2015/02/11 by jixin

【RQ文章】歌津の仙人、さえずりの谷にあらわれる―その2

OBOGインタビュー 蜘瀧仙人さん

 

家族も参加した、夏の子どもキャンプ

 

歌津での活動については、大事なことだから、と応援はしてくれていますね。自宅で研究をしていた時期は、主夫として家事を一手に引き受けていました。連れ合いは児童館の館長をしていて、今でもしょっちゅう週末にデイキャンプを行なっているし、子どもの頃は山村に住んでいた人なので、野遊びも得意。歌津のキャンプに来た時もすごく生き生きしていたし、子どもたちがついていけない高い木に登って喜んでいましたよ。

 

郵便局や銀行、商店の復旧が遅れて、歌津では、まだまだ不便な状況が続いています。僕も必要物資をネット注文した払い込みが滞らないように代わりに入金してもらうとか、谷の整備に必要な荷物を東京で買って送ってもらうとか、そういう点でも家族に頼っています。

 

仮設商店もいくつか開店しましたけど、どこで自分の仕事を再開すればいいか、悩んでいる人も少なくありません。お店を再開したくても、新たに町をつくる場所が決まらないうちは、店を開く場所を決められないとか……。高台移転が決まらないことで、歌津を離れていく人もいたり、その辺りは難しいわけです。

 

今後、さえずりの谷が子どもたちの遊び場としてより広がっていくために、すでに冬支度は始まっており、田んぼの復田についても地主さんと協議中とのこと。子どもたちの親だけでなく、地域の人にビジョンを共有してもらうためにも、冬場もさえずりの谷に暮らすことで、活動の核がここにあることを見せたい。スパイダーさんはそう考えている。

 

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さえずりの谷に仙人が住み続ける意味

 

本当に、歌津は何もない場所で支援活動を始めているので、RQは水も食料も、人材もほとんど外から来るものに頼っていました。さえずりの谷もRQという団体があって始まったものです。11月末でRQがいったんクローズするのに合わせて、冬場は(谷を)離れてもいいんじゃないか、という意見もあるけれど、僕としては、やはりあの谷に人が住んでいることにこそ迫力というか、ヤマ学校としての活動の核があると思っています。

 

新しいRQがどうなっていくかは、実際、動き始めてみないことにはわからない部分も多いでしょうけれど、僕自身はさえずりの谷の住人をしながら、三嶋神社のお祭り復興の歩みにもかかわっていくつもりです。

 

復興住宅ができるまで、祭りどころじゃないというのが大人たちの公式見解ですが、復興が遅れれば、お祭りのひとつの主役である子どもは子ども太鼓の晴れ舞台に参加するチャンスを逃してしまうわけで。子どもは待てない。今しか子どもじゃないからです。だからお祭りごっこをこの夏さえずりの谷でやりました。山と海、大人と子どもが一体になって行われるお祭りは文化的にも素晴らしいものだし、祭りを通じて町がひとつになるところを見たいと思っています。

 

3月の震災直後に被災地にかけつけたのは、雪のなかでも野外キャンプができるような、アウトドアのスキルを持った人たちだった。だが、それは緊急支援時の話で、10月に石泉活性化センターに移転するまで、長くテント生活が続いた歌津に参加したボランティアたちは、決してアウトドアに長けた人ばかりではなくなっていた。それでも見よう見まねで前任者を引き継いでいったそのことがRQのすごいところだと、スパイダーさんはいう。

 

ロードキルのたぬきをさばく

 

もちろん、震災直後のあの時期に支援に入った人たちはすごいと思うけど、後から来た人たちは歌津でボランティア活動をするなかで、アウトドア生活を担っていったんです。僕自身、子ども頃にキャンプ参加経験はあったとはいえ、(キャンプを)上手くやる方法など知らなかったし、そういう教育を受けたこともありません。子どもとどう接するかも、どんなプログラムを組むかも、すべてぶっつけ本番。本当にその場その場の体験を通じて学んでいくこと、それそのものも「ヤマ学校」であって、自分がやりたかったことなんです。

 

こないだセンター前で死んでいたロードキルのたぬきを、生まれて初めてさばきました。小学校のときの僕らガキんちょのバイブルだった『冒険手帳』という本に載っていた、ウサギをさばく絵を思い出しながら、足を吊って、腹を裂いて内臓を出して、皮と肉に切り分けて。肉は燻製にして、皮は塩漬けにして油を取り、冬場の毛皮にしようと挑戦しました。明け方までナイフで格闘しましたけど、もしここでさばかなければ、人間が車で轢いたたぬきはゴミとなって朽ちていくわけで、人が殺した命をありがたく頂くのは自分たちの責任じゃないかと。東京ではこんなことしようとは思わないけど、そういう感覚が迫ってくるのは、野性に近いというここの「場の力」が働いているからでしょう。

 

歌津でも、今はこういうことはやらなくなっているけれど、その技術や知恵を持っている人はいるのでいろいろ教えてもらえるし、それがこの町に継承されている力なんだと思います。

 

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歌津には、海の人も山の人もいる。彼らと一緒にいると、日々、気づきがあると同時に、自分で学ぶことも多いというスパイダーさんは、また「人間、いざ緊急事態に直面すれば、なんとかなるものだと、震災を経験した方々はみなさん口にしていました」とも話す。

自然を活かして暮らす力を継承すること。それは、東北の復興を支える力にも通じているはず。「てんぐのヤマ学校」に興味を持った人、応援したい人、歌津の蜘瀧仙人に会いに行ってみてはどうですか?

 

取材・文:つかきょん

 

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翻訳と校正
メディア RQ市民災害救援センターより転載:http://www.rq-center.net/aboutvol/experience/obog_spyder

 

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