2015/06/12 by Tanada

この世を去る前に、あなたの命の物語を書きましょう

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“命の物語が出来上がったら、とても気持ちがよくなって、まるでコカ・コーラを飲んだかのようにすっきりした”。85歳の曾おばあさんは言った。彼女の言う“命の物語”とは、香港福音ルーテル教会が2005年から力を入れ始めた特別な活動である。ソーシャルワーカーや訓練を受けたボランティアが、年配者や長年病気を患っている患者、ホスピス入所者などと一緒になって自分の人生を振り返り、命の物語を書く。

命が自分の物語に出会う時

“私の物語など、話すに値しない”“私が話しても聞いてくれる人がいるわけがない”と年配者が言うのをよく聞く。これとは正反対に、エリクソンの人生段階理論によると、人が人生の終点に近づく時、往々にして“これまでの人生を否定したくない”と切望するという。 しかし、数十年に渡る人生の起伏を経て、過去の夢や壮大な志と期待は徐々にその結果がわかってくる。ついには、どの人も大きな舞台で慌ただしく行き交う人に過ぎないと悟るようになるのである。人々は自分の“これまでの人生”を肯定したいと切望しているが、人生の辛酸を経験して、自分のことを軽んじ、卑下し、どうしようもないとさえ思う。命の物語の手法は、まさに一人一人をそれぞれの人生の舞台の中央に引き戻し、各々の人生には唯一無二の醍醐味があることを発見してもらうものだ。

怒りから安らぎに至るまで

文女史は、癌が再発した為に医師の判断でそのまま終末期医療病棟に送り込まれた。生きたいという強い希望は、無情なターミナルケア生活によって激しく打ちのめされた。彼女はどうして“治療”を受けることができないのか、ただ死を待つだけの“緩和”ケアだけしか受けられないことに対する不満を強く訴えていた。彼女は病院側の自分に対する尊厳のない諸々の対応に憤り、ひいては全世界が自分と敵対しているかのように憤慨していた。彼女は症状がはっきりと言葉で言い表せないために、まるでたたきつけるかのようにパソコンを打って自分の人生や言葉を記録し、気持ちを発散させた。そうしなければ、死んでも死にきれないのだろう。福音ルーテル教会が行う“命の物語”活動に携わる吴婉儀女史が文女史に初めて出会った時、彼女の思いの丈を本に目を通すことから始まった。ソーシャルワーカーからみて、あの時の文女史は、溢れ出る怒りでいっぱいだったという。彼女の怒りは全世界に向けられ、彼女の持てるすべての力を投げ打って対抗していた。そうすることで自分の生命の存在意義を見出していた。

命の物語は簡単なように見えて、やってみると決して容易なことではないということがわかる。文女史と関わりのあった多くの人のように、ソーシャルワーカーたちの善意は彼女の憤りによってはるか遠くに退けられた。彼女が“情緒不安定で、理性的になれない”状態であることを、ソーシャルワーカーは深く理解していた。命の物語を作成し始めたとき、必ず彼女に十分な空間を与え鬱憤を吐き出させ、彼女の話に熱心に耳を傾けた。彼女が受け入れられたと感じて初めて心が安らぐことができるのだ。また、自分の命の物語を述べること自体がまさに心を解放させる手段であり、さらに重要なことは物語を叙述する過程の中でまたさらに中身が掘り出され、内容がより豊富になり、話が進んでいくことを、ソーシャルワーカーは知っている。

悔やむ気持ちから人生を否定したくないと感じるようになるまで

“薄いものを豊かにする”。命の物語を構築するポストモダニズム理論によると、人は自分の言葉で自身の価値を定義し、その世界を構築する。しかしそれと同時に、言葉は社会とその人の周囲からの言葉や分析の影響を受ける。個人の人生と、一般的に認識されている主流の価値観が相違する時、言葉は乏しくなり、言わんとする物語も中身が相当薄く、偏ったものになる。物語がどんなものになるかについてもまた、その人がどのように自分の生活を理解し、どのように自分の地位を確立したかを現している。生活の中にある豊かなエピソードが新たに物語の中に盛り込まれる時、新たな人生のテーマが見つかり、物語は一新され、人生はこの時から以前とは違った意味合いのものになる。

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文女士の字に力強さが満ちているのは、生きた証を残したいという思いからだ。彼女は更によい方法で、自己の存在を感じとり体験し、彼女自身の本当の命の価値を取り戻せると、ソーシャルワーカーは感じている。ソーシャルワーカーと文女士の信頼関係が構築されるにしたがって、徐々に彼女はかつて自分が歩んできた人生の多くの場面を語り始めた。例えば、夫が彼女に付きっきりで世話をしてくれたこと、ともに助け合ってきた夫婦の愛、彼女が病魔と闘ってきた中でも決して絶えることのなかった闘志…これらは徐々に物語の大部分を占めるようになった。これまでの怒りが少しずつ消えていくにしたがって、彼女の感情もまた新たに立体感のあるものになり始め、夫や闘病中ずっと彼女を支えてくれていた医療スタッフに対して、感謝の気持ちを持てるようになった。彼女の生命の物語が完成に近づき始める頃には、あの種の鬱憤はすでにひっそりと消え去り、怒りから解放され“むだのない一生”を享受することができた。そして、冒頭の曾おばさんと同じく気持ちがすっきりした。

物語が様々な人生と出会う時

この活動に携わる人たちは、実践中に作った作業記録を自作アルバムに仕立て、家族のために命の物語を作るよう手取り足取り指導した。そのおかげで、命の物語は世代間の絆となった。指導を受けた人々は“命の物語は私の父親に対する理解をさらに深め、私たちの距離を縮めてくれた” “前の世代の生活と経験を知ることができる!私のように香港で生まれた若い世代は、インターネットですべてがわかると思いこんでいるが、しかし実際そこで得たものはとても少ない!”と語った。また同時にこの活動は、社会的側面に目を向けることも忘れてはいない。彼らは“命の物語”を絆の実践例として、中学生向けの総合学習科目として授業に織り込んだり、老人ホームで働く人たち向けのサービス向上訓練を企画したりしている。このような取り組みのおかげで、命の物語は個人や家庭の境界線を飛び出し、社会や世代、歴史的側面の価値をもつようになった。

相対的に言うと、社会や専門家などの影響を受け、福音ルーテル教会の命の物語計画は物語の主人公を舞台の中心に押し出し、“命の物語”はその人の心の在り方を変える器のような役割を果たしている。このようになってくると、どんなに取るに足らない、また微かな声も独自の価値を持ってくる。それはいきいきとした命から発せられているために、繰り返し述べる過程でさらに完全なものとなる。この種の命に対するきめ細やかな思いやりによって、命と物語が相まみえた時、さらに強力な力を帯びる。この力をもつことによって、自身の歩んできた人生の歴史について真実味をもって述べることができるようになる。

2013年、龍応台(訳注:台湾の作家で、台湾文化部部長)の主導の下、台湾では“国民記憶庫”が立ち上げられた。“国民それぞれの個人の歴史の背景にこそ、最も真実に近い国家の歴史がある”と彼女は述べた。その一方で、海峡の対岸では、崔永元(訳注:中国中央テレビの看板キャスター)率いる口述歴史の団体(歴史遺産愛護団体)、新歴史合作社なども、同様の努力をしてきた。異なる道程の命の物語の取り組みはそれぞれの経験に基づいており、多くの潜在的な可能性を秘めた領域を有している。将来、それらが交わりあい、お互いに助け合い、さらに多くの人を感動させる可能性を呼び覚ますことを期待している。

執筆者  
執筆者所属

NGO発展交流網(NGOCN)

翻訳と校正 翻訳:佐藤祐子 校正:棚田由紀子
メディア

http://www.ngocn.net/home/news/article/id/361934

http://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzA3MjA3MjUxMg==&mid=203560153&idx=2&sn=085b45caf698f37e10d19c5db6789664#rd

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