2015/03/27 by Tanada

2014年度 有機会 優秀青年功労者 トップ10

※事務局注※

本編で紹介している人物は、有機会が2014年に取材または協力した方々、もしくは有機会にご寄稿いただいた方々より選出されております。有機会は北京に事務所を構えている関係上、紹介しているのは北京で活動されている方々が多数となっております。また、今回の選定は公開コンペティションによるものではございません。あくまでも有機会独自の選考および入選である点をご理解ください。

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 今日、私達は2015年という時に立ち、歴史を振り返ると、毎回人類の進歩というものは、まず意識と文化を変えることから始まっている。そこには命令も強制もなく、公共のコンセンサスがあり、大きな流れに沿うだけで食い止めることはできない。現在の中国には愛すべき若者達がいて、まさに彼らの行動がより多くの人々の意識に影響を与えている。現時点での彼らは広い大地の小さな流れに過ぎないかもしれないが、いつの日か合流してひとつの流れとなるだろう。その時、次の人類の文明が目覚ましく進歩を遂げる時代まで、遠くはない。

 私達は優秀青年功労者の前にある「十大」という言葉を取り、代わりに「十名」とつけた。どうであれ、彼らは数多くの実践者の中から代表として選ばれたのであり、理想を抱く若者が多くいる中でトーチを手にし、暗闇の中で微かな光を灯そうと、絶えず試みている。

環境保護公益のエキスパート:揚恒さん 

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入選理由:中国における環境保護活動に奔走

 四川省出身の揚恒は、幼少期を綿陽安県の小さな山村で過ごした。森林と共に過ごした経験によって彼女は、森林の足跡を追いかけて前に踏み出す人生を歩むこととなる。高校卒業後、彼女は四川農業大学で園芸を専攻し「都市を森林に変え、そこに住むすべての人が幼少時の夢を続ける」ことができるのを理想とした。大学卒業後は北京林業大学に推薦で入り、園芸植物と観賞園芸の大学院生として屋上緑化を専門に「都市の鉄筋コンクリートの上にオアシスを作る」ことに取り組み、彼女の夢はより近づいてきているようだ。

 大学院生の段階で、彼女は自然大学のボランティアに参加した。大学院卒業後はそのまま自然大学に入り、草木学院の責任者となった。森林保護活動の呼びかけをする中、雑誌《南嶺発見者》(Nanling Discover)の発行から森林保護ネットワークの開設まで、週末のイベントから各地へ奔走しての調査研究まで、環境保護テーマのウェブサイトの維持から微博(ウェイボー、中国版ツイッター)の管理に至るまで、全身全霊で取り組み、多忙の中でも充実感を得られ、アイデンティティはますます確固たるものとなっている。

 現在、彼女は中国の環境保護に奔走する中、全力で未来に向けて準備を行っている。自身が携わる環境保護の仕事に対しては理性と客観性を保ち、経済発展と環境保護を結びつけた生態経済の可能性を探り始めた。中国の環境保護のために最大限努力をすることが彼女にとって生涯の夢であり、夢は永遠に覚めないのだと語っている。

郷村土倉庫の創設者:王叟民さん

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入選理由:“三農”(農民・農村・農業)に注目し現場で農民組織を援助協力

 2007年、華中農業大学農村区域発展専攻を卒業、中国人民大学郷建センターの農村発展人材計画の学生として一年間活動に参加、郷建センター農民合作組織の推進活動に3年間従事、香港施永青基金有限公司の資助開展合作社で調査・研究に一年間従事。2012年9月、以前より調査研究の活動拠点としていた順平郷村に戻り、帰元(クィユエン)農村及び周辺の合作社に協力しながら活動を展開。2013年に郷村土(シャンツントゥ)倉庫を創設した。

 郷村土倉庫は“三農”(農民・農村・農業)に注目し、Uターンを希望する若者が地元を良くするために農民組織を援助協力し設立することを望んでいる。一方で、帰元農村と関連の合作社による健康製品の生産に実際に携わり、他方では郷村の農業従事者及び農業生産物の発掘を行っている。この郷村土倉庫という拠点で対外的に展示販売を行い、消費者と連動している。売り上げ収入の1%は児童向け基金に充てており、これは23名の郷村建設の若者で組織された青年合作社が管理し、余った資金は若者の基本生活費として支給している。

 多くのオーガニック関連の活動の中、編者は王氏の人柄を垣間見ることができた。彼は学ぶことだけではなく、シェアすることも好んでいる。有機会のホームページではコラムを開設し、更新の頻度も高い。煩雑な実務に慌しい一面、倉庫の推進も担当し、多忙のスケジュールに追われている。そのような状況でも王氏は新年の際には4000字近くの挨拶文をシェアし、その中で、「2014年は休む間もないが、更に過酷な2015年の幕が上がろうとしている」という言葉に触れている。しかし彼は依然として“頑迷で悟らず”の態度を通し、2015年に向かって突き進んでいるのだ。

跨欄児(グアランアール)農園主:張猛さん

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入選理由:北京近郊で最年少のスマートな農場主

 跨欄児(グアランアール、“ハードル越え”の意)農園の主である、92年生まれの張猛は北京近郊で最年少の農場主であり、大学在学中に実家の手伝いでオーガニック農場を始めた。荘園の面積は大きくないが、栽培と動物飼育の結合や生産過程の透明性の高い公開など、北京のオーガニック愛好家の間では口コミで好評を得ている。彼は両親や妻と一緒に紮郷(ジャーシャン)村に滞在し、誠心誠意を込めてこの事業のために努力を尽くしている。

 跨欄児農園の前身は、張家界にある真味農園の北京における野菜の生産拠点地で、平谷区の馬坊鎮に位置する、わずか10ムー(0.66ヘクタール)の土地で、2012年に創業した。真味農園の創業者・王健は張猛の叔父である。張と両親は2012年から真味農園北京拠点地の農業生産の活動を始めた。2013年からは拠点地を“跨欄児農園”に改名し、王健の真味農園は張家界の生産拠点に集中することとなった。2014年には平谷区馬坊鎮付近で建設工事が行われたため、汚染の可能性があるとして、荘園は現在の新しい場所である順義区北務鎮道口村に引越し、面積が30ムー(約2ヘクタール)と、元々のものよりも拡大された。

 この90后(1990年代生まれの若者)の農場主は、同年代の若者には数少ない、未来に向けて選択した揺るぎない決意が見える。張猛は幼い頃から祖父の農場で育ち、その頃の土地に慣れ親しんだ生活が、大人になってから事業の選択に一粒の種を蒔いたのかもしれない。祖父は自ら農地に出向くことはなくなったが、現在は時々張猛のために意見し画策している。張猛の両親は苦労を厭わず農場の生産作業の管理を行っている。

 若い新人農家が先輩達の協力を得るということは間違いなく非常に難しいことである。家族一同毎日共にいることで幾つかの衝突は避けられないが、私達がはっきりと感じ取れるのは、家族共通の目的と信念、互いに励まし支えることが、跨欄児荘園の進む道において必要不可欠なエネルギーであるということである。

「拙朴坊」創始者郭涛さん

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入選理由: 北京随一の「筋金入り」二代目養蜂家

郭涛さんを知る人は、彼の「筋金入り」ぶりをよく承知している。市場に屈することなく、利益のために妥協することもない。ボーメ度(訳注: 液体の比重の単位)が42.5度に満たないハチミツは、お客さんに申し訳ないから、と絶対に売りに出さない。「拙朴坊」では、ニンジンボク(訳注: 紫色の花を咲かせるシソ科の植物)から採れるハチミツのみを生産している。北京周辺の山地に生える主な蜜源植物がニンジンボクだからだ。郭さんは 、価格交渉しようとする人には「ノー!」、農場を見学したいと言う人には「200元頂きます」と答える(身体の悪い父親の作業の妨げにならないようにだ)。彼に値下げを頼むなど無理に等しい。彼は、拙朴坊のハチミツを買わない人がいることを内心喜んでいるぐらいなのだ。

拙朴坊は、北京の房山区仏子庄郷の黒竜関村にある家族経営の養蜂場だ。大石河流域の山地にあり、国道108号に隣接している。北京からは西三環路経由で約45キロメートルの距離にあり、美しい風景に囲まれ、周辺15キロメートル以内には工業汚染源が全く無い。拙朴坊は、「無添加、非加熱、非濃縮」の三原則のもと、天然成熟させたニンジンボクのハチミツを生産している。

養蜂場は父と子の二人で経営している。養蜂場内部の運営を担当しているのは父親の郭佃春さん(71歳)で、養蜂業に携わって50年余りにもなる。1998年には北京市から「優秀養蜂家」として認定され、北京地区で最も優れた養蜂技術を有する養蜂家の一人だ。現在60群余りのミツバチを養殖している。渉外担当は息子の郭涛さん(33歳)で、北京市房山区の出身だ。現在は自由業だが、1980年代に生まれた農家出身者の多くと同様に、十代で家を離れて都市部の学校に就学し、その後就職した。10年余りの間、様々な国営企業や民営企業で工業設備の営業職を務め、いくつかの異なる職業も経験した。だが若い時に家を出た郭涛さんは、農家出身者として次第に不安を感じるようになってきた。若者の多くが自分のように都会に出て行ってしまったら、父親の世代が培ってきた技術は廃れてしまうのだろうか。郭涛さんは不安な気持ちを行動に移し、父の養蜂業を受け継ぎ、更に発展させようと決意した。まずは自身の家業で品質管理を確実に行い、協同組合をつくって市場を開拓し、信頼に値する製品を信頼に値する消費者に届けることがねらいだ。現在郭涛さんは販売を担当しており、今年中に養蜂業者の協同組合を設立する計画だ。養蜂業者が互いに助け合い、生産工程を標準化し、より高い品質のハチミツを消費者に提供できるようにしたいと考えている。

「布知道工房」創始者謝可曼さん

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(真ん中が謝可曼さん)

入選理由: オーガニックコットンで足元の土壌と女性の健康を守る

可曼さんは2014年に吉林農業科技学院を卒業したばかりだ。在学中にすでに数多くの有機農業、公益事業関連の実践活動に参加してきた。「半農半X」(訳注: 京都在住の塩見直紀さんが提唱した、半自給的な農業とやりたい仕事を両立させる生き方)やUターン起業に強く引かれた可曼さんと友人の麦芽糖さん(ニックネーム)は、使い捨ての生理用ナプキンが女性の健康と環境に与える悪影響について知り、そこから水洗いできるオーガニックコットンのナプキンを自ら研究開発するというアイディアが生まれた。彼女らのチームの願いは、環境保全の理念を持つ女性のために、安全で繰り返し使えるナプキンをつくることだ。オーガニックコットン製の布を使用することで、綿花を有機栽培しようとしている農家に販路を提供し、障害者に尊厳ある仕事に従事できる機会を提供できる。

可曼さんは大学で食品加工技術を学び、麦芽糖さんは電子商取引の専攻だった。二人の専門分野は、オーガニックコットンの生理用ナプキンとはほとんど関連性がなかったが、原料探しから製品設計、テスト・マーケティング等の過程を全て自分たちで模索した。同年齢の若者の多くが都会での生活に必死にあがいている時、彼女たちは、故郷に戻り「半農半X」の生活を送ることを毅然と決心し、皆をあっと驚かせる新しいものを創り出したのだ。彼女たちが創ったオーガニックコットン生理用ナプキンは、多くの女性から好評を得ている。今後はオーガニックコットンのオムツ等の新製品を開発し、身近なところからエコで健康的なライフスタイルを推進していくつもりだ。

「雲想北京」創始者佳琳さん

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入選理由: 新しいエコライフの理念を中国に広める

俞佳琳さんは、留学を終えて帰国した後、プラス志向のエコライフや中国と外国の文化交流を推進する「雲想北京」を創設した。様々な活動を長期的に実施しており、大きくわけて「雲想の旅」、「雲想対談」、「雲想セミナー」、「エコライフ・フェスタ」の4種類がある。「雲想の旅」は、自然に親しみ心を癒すエコツーリズムを中心とした活動だ。「雲想対談」では、一連の小規模な談話会を通じ、優れた企業家に自らのエコ商品開発と起業の経験について語ってもらう。「雲想セミナー」では、これまでに「断捨離」整理術、ベジタリアン料理、DIYオーガニック・スキンケア、お茶を楽しむ、アロマセラピー、ヨガ、親子教育等の様々なテーマでセミナーを行ってきた。毎月異なるテーマでセミナーを開催しており、健康的なライフスタイルに関心のある人なら誰でも自分が興味を持てるテーマを見つけることができる。「エコライフ・フェスタ」は、2014年5月からスタートし、これまでに4回開催している。フェスタは、環境保全、オーガニック商品、ベジタリアン商品、公益団体や教育団体が展示や交流を行う場だ。俞さんは以前に外国で類似のイベントに参加したことがあり、また、以前からベジタリアンとして環境保全型の生活理念に関心を持っていた。帰国後、これまで自分が接してきた優れた活動や理念をより多くの人に広め、ベジタリアン、エコ、オーガニックなどの小規模な業界により良い展示の場を提供したいと考え、北京や上海などの大都市から活動を始めた。

有機農産物や菜食主義などをテーマとしたマーケットは全国各地で増え続けているが、雲想北京のエコライフ・フェスタはその中でも「エコライフ」理念を核心とした数少ないイベントの一つだ。ビーガン(純粋菜食主義)の原則のもと、オーガニック商品と従来型商品の業者の両方を招致し、様々な好みや消費能力の消費者を同時に考慮することで、より多くの人をマーケットに引き寄せた。2014年に開催された第4回エコライフ・フェスタは好評を博し、俞さんと彼女のパートナー達は、今後も継続的にこのようなイベントを開催する予定だ。これまでより頻度を増やし、より多くの分野の団体や業者に参加してもらうつもりだ。最も重要なことは、フェスタは単なるマーケットや商品の販路を開拓する場ではなく、文化を広める場でもあるということだ。雲想北京は、活動規模が大きくなるにつれ、新しいエコライフの理念がより多くの人に伝えられることを願っている。

杭州朴門基地の発起人:小朱さん

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入選理由:朴門永続設計(パーマカルチャー)を通じて人類や地球のことを考えている

小朱、英語名Liaは、「杭州朴門基地」の発起人。彼女は朴門上級設計証書である、朴門教師資格証を保有している。かつてタイで自然建築の泥煉瓦家屋について学び、建築したことがある。また、アメリカで土の家と稲ワラの家について学び、建築に従事した。専門は生態(エコロジカル)建築と自然建築。現在、杭州朴門自然建築や森林菜園の設計・管理、杭州朴門の人員配置や研究、通訳・翻訳などの資源割り当てや広報活動の維持を任されている。

杭州朴門基地は小さな農場であり、小朱の生活の場でもある。さらに言うと、彼女とその仲間達がパーマカルチャーを実践する「実験基地」でもある。彼らはこの基地で、自然に生長する様々な果樹や灌木、つるまき類の作物のある「食物森林」を造りたいと考えている。小朱とトーマスは常に各地の農場や環境保護団体を訪ねてはパーマカルチャーの教育カリキュラムを披露し、大いに歓迎されている。

このほど、朴門は朴門百科サイト pumenbaike.com を新たに開設した。このサイトではパーマカルチャーの内容について討論し、問題提起し、自身の経験や成果を共有できる。ボランティア募集もでき、現地のコミュニティを構築するプラットフォームとなっている。

愛生態ネット創始者:鄭倫さん

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受賞理由:生態農業(エコロジカル農業)の発展を若者の感覚で観察・記録した

鄭倫は、复旦大学物理学科卒、フランスのグルノーブル経営学校修士。愛生態ネットの創始者兼CEOであり、簡食大愛の製品責任者である。生態農業や有機食品業、株式投資、企業管理コンサルタント業での長年の業務経験を持つ。

愛生態ネットは上海にある企業で、エコロジカル農業や有機食品、農産物の電子商取引(EC)のメディア拠点だ。他にも、エコロジカル農場計画や建設コンサルティングサービスの提供や、エコロジカル農業の企業向けの融資、農産物販売のためのECコンサルティングや代行販売サービスなどを展開している。愛生態ネットは単に小売商相手に直接商品を提供するベンダーから仕入れて消費者に販売しているのではなく、農業計画や生産物設計、企業管理などの面で、先進的な農業基地と多岐に渡って協力して事業を行っている。また消費者に対しては、単一の農産物をただ提供しているのではなく、農業や健康に関する知識や様々な食品の安全を解決する方法を提供している。他にも、エコツーリズムや自然教育を実施したり、農業の微投資(訳注:新興市場に対して比較的少額の投資を行うエンジェル投資)に参入したりしている。

ネットワークメディアとエコロジカル農産物の電子商取引(EC)の他にも、鄭倫にはもう一つ特別な計画がある。それは、社区(コミュニティ)型のエコロジカル農場を建設することだ。目下、鄭倫は衆筹社区農場の全体調整作業を請け負っている。

日中市民社会ネットワーク事務局長:朱惠雯さん

20150327-9

入選理由:日中の自然公益分野での交流や協働を促進した

朱惠雯は2001年に日本に留学し、その後長きに渡って環境保護やソーシャルイノベーションに関わる仕事に従事し、2010年に李妍焱と一緒に日中市民社会ネットワークを創立した。現在、東京在住で、日本の公益組織「日中市民社会ネットワーク」の事務局長。

日中市民社会ネットワーク(CSネット)は、2010年7月に東京で設立された、民間の公益組織である。中国と日本のNGOや社会的企業、ソーシャル・イノベーター、公共事業における知識人といった革新者をつなぎ合わせ、日中双方のソーシャルイノベーションを促進している。同組織のミッションは「日中が協力してイノベーションを行うのを促す」ことだ。環境問題、高齢者問題、災害支援などの方面で、日中は共通した社会的課題を抱えており、日中市民社会ネットワークは長きに渡って日中双方のNGOとソーシャルイノベーターの交流や学習、および協働を促進してきた。

ここ数年、日中市民社会ネットワークは中国大陸で「東アジア地球市民村」や自然学校指導者訓練、日本の自然学校の体験ツアーなどの、多種多様な活動を展開している。

四川閑雲農場主:唐文苹さん

20150327-10

入選理由:Uターンした女子大生による「半農半X」生活

天性の明るさを持つ唐文苹は、設計もでき、手仕事もできる上、料理上手で、生活はまさに自分が思い描く方向に進んでいる。2008年、内江師範学院の芸術設計専攻を卒業した彼女は広州へ行き、とある企業で照明設計に従事した。月日の経つうちに、単調な繰り返し作業に飽き飽きした彼女は、自分が「人形」と同じだと思うようになる。自分にとって興味のない事を一日中しているからだ。幼い頃から農村で育った彼女は農業に対して特別に興味を抱いており、様々なルートを通じて中国国内各地の農園責任者や同じように農業を愛する友人を結びつけた。自由で快適な農村生活こそが彼女の憧れである。彼女の視点では、農村はとても大きな包容力を持っており、自分が興味の持てることをできる場所でもある。

唐文苹は、成都の仕事を辞めたことは父親に隠した上で、正式に安岳の実家に戻って養鶏場を始めた。Uターンした青年は皆ボトルネック期を経験するが、彼女が起業の「均衡点」を方々で探していた頃、叔父の家がある安徽省池州市で行われている湘蓮(訳注:湖南省特産のハス)栽培が大いにやり甲斐のあることを知る。家族みんなで考えた結果、彼女は蓮子栽培農園を作り水産養殖にも着手することを決意する。2014年3月、60万元を元手に、唐文苹と親友2名が協力して300余ムー(20ヘクタール強)の湘蓮栽培農園を始めた。

湘蓮栽培の初年にも関わらず、蓮子の収穫量はなかなかのものだった。蓮子販売業者と交わした注文販売契約だけでなく、特別な農産物取引プラットフォームにも大いに助けられた。固定収入を得るようになって、彼女の「半農半X」生活は精彩を放つようになる。レンコンやブルーベリー、木イチゴ、キウイなどの農作物を栽培する一方、月餅やハスの脂肪燃焼茶、布人形、ピータンの手作り製品も作った。すべての材料の由来を保証するだけでなく、自身の手工芸好きも満足させた。現在、都市に住む多くの子ども達は自然との交流ができないので、唐文苹は自分の農場が教育機能も付帯できるようになったらと考えている。さらに、農場を青少年向け創業エコトープ(訳注:周囲から別個のものとして認識できるようなまとまりを持つ、生物的・非生物的両方の側面を考慮して区分される空間単位)にするべく、一歩ずつ計画を進めている。

執筆者 張茜
執筆者所属 有機会
翻訳と校正 翻訳:白石美津子、川口晶子、棚田由紀子 校正:棚田由紀子
メディア

http://www.yogeev.com/article/55276.html

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