2014/12/27 by jixin

【RQ文章】歌津の仙人、さえずりの谷にあらわれる―その1

OBOGインタビュー 蜘瀧仙人さん

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作務衣の上下にエアソール足袋、頭と首にはもちろん手ぬぐい。板につきすぎているその姿は、さながら忍者か修験者か。そのオーラが“ただならぬ人”であることを伝えている、“歌津のスパイダー”こと、蜘瀧仙人(くもたきのりと)さん。

電気・ガスだけでなく、上下水道もない。RQの各ボランティアセンターのなかで、もっともハードルが高いといわれた歌津に6月下旬に入って以来、里山の自然が放つ“場の力”に惹かれ、活動を続けてきたスパイダーさんが力を注いできたのが、夏の子どもキャンプから発展した、遊びと学びの場づくり=さえずりの谷の「てんぐのヤマ学校」だ。

去る10月12日には住民登録上も歌津の住人となり、11月末を以てRQの活動がいったん終了した後も、さえずりの谷で越冬する覚悟を決めている――そんな蜘蛛を研究するナチュラリストにして100キロマラソンを走るウルトラランナーが語る、歌津センターの“これまで”と“これから”。

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「ここを島だと思ってください」という一言に共感

 

もともとはキリスト教系団体で、都市と農村をつなぐためにアジアの開発教育や町おこしのコーディネートをしていました。だけど、自分はカチッとした組織のなかで他人と一緒に仕事をするのはあまり得意じゃないと気づいて、蜘蛛の研究者になったんです。でも、震災が起きて、やはり人のためにできることをやろうと思ったのが、ボランティアに来たきっかけですね。僕は車の免許を持っていないので、個人で被災地に入るのは難しいと思って、ネットなどで活動団体を調べていたんですけど、そのなかで個人のイニシアティブが活かされそうで、自分の性に合っているんじゃないかなあと感じたのがRQでした。

 

歌津に来たとき、当時ひとりで総務を切り盛りしていたリーダーの十姫さんが「ここを島だと思ってください」と言ったんですけど、その一言にピンと来たんです。父親がYMCAのキャンプリーダーをやっていた関係で、小学校2年生のときから毎年、無人島キャンプに10日間放り込まれるとか、僕は小さい頃にアウトドアのスパルタ教育を受けていたんです。だからライフラインが途切れた場所を島にたとえ、「町を片付けに来たボランティアはここに何も捨てない、すべて自分たちで処理する」という彼女や現場リーダー清水さんの気構えやエコビレッジ構想を聞いて、これは面白い場所だなあと。

 

もちろん現実には、自分たちの生活に手間をかける=スローライフの実践と、限られた滞在時間内での被災地支援を両立するのはかなり難しいことです。被災地支援は毎日の仕事を効率よくこなさなければいけないので、スローじゃできないし、ボランティアに参加する人も代わっていくなかで、どこでどう折り合いをつけるか。長期ボランティアたちは、いろいろ話し合っていました。

 

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「アウトドアと日常の境をなくすこと。モノがなければないなりの工夫をする知恵を絞ること。都市と農村をつなぐこと」。RQで活動を始めるにあたって、この3つのことを実践したいと心がけたというスパイダーさん。震災以前から感じてはいたものの、原発事故を機に、都会で電気に頼り過ぎている生活を改善しようと、徹底した節電を実施。やってみて実感したのは、生活を少し変えれば、それほどたくさんの電気は必要ではないということだった。また、電子レンジや冷蔵庫・冷房に頼りすぎない、ご飯はガスを使い鍋で炊くなど、電気を使わずに、工夫しながら料理を楽しむことは、キャンプ料理に通じているとも話す。

 

自然のなかで、遊びを通じて学ぶ“生きる知恵”を子どもたちに伝えたい

 

家で子どもたちにも見せようと思って、アウトドアに近い生活を始めたら、電気代が半分くらいになったんです。無人島でのキャンプだけじゃなく、小学生の頃は休みのたびに家に友達を呼んでバーベキューや飯ごう炊さんをやっていたせいか、もともと自分なりに工夫することは好きだったし、実際、被災地の住民は何もないなかでもなんとかしないといけない、という状況を生きてきたわけですよ。

 

僕は新興住宅地で育ちましたけど、まだ周囲には自然が残っていて、藪に秘密基地をつくり、自分たちで見つけたものを利用して遊んでいました。でも、歌津の伊里前小学校の教頭先生も同じことを言っていましたけど、僕らは自分たちがやってきたこと、つまり自然のなかで、遊びを通じて学ぶということを次の世代に伝えてこなかったんです。

 

子どもたちに自然を紹介することはすごく大事なことだと信じているので、東京でも、自分の子どもが通っている学校で、蜘蛛の話をさせてもらったりはしていました。子どもキャンプも、そこから発展するかたちで「ヤマ学校」を始めたのも、次世代への引き継ぎをしてこなかったことへの反省という面もありますね。

 

あと、子どもとつながると、大人ともつながることができるんです。子どもたちが家に帰って、“こういう面白い仙人さんがいるんだよ”と親に話してくれるのは最高の紹介で、子どもを通じて地元の人ともぐっと近づくことができた、というところはあります。

 

津波で遊び場を失った子どもたちに、思い切り遊んでもらおう。自然のなかにあるものを利用して、遊ぶ力を取り戻してもらおう。そんな気持ちで取り組んだ、夏の子どもキャンプをきっかけに始まった「ヤマ学校」。本来この地域で「ヤマ学校する」とは、学校をサボって通学路や野山や海で遊ぶ子どもたちの冒険のこと。畑の大根を抜き、貝や魚を採り、樹に登った体験を誰しもがなつかしく語る。自然のなかでの遊びと学びの体験を通じて、子どもたちが生きる知恵を養うという伝統があり、それが津波被災直後の生活力を支えもしたという。「てんぐのヤマ学校」は、里山の伝統的な知恵を学ぶことができるアウトドアの活動拠点づくりと同時に、大人と子どものコミュニティ・スペースづくりも目指している。

本職は蜘蛛の研究者であるスパイダーさんが、ここまで腰を据えてやろうと思った理由。それは、ここに里山の自然という大きな魅力があったからだった。

 

生き物のつながりが見える場所にこそ生まれる、信仰と物語

 

海と山が迫った地形である歌津では、歌津センターの周辺にもテントのなかにも、都会では見られない蜘蛛が何種類もいたんです。蜘蛛は自然をみる「指標」になる生き物で、蜘蛛がたくさんいる場所は自然そのものが面白いという関係があるので、これは蜘蛛屋だけでなく、自然が好きな人にも面白い場所だろうと。この谷なら、少し手を入れて整備をすれば、いろいろな生き物が見ることができるだろうと、直感で思って。それで夏にキャンプをやってみたら、いろいろなストーリーが生まれて・・。

 

実際、さえずりの谷では、夜は動物の鳴き声が、朝になれば鳥のさえずりが聞こえてくるし、セミもホタルも蛇も何種類もいます。やっぱり生き物との出逢いは、子どもにとってすごくワクワクすることなんですよ。今、ライフラインということばは、都会生活に欠かせないインフラ(電気・ガス・水道)という意味合いでばかり使われるけど、里山には里山の、命をつなぐライフラインがあるんです。生き物は食べたり、食べられたりしながらお互いつながっているし、そのつながりが見える場所、もののけの気配さえ漂う場所に、物語や自然を畏敬する信仰は生まれるんです。

 

小学校低学年の子どもたちは、最初は怖がっているけれど、プログラムのハイライトとして「蜘蛛仙人」や「天狗」が登場すると、すごく喜びます。こっちも、「今日は(なにかが)出るぞ」という雰囲気を昼からどんどんつくってね。

 

やっぱり子どもたちとのやりとりのなかで、ちょっと神がかるというか、こっちにも何かが降りてきて、本当に天狗サマの弟子入りした気になれる(笑)。子どもが本気で信じてくれるから、こっちも本気で演じられるわけで、受け手があってこその“ごっこ”遊びなんです。

 

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ところでインタビューの冒頭、“子どもたちに・・”という発言もあったように、蜘瀧仙人にも、ご家族はいらっしゃる。住民票も移して、歌津の住人になったスパイダーさんに、家族の反応は? と尋ねると、“それは彼らに聞いてみないとわからないことだけど・・”といいつつ、こんな答えが返ってきた。

 

執筆者
執筆者所属
翻訳と校正
メディア RQ市民災害救援センターより転載:

http://www.rq-center.net/aboutvol/experience/obog_spyder

 

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