2014/08/14 by Tanada

汶川地震 ~5年後の今~ (その4)桃坪村

第四回:桃坪村

被害の現状:古くからあるチャン族の村のほとんどは残ったが、百年の歴史を持つ3つの要塞風楼閣の塔部分が倒壊、大部分の民家はメンテナンスか補強が必要。

復興計画:昔ながらのチャン族の村の雰囲気を残して復元

復興支援都市:湖南省が出資し、北京の某会社が落札して請け負っている

20140814-8桃坪村

20140814-10桃坪村の地下水路

20140814-11桃坪の古い町並み

20140814-12桃坪チャン族大戦記念碑

ブン川の県都から出発して、西側の理県の方向へ30分ほど車で行くと、2000年の歴史のあるチャン族の桃坪村に着く。2012年の夏に、由黄渤が主演した映画「殺生」のロケ地だ。

ブン川から理県へ向かうバスは10元だった。桃坪まで行きたいと言うと、親切な運転手がアドバイスしてくれた。「桃坪村は、新区と旧区に分かれてるけど、新区に入るには80元の入場料がいる。旧区で降ろすから、坂道を登っていけば、80元トクするよ。」しかし車を降りて20メートルも行かないうちに、バイクが後ろから追ってきて、「入場料を払ったか?」「ここから入れば、チケットを買わなくていいんじゃないんですか?」「ここの係の者だが、外から村に入るには、チケットを買う決まりなんだ。」「チケット売り場は見えませんでしたよ。」「ほら!」と彼は坂の下の道路脇にある、駐車場のような場所を指差した。「一人なら、本当は40元だが、おまけして、20元でいい。」私は仕方なく払った。あまり気持ちのいい経験ではなかったが、これも中国式の観光開発の典型的なやり方だ。資本を投入したら、不動産のように周りを囲って、安くはない入場料を取る。一目見たければ、お金を払うしかない。

あまり慣れない文化の風景を目の当たりにすると、心がワクワクするものだ。桃坪村に足を踏み入れると、そのような感じがした。三国時代に諸葛孔明が敷いた「碁盤の目」、八卦の陣形は、もとは漢族の村だけのものではない。桃坪村も、まさに高度な軍事戦略配置の意味を持った古い村なのだ。古い城郭は、陳家の楼閣を中心に八卦の形に広がり、8か所の村の入り口は四方に通じており、31本の通路は家々に続いている。民家を縫うように流れる水路は、村の地下水路で、最も広い場所では船に乗ることもでき、有事の時には地下水路から逃げられるようになっている。

これらの、落書きひとつなく美しい、全て人の手で石や木を積んで作られた建物は、単独の家屋は一つもない。1933年と1976年の2度の地震後も、依然として美しく千年の歴史を保ってきた。しかし今回の四川大地震では、あちこちにひどい傷を負った。幸い、村のほとんどはその形を保ち、メンテナンスと補強だけで済んだ。補修はもとの景観を保った形で行われ、建材は以前の古い建物のがれきを利用したし、そのような技術を持った大工も少なくなったので、復興の速度は他の地よりも遅かった。多くの村人は、3年間のテント暮らしのあとにやっと引っ越してきたのだ。民族性の違いなのかもしれないが、ここのチャン族の人々は、映秀(漢族が多い)のような焦りの気持ちはあまりないようだ。多くの老人は自分の家の前に座って日なたぼっこをしているし、観光客にカメラを向けられても腹を立てたりしない。若い女性は村の、煮炊きや洗濯、また避難さえできる水路で洗濯をしている。生活は以前とあまり変わらないのに、地震後は却って観光客が増えた。

村の広場で2時間ほど過ごしていたら、少なくとも5つのツアー団体がやってきた。若いガイドたちは、旗を振りながら、時計回りに道を進んで村内を案内し、客に同じような話を聞かせる。それは、チャン族と戈基人の戦争の話、チャン族がなぜ白い石を崇拝するのか、大小の路地、魔除けの石碑「泰山石敢当」の由来、神秘的な水路、楼閣の物語などなど。今年はガイドの話に、映画「殺生」に出て来た実際の風景というネタが加わった。ここの3つの百年の歴史ある楼閣は多くの有名人を迎えてきた。どれくらい来たのかは、その所有者でさえも数えきれないほどだ。この日、陳家の楼閣は、中国の開国十大元帥の一人、徐向前の息子という賓客を迎えていた。そのあとについていった私たち見学客は、そのおかげで入場料も払わなくて済んだ。

 20140814-13桃坪村の千年の歴史ある楼閣

旧区の東500メートルは新区である。風格のある入口、中には百余りの、斬新で西洋風の2階建てのチャン族式石造住居が建っている。しかし大半は、人が住んでいない。なぜ新区に住まないのかと聞くと、「新区は安全じゃない。」広場で日向ぼっこしていた老女たちは口々にそう言った。「今の人は、早く家を建てようと、材料をケチって手抜き工事をする。新区の家は石が崩れたのもあるよ。やっぱり旧区の家がいい。」老人たちの話は、4年前に四川日報の記者が書いた記事を実証している。「鉄筋コンクリートで立てられた新区は却って不運で、50余りの家は全て危険家屋になってしまった。損失は100万元余りに上る」。

20140814-14悠々自適な桃坪村の老人

執筆者 譚斯穎
執筆者所属
翻訳と校正 翻訳:三津間由佳 校正:市橋美穂
メディア

http://www.cdb.org.cn/newsview.php?id=7438

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