2015/09/17 by Tanada

汶川(ブンセン)の七年祭にて ~強さとしなやかさを備えた生活~

防災や減災とは何だろうか。
研修を受け、何度か訓練を行い、非常用持ち出し袋があれば、それで良い?

2015年3月、仙台で開催された国連防災世界会議で発表された「仙台防災枠組2015-2030」の中で、「総合的な防災、減災、救助能力」という概念が打ち出され、あらゆる方面、あらゆる段階での災害に備える能力の向上をアピールし、復旧や避難、復興における、被災地区の「より良い復興」を強調した。

今年は、5.12ブンセン地震から7周年にあたり、7回目の全国防災減災の日を迎える年でもある。それに対し、私たちは防災や減災が、もはや単純な研修や訓練ではなく、災害状況がどのように変化していくかその一部始終を内部化し、社会生活の各方面における全体構想につながることを望んでいる。

以上の厖大なビジョンについては、愛徳基金会によるプロジェクトの実例を用いた詳細な説明をご覧いただきたい。

防災減災ハードパワー編―家屋耐震ランク

まずはこのデータを見てください。

●2008年5月12日14時28分
ブンセン地震 マグニチュード8 震源の深さ14キロ 最大震度11 死者69227人、行方不明者17923人
●2010年4月14日7時49分
玉樹地震 マグニチュード7.1 震源の深さ14キロ 最大震度9 死者2698人
●2013年4月20日8時2分
芦山地震 マグニチュード7 震源の深さ13キロ 最大震度9 死者196人、行方不明者21人
●2014年8月3日16時30分
魯甸地震 マグニチュード6.5 震源の深さ12キロ 最大震度9 死者617人、行方不明者112人
●2011年3月11日14時46分
東日本大震災 マグニチュード9  震源の深さ 海面10キロ 最大震度9 死者15786人(うち地震で亡くなったのは90人)
●2015年4月25日14時11分
ネパール地震 マグニチュード8.1 震源の深さ20キロ 最大震度9 死者7913人(5月9日までの統計データ)

魯甸地震での死者・行方不明者の数が、なぜ同じ震度の芦山地震よりも多いのだろうか。東日本大地震では、なぜ地震によって直接死に至った人数が、死者数全体の0.57%しかいないのだろうか。もっとも直接的な要因は、耐震設備を指し示している。とりわけ、家屋の耐震仕様の差異である。それならば、耐震家屋の建設に対する備えは、どれだけ実現可能なのだろうか。

《震度8に耐える設計》

2008年7月末、愛徳基金会(以下、愛徳)はブンセン地震の重大被災地である四川省綿竹市の卧雲(ウーユン)村に駐屯し、復興作業を進めたが、卧雲村では95%の民家が倒壊、或は激しく破損していた。また、24人が死亡し、57人が重傷を負った。民家の建設は、復興作業の中でもとくに重要なものだった。

愛徳が卧雲村の民家建設作業に対して提案した唯一の要求は、“震度8に耐える設計”である。震度8に対する耐震基準は、現地の地震局が算出して提出したもので、四川省も耐震家屋建設専門局に命じて公布した技術ガイドラインである。どのようにして机上で作られた基準を実行し、行動に移すべきだろうか。

愛徳は、香港建築士協会がボランティアとして招聘した専門家の鄺(コウ)重建さんを通じて、半年間の時間をかけ、卧雲村での民家建設における流れと習わしを深く理解し、四川の農村での住居建築の際に耐震設計技術ガイドラインの内容をどのように定着させればよいのかを研究した。コウさんの研究成果によると、愛徳は卧雲村の災害復興委員会を立ち上げて、民家建設の品質向上のための研修を受講させた。また、民家の検収段階の任務を当委員会に与え、委員会と愛徳作業員会は、民家の品質に関する不定期のサンプリング調査を実施した。

最後に建てられた卧雲村の民家は、外見は別の村のものと何ら変わらないし、もっと言うと、他の民家ほどきれいでもない。しかし愛徳は見えない所に努力と時間を注ぎ、卧雲村の民家を他と比べて中身のしっかりした丈夫な家屋に仕立てたのである。

20150917-120150917-220150917-3

厳しい要求をした理由

2009年6月30日、綿竹市でマグニチュード5.6の地震が発生。

2013年4月20日、雅安芦山県でマグニチュード4.0の地震が発生。綿竹地震より体に感じる揺れは遙かに大きく、通信も一度途絶えた。

二度も地震に見舞われながら、卧雲村はびくともしなかった。2013年7月に行われた再訪プロジェクトで、村民はこう語った。「ようやく分かりましたよ、あの時どうして皆さんが、家屋の品質についてあんなに厳しい要求をしたのかが」。

防災・減災ソフトパワー編-コミュニティーの自力救済能力

4月25日、ネパールで発生したマグニチュード8.1の地震は、その震度の大きさと死傷者の数によって国際社会の大きな注目を浴びた。様々な形の緊急支援活動が行われる一方、ネパール当地の行動は遅く、救援不足を訴える声が新聞各紙で取り上げられ、ネパール政府は真っ先に責任追求の矢面に立たされた。

事実、ネパールの救援活動は遅かった。政府に原因があるだけでなく、地区コミュニティーの統治レベルの低さも大きく関係している。救助活動を行った人のフィードバックによると、ネパールの村のリーダーは政府から派遣された公務員が担当しており、彼らはその村に住んでいるわけではなく、さらには自身の担当する村に赴いたこともなく、村がどこにあるのかさえ知らない者すらいるということだ。

ご存知のように、大災害の際、交通・通信等の基本設備は往々にして甚大な被害を受けるため、迅速な復旧は困難である。それゆえ、大きな範囲の被災地域の分布といった客観的要素に関しては、外部の援助をもってしてもすぐに全ての被災地区を把握することは困難なのだ。したがって、遠方の村においてはコミュニティーの自力救済こそが“黄金の72時間”と言われる緊急援助における主要な手段である。しかし、コミュニティーの自力救助の実現はコミュニティーのソフトパワーのレベルによるところであり、コミュニティーの組織や精神、文化など様々な側面を含めるため、住居等のハード面での建築よりも複雑なことなのだ。

【強靭なコミュニティーを創る】

今一度、2008年の被災後に愛徳がコミュニティー再建プロジェクトを展開した、四川省綿竹市広済鎮卧雲村を振り返ってみよう。

卧雲村での住居建設の過程では、品質に対する要求のほか、住居建設を土台としたより強靭なコミュニティーの建設に、村の災害復興委員会が中心となって尽力した。

その1.農家主導のもと、農家が大工を雇って自ら住居を建設すること、あるいは連名で施工部隊を雇って統一した形で建設することを可能とした。ただし、すべての施工は農家の署名をもって契約し、災害復興委員会および愛徳は村民のために施工部隊の資源審査や契約審査サービスを提供した。

その2.研修を受けた復興委員会は、住居の品質監督の最重要機関の任を負い、村の委員会と愛徳は住居の質について不定期に検査を行った。

その3.経済的弱者の家庭を選び、その家庭に少額の額外補助を与え、「扶貧済困(貧しきを支え、困難から救済する)」コミュニティー精神を提唱するよう、村民に提案した。

その4.高齢者と共同で家を建てた家庭に少額の額外補助を提供し、「尊老愛幼(高齢者を敬い、子供を愛する)」コミュニティー精神を提唱した。

住宅建設を土台として、コミュニティーの組織と精神を構築しただけでなく、愛徳は卧雲村にもともと存在していた「夕日紅」と呼ばれる文芸チームに依頼して、さまざまなコミュニティー文化活動を行った。活動例として、中秋パーティーや春節期間中に行った春聯創作大会、家族ゲーム大会、チーム対抗歌合戦、元宵節の親睦会がある。他にも、コミュニティーが自発的に行った台湾モーラコット台風(訳注:2009年8月に発生した台風8号。台湾に上陸して記録的な豪雨をもたらし、多数の死者が出た)のためのチャリティーパーテイーや、防災減災に関するクイズ大会など、多岐に渡った。

20150917-420150917-5

文化活動での春聯創作大会にて。
子どものモデル達の様子を見て、村民は誇らしく思った。

まとめ

愛徳が四川省綿竹卧雲村において行った復興作業は、住居等の建設を土台として、コミュニティーの防災減災のハードパワーとソフトパワーを実現すると同時に、以下のことを提唱した。

1、ハードパワーの面では、卧雲村民の住居と上水道を耐震設備の基準を満たすように建設した。

2、ソフトパワーの面については以下の通り:
2.1 卧雲村の災害復興委員会と「夕日紅」文芸チームが、それぞれ分担して卧雲村の行政と娯楽活動の機能を担い、復興プロジェクトが終わった後も違う形でその効果を発揮した。

2.2 卧雲村の、団結して互いを助け合う精神を確固たるものとした。2009年、台湾でモーラコット台風による災害が発生した後、卧雲村の村民は自発的に組織を結成して、村全体で救援募金活動を行った。

2.3 コミュニティー活動を通じてコミュニティーの団結力を促進し、コミュニティーの活力を発揮した効果が著しい。プロジェクトの期間中に展開したさまざまな娯楽活動は、最初は基金会の主導だったが、のちに完全に村民が自主的に推し進めるようになり、村民の情熱により関連の活動は続いていった。卧雲村の村民も村に対してますます愛着を抱くようになり、この村にいることにこの上ない誇りを覚えるようになった。

防災減災に関して、中国の減災対策は緊急援助と災害後の復興に注力しすぎており、災害前の予防に力を入れるべきとする意見もある。これに対し、今ある比較的豊富な復興資源をどのようにして確実に活かすかということも挑戦し甲斐のある課題の一つである。耐震設計指標の真の定着を実現する道のりは、まだまだ長い。

卧雲村の例が私たちに示すように、震度8に耐える設計とコミュニティーの自力救済は、再び注目されることを心待ちにしているのだ。

執筆者
執筆者所属
翻訳と校正 翻訳:萩原千瑛、松元晴菜 校正:棚田由紀子
メディア http://www.ngocn.net/news/363513.html

This post is also available in: 簡体中国語

Facebook Twitter 微博

CATEGOLY