアイデアに過ぎなかったのだ。ただし、起業家精神溢れた、結果重視の力強いチームが背後にいたのだ。

2001年の秋までに、私たちは興味をもった社会起業家を特定し、私たちのビジネスモデルには、構想を実現可能にする才能が存在し、力があると更に自信を持つようになった。そして、ウォールストリートの端にあるトリニティ教会の向かいに新しい事務所も見つけた。私はこの新天地の象徴的な意味が気に入った。なぜなら、Acumen基金が優しい気持ちを持った石頭の集まりだからだ。教会のベルが15分おきに鳴り、時間の経過を思い出させてくれ、仕事にもっと没頭するように呼びかけてくれるのも大好きだった。ワールドトレードセンターの隣であることも気に入っていた。なぜなら、私たちの夢は、全て、人類と私たちの共有する未来のためのものだからだ。私たちの引越しは、あの悲劇が起こった2001年の9月11日に予定されていた。

治療を受けられない人はいない

Acumen基金の1年目、私たちは、テクノロジーが貧困問題を解決する革新的な促進力であると考え、特にヘルスケアテクノロジーに眼を向けていた Aravind眼科専門病院の歴史の当初30年、執刀医は単に患者の白内障を取り除き、また見えるようにするため分厚い眼鏡を渡していたのだ。患者の目に直接入れる眼内レンズが発明された時、V医師は、革新的なアイケアだと認識した。しかし、その価格は、1990年当時で140ドルとひどく高いものであった。V医師は、慈善団体や政府の援助を待つしかないこのシステムでは、貧困の人々の殆どは、気の遠くなるほど長い間待たなければ治療が受けられないと知った。

その時のAravind眼科専門病院の課題は、どうやって多くの人々が手頃に眼の手術を受けられるような価格で眼内レンズを製造するかだった。そして、最終的にはこの企業が、市場に出回っている他のレンズに劣らない品質で、10ドル台のレンズを開発することに成功したのだ。極貧の人々にはそれでも手に入らない価格だが、このビジネスモデルは、巨額の寄付金や政府の助成金なしで、非常に多くの人々へ眼内レンズの移植を可能にした。

Aurolabという営利目的のテクノロジー会社と共同開発を行っていたAravindレンズの開発初期、V医師は、市場価格の半分以下である一つ60ドルという価格で販売したいという製薬会社から購入の申出を受けた事がある。その売上はAravind眼科専門病院に主要な収益をもたらしただろうが、V医師はその申出を断った。なぜなら、医師の目標は、中流階級ではなく、貧困層が手の出る価格を確約することにあったからである。V医師は、貧しい人々は60ドル近くもするものには絶対手が出ない事が分かっていたので、10ドル以下でレンズを生産する方法を見つけ出したかったのである。今日、Aurolabは、世界でも有数の眼内レンズ製造会社であり、120カ国以上に向けて輸出し、1レンズ2ドル以下で販売している。

(V医師)

Aravind眼科専門病院のシンプルなビジネスモデルは、スライド価格システムを基盤としていた。スライド価格システムとは、裕福な人たちが、手術費用を全額払い、貧しい人たちは、わずかばかりのお金で、または、本当に貧窮しているのであれば無料で同じ手術が受けられるのである。誰も拒否される事はないのだ。

Acumen基金とAravind眼科専門病院がどう協働できるかと尋ねた時、テレメディスン(遠隔治療)ユニット設立実験を行う為の補助金を提供してくれないかとV医師のチームは提案した。テレメディスン導入により、農民が何百キロもかけて、主要な病院へ行く事なく眼の診察が受けることが可能になるのだ。5つの病院で利用できるため、Aravind眼科病院はテレメディスンを教育ツールとして利用し、住んでいる場所を問わず、全ての医学生に最高の医師の講義を受けさせたいと思っていたのだ。

当時、テレメディスンは、特に低所得層の地域において、かなり画期的な手法だった。本質的に、テレメディスンとは、医師から離れた場所にいる患者をビデオ機能のついたコンピューターで繋げる方法だ。良質の病院から田舎の村がどれだけ離れているかを考えた時、優れた医師の問診を低所得の人々が受けられるようになるという事がどれだけ素晴らしいかは直感的に解った。しかし、Aravind眼科専門病院がその費用を負担できるようなビジネスモデルをどうやったら構築できるかが不安だった。

「やらせてください。その問題は後から解決するでしょう。」とV医師は断言した。

原文はこちら:http://www.socialedge.org/blogs/the-blue-sweater

翻訳:丸山志野

校正:小嶋祝夫

GLIサイトより転載:http://www.glijapan.eu/inspire/?p=485


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