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2015/09/12 by Tanada

「自然教育」が大学受験入試に?目が離せない!

今年の広東省での大学受験入試の国語の作文問題は例年に比べ話題にならなかったが、それでも少なくない議論を呼んだ。

~~~ 広東省の問題:自然の「近さ」または「遠さ」を感じる ~~~

次の文章を読み、以下の問題に沿って作文しなさい。

空の光や雲の影を見て、天気を予測しようとしても、目で見ただけでは難しい。テレビをつければ、地球全体の天気を知ることもできるが、静かに雲の流れを眺める面白さは欠けている。
林の中をゆっくりと歩けば、草が生い茂り鳥が飛び、木の枝葉の様子を見ることができるが、花や鳥の名前、木々の特徴まで細かくは分からない。マウスをクリックすれば、生物の種類やその進化の歴史を知ることができるが、花や実の香りをかいだり、林の空気を感じたりすることはできない。
自然を感じるアプローチによって、自然は「近く」も、また「遠く」にもなるようだ。

問題
1 自分の視点で考えを決め、テーマを決めること。文体は問わない。
2 問題文の内容や表す意味の範囲を逸脱しないこと。
3 800字以上で書くこと。
4 盗作しないこと。

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何て難しい問題だ、もう卒業していて良かった、という人もいれば、異なるアプローチで自然を感じるなど、広東省の受験生にとっては簡単すぎる、つまり食というアプローチだ、という人もいる。慈善事業界では、多くの人が、今年の入試問題は自然教育に大変傾倒していたと感じた。見たところ、テーマが自然教育活動の文案のようだという人もいたし、このテーマは受験生に、自然教育に参加した後の感想を書かせているようだと言った人もいる。

中国大陸での自然教育の歴史はそれほど長くない。2000年に「自然の友」が“Sharing Nature with Children”(邦題「シェアリングネイチャー 自然のよろこびをわかちあおう」)を翻訳出版し、自然教育の学習、研究、実践が始まった。2006年、大学生のグリーンキャンプが、台湾の荒野保護協会の自然体験、自然観察、自然創作を一体化した教育モデルを中国大陸に導入した。2010年、自然の友が“Last Child in the Woods”(邦題「あなたの子どもには自然が足りない」)を翻訳出版し、話題を呼んだ。2014年第1回全国自然教育シンポジウムが開かれた。

環境保護NGOが推進した小さな運動が、メインストリームの考え方になり、大学入試の問題文にまでなったということは、今後自然教育は中国で大ブームとなるのか?

予測する前に、考えてみよう。自然教育とは何なのか?以下は、集美大学の石盛莉先生が2014年に自然教育シンポジウムの後に発表したものだ。自然教育とは何か、なぜ自然教育が必要なのか、自然教育業界の現状とは?

自然教育とは?

自然教育の意味は広く、今のところ、まだ決まった定義は無い。「自然」に関係する教育のほかに、「自然教育」とは子供をトレーニングするという目標を実現すること、子供の持つ天性や自然の状態に沿って教育することも指す。本文でいう自然教育とは、自然を内容とし、自然と関係のある教育である。つまり、自然の中で、自然について、自然のために行う教育。また自然という大きな学校の中で、子供が自然から学ぶプロセスの中で、心身の健康な成長を促す教育である。

次のように問う人もいるかもしれない。自然に関係する教育とは、子供を連れて外で遊び、自然の中で遊んだり旅したり、または学校のクラスで自然に関係する知識を学ぶことも、自然教育と言えるのか?もし言えるなら、なぜ大げさに自然教育を推し進める必要があるのか?

私はこう思う。自然教育とは、自然の中で遊ぶだけのものでも、自然に関する知識や法則を理解することでもない。もっと、人々が自然と結びつき、自然から学び、生命の本質を探究し、自身の成長を助けるもの、またエコロジカルな世界観の中で、人類の文明と自然との協調的発展を求めるものである。

雲南自然教育センターの発起人である王愉曾氏が、自然教育の実践には次のような特徴があるとまとめている。まず、情感の啓発とその高まりに注目するもの。次に、より野外での活動を重んじ、直接の体験を強調するもの。最後に、人と自然、人と他人、人とその内面の、3つの関係を作り、それを発展させるもの。

ここでは、自然教育に対して次のような説明を試みてみる。自然教育とは、人を引き付ける方法で、自然の中で、自然についての知識と経験を体験学習し、自然とつながり、生命を尊重し、エコロジカルな世界観を打ち立てること。自然の法則に従って事をなし、人と自然との協調的発展を実現するもの。

まさに、ジョセフ・コーネル氏が言ったことのようだ。「自然は人類に大きな贈り物をくれた。それは、私たちが自分の能力を知っている、ということだ。私たちが、自分と周りの世界を知りえたなら、人は大自然の最もパーフェクトな傑作になることができる。言い換えれば、人類だけが、このように心ゆくまで自然を楽しみ、注目することができる。人の体験を通してのみ、自然の神秘はこのように鮮やかに表現されるのだ」。

なぜ自然教育が必要なのか

求められる自然生態系の保護育成と環境保護

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40~50年前のロンドンスモッグ、汚れて悪臭を放つライン河、八大公害事件‥‥先進国の失敗は、今の中国でも苦境として立ちはだかっている。北から南まで覆われたスモッグ、半分汚染された十大水系、基準値を16.1%も上回る土壌汚染‥‥環境汚染は今や誰の目にも明らかで、誰もがその実害を経験している。

環境保護を知識として知っているだけでは到底不十分である。「知る」から「行動する」までの道のりはとても長い。現在、環境汚染の影響は次第に広範囲に渡り、環境保護に関する情報取得のツールもますます多くなっているにもかかわらず、一般の人々に環境保護のための何らかの行動を促すには限界がある。ある状況下において、多くの知識があっても、現状をどうにも出来ない時、人は学習性無気力に陥って何も感じなくなり、冷淡に、ひいては逃避へと走ることとなる。自然のかつての美しさを体験したことのない90年代生まれの若者は「今の環境は素晴らしいと思う」と言うだろう。驚きはさておき、真剣に考えなくてはなるまい:どのようにすれば環境教育の効果を改善できるのか、より多くの自覚的な自然生態系の保護育成と環境保護活動を促せるのかを。

環境心理学者ルイス・テューラーは、環境保護分野の指導者に関する研究で次の様に表明している。彼らが環境保護事業に向かう訳は、幼年期あるいは青少年期の二つの要素が関わり合っている。一つ目は、荒涼とした原野、あるいはそれに近い場所で相当な時間を過ごし、今なおその光景を目にしていること。二つ目は、彼らに自然を大切にすることを教えてくれた年長者がいたことである。

リチャード・ルーヴは著書“Last Child in the Woods”(邦題「あなたの子どもには自然が足りない」)で次の様に述べている:「自然についての知識は重要であるが、情熱こそが努力を続けていく原動力となり得る‥‥情熱はビデオの映像やCDディスクからは得られない。それは子供達が泥だらけの両手で大地の中から掴みだすものなのだ。それは草の汁に染まった袖を伝って心の中に入ってくるものなのだ」。

自然教育とは、それに関わる者が自然の法則を深く理解し、自然を尊重し、自然を心から愛するという前提に立ち、それに相応しい責任感と能力を養い、情熱を持たせることである。環境教育の効果を改善するために、一般の人々の環境意識を高め、環境保護行動を促進する必要があり、それは非常に切迫したものである。

子どもの成長に対する必要性

生まれた時から、それぞれ人間は、自然の有様、感覚、におい、音などに取り巻かれている。子供達は感覚を通して生活する。五官での体験は、子供達が内に深く秘めている感情の世界と外の世界を結びつける。「自然環境は五官を刺激する大事な要素である。それ故に、ある時ある場所で世界を感じ認識した際、家の外で心の赴くままに探索したり遊んだりすることが、子どもの内面の健康的な発展にとって極めて重要だ」(ロビン・ムーア)

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しかしながら、「生活の中で過度に科学技術に依存したり、知らない人間や大自然を畏れたり、自然教育を軽視したり、理想的とは言いがたい都市設計や都市化の過程」(リチャード・ルーヴ)等の原因により、都市の子供は空間的にも(便利で適当な自然の遊び場が少ない)、時間的にも(宿題や塾で忙しかったり、コンピューターゲームなどに夢中になる)、心理的にも(自然とは恐ろしいものだと思ってしまう)、自然から遠ざかっている。

「自然教育とは、自らの体験と環境を相互に結びつけることによって、人が自然を知り、感じ、楽しみ、愛するように導く事だ」。都市の密集した人口、自然環境や自然の物の少なさを考えると、一般の人々の自然教育に対する理解をひろげ、保護者や大人が子供を自然の中に連れ出して、限られた時間の中でより良い自然教育の成果を得るとともに、子供達の心身とも健康な成長を促すことが急務である。

大人の心身再生に対する必要性

荘子は「天地に大美有れども、而も言わず」(この世界はとても美しいが、自然はそれを言葉では言わない)と言っている。ローレン ハーリングは「一度自然の中に身を投げ出したら、自分がちっぽけな存在であることがわかる。世界には自分以外の多くの偉大なものがあるとわかる。それによって問題を別の角度から見られるようになる。自然の中でなら、目の前の問題が、直ちにこちらに注意を向けろとか、すぐに答を探し出せと要求することはない。自然の中では、あなたはこの世界から逸脱することなく苦痛から遠ざかることができる」と言っている。他にも、自然の中の豊かで新しい物事、様々な角度は、大人に対しても想像力や創造力の刺激に役立ってくれる。

しかし、既往の観点で物事を見ると、往々にして自然の中で遊ぶのは時間の無駄であると感じるだろう。一週間忙しく仕事をした後は、なおさら家の中でゆっくりしたいと思うかもしれない。大人であれば時間を融通して旅行に出かけ、自然の美しい景色の中で心身をいやす事も出来る。慌ただしく見て回る観光は、自然からすれば行きずりの人でしかない。五官を動員して、生き生きとした自然を体感する経験がなく、表面的に見るものが多くなればなるほど、ますます内面が理解できず、深みを欠いていき、また自然から受ける恩恵やインスピレーションをより良く理解して精神的成長の手助けとすることも難しくなる。

「生活リズムのスピード化」や「ファーストフード文化」という単調さと味気なさが都市生活を席巻する今、美しい物に対する感覚を取り戻すことが特に必要とされる;そして「それら大地の美しさを感じることの出来る人は、そこから生命の力を得る事ができる、一生ずっと」。(レイチェル・カーソン)自分自身を立ち止まらせ、落ち着かせ、周りの人や物事をよく観察し、忙しさに支配されている状態から「今この時」に目を向けて、心の声に耳を澄ませ、生活をもっと豊かにするため、大人にとっても自然教育は必要である。

一方で、多様化し開放された自然は社会的相互作用(social interaction)を呼び起こし、社会的な感性や知識、道徳、習慣を養うヒントを与えてくれる。自然の助けを借りて、思考回路を整理し、多角的に物事をとらえ、リラックスしてすっきりとした状態に立ち戻ることができる。自然教育は関わった者を、自然との共生、人との共生についての理解へと導く。感謝と、尊敬と愛に満ちて、お互いを理解し受け入れ容認する。それだけでなく、自然教育では、生命そのものや自分の本質を学び、生命を尊重し、人類を尊重することを学ぶのだ。

自然教育業界の現状

自然教育に対するニーズは広範囲に及び、ニーズの種類も多様化している。心身ともに健康な子供に成長してほしいと願う保護者たちも、学校教育を補完するものとして、より多くの自然教育活動が導入されることを期待している。このため、各地の教育機関、環境団体、自然保護区や広報センター等、多くの組織が自然教育に注目しており、実践の試みも始まっている。

小学校をはじめとする多くの学校では、自然や環境問題、生態学等に関する履修課程を展開しはじめている。一部の地域では、総合学習や学校独自の履修課程、あるいはクラブ活動で自然教育が展開されている事例もある。また、自然教育の場となる植物園、自然保護区やエコロジー公園等も、豊かな生物多様性という強みを生かし、自然解説や自然体験活動を試みている。更には、非営利団体・営利企業の区別を問わず、環境・生態系保護に携わる組織や、アウトドア系企業、教育コンサルタント等もそれぞれの業務に自然教育を取り入れる試みを実施している。

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近年では、自然教育に特化した非営利団体やビジネスが増加しており、このような事業者の出現は、自然教育の専門性を高め、より系統だった発展を促す効果がある。

目下、自然教育に関連する業務は様々な形態があるが、大きくは以下のように分類できる。

知識型自然教育: 自然史に関する知識習得を重視した自然教育で、学校内での自然や生物に関連するカリキュラムの導入や、地域ベースや学校ベースのカリキュラムに自然に関する内容を取り入れる等の試みがある。

体験型自然教育: 子供達が自らの五感を通じて自然環境から得られる刺激を体験することで、子供達の奥に潜む情感の世界を外の世界につなげることを目指す。

遊学型自然教育: 自然の中に入り込み、綿密に自然を観察することで、生命間の相互作用・相互依存の関係を学び理解する。自然と付き合う方法を考え、自然や万物に対する尊重の念と責任を感じとり、人間を生態系の一部としてとらえる世界観の形成を目指す。

研究型自然教育: 自然に興味を持っている人が、自然に対するより専門的な調査研究を行う。自然教育において使用できる基礎資料の蓄積に寄与し、自然教育の発展を促進することができる。

解説型自然教育 自然解説員や自然ガイドを育成するための自然教育。学習者は、自然教育を広める伝達者と成る。一般市民が環境保全のために行動することを奨励し、「量から質へ」、積極的な変化をもたらすことを目指す。

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 原題「自然教育がやって来た」(《自然教育来了》)より改編

写真: 百度搜図より

執筆者
執筆者所属
翻訳と校正 翻訳:三津間由佳、緒方典子、川口晶子 校正:棚田由紀子
メディア NGOCNにより編集(編集責任者:鹿柴)

http://www.ngocn.net/home/news/article/id/363806

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