2014/05/23 by Tanada

三江源の研修生:荒野で過ごした青春【後編】

前編は、こちらから → http://csnet.asia/archives/15800

中国語版は、こちらから → http://csnet.asia/zh-hans/archives/15804

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丹増達吉さん:「郷村の目」を持つ

丹増達吉さんは、甘粛省甘南チベット族自治州の出身で、友人からは丹増と呼ばれている。2012年、青海果洛馬吉県民族職業学院を卒業した後に山水の研修生となり、青海省年保玉則地区に長期滞在している。

チベット族である丹増さんは、自分の民族文化を非常に重視しており、一般社会のチベットに対する固定観念について悩みを抱えていた。「多くのチベット族は、言葉の壁のため心中の真の感情を皆に伝えることができません。外部の人の多くがチベット族に対して持っているイメージは、白い雪山のふもとで美女美男が踊り、盃を交わす、というようなメディアで報道されているチベットの風景です。これらは、外部の人がチベットに行って現地の人々を指導して撮影したものです。その中に私達の発言権や主導権は無く、真のチベット族の姿や、私達が最も大切にしているものは写されてはいません」。

山水に来た丹増さんは、山水に「郷村の目」というプロジェクトがあることを知った。これは、少数民族地域の里村の住民による撮影技術の学習支援や撮影設備の提供を行い、住民が自らの民族の文化、風俗や生態環境の撮影を行えるようにするものだ。このプロジェクトを知った丹増さんはやる気満々になり、自らの「郷村映像草原移動上映計画」に着手した。現地の村民が撮影した映像を現地で上映し、表現する権利を地元に返すというものだ。

「当時、久治県には6つの村落があり、私は牧民が密集している居住区に行って上映会を行いました。最初に訪れたのは広大な牧草地で、50〜60戸が住んでいる地区でした。その日偶然そこで法会があり、多くの人が集まっていました。昼間私達は村に行き、夜ここで上映会を行うので来て下さい、と呼びかけ、その夜に上映会を行いました」初めて自ら実行した移動上映会について話す丹増さんは、とても生き生きとしていた。

上映する映像は、全て現地の村民が自ら撮影したものであるため、内容は現地の人々の共鳴を得やすい。「私達は、『索日家とユキヒョウ』という題の映像を上映しました。これは、ユキヒョウと牧畜民の対立についての映像です。年保地区にはユキヒョウが生息していますが、ユキヒョウが山から下りて来て羊を食べてしまうため、牧畜民とユキヒョウが対立しています。しかしユキヒョウがいることを知らない人もいるため、この映像を通じてこの状況について知らせることができます。この映像では、ユキヒョウを保護する必要があること、そしてどのように保護するべきかを語っています。牧畜民らは、なぜユキヒョウを保護しなければならないのか、と疑問を投げかけ、ユキヒョウがいることさえ知らない人もいました。しかし、彼らにユキヒョウが直面している問題や、ユキヒョウが保護動物であることを話すと、理解を得ることができます。ユキヒョウが貴重であり、それを保護することによって自分たちの地域や地元の生態系を保護できることに気づき、自然保護の心が生まれるのです」。

これから丹増さんは、山水に残って「郷村の目」に係る仕事を続け、現地の住民が自ら撮影した映像が見られるように、移動上映会をずっと続けていきたいと願っている。

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才譲本さん: とにかく第一線で仕事がしたい

才譲本さんは、青海省海南チベット族自治州貴南県のチベット族の村に生まれた。2012年、米国リード大学(Reed College)への留学から帰国した後、海外からの帰国者として他に仕事の選択肢はあったが、それらを選ばず、保護活動に身を投じ、故郷に貢献することを決心した。

「大学4年の時、卒業後は必ず故郷に戻って何かしたいという思いをずっと持っていました。私が専攻していた文化人類学では、実地研究やフィールド調査を提唱しています。しかし大学での4年間、教室内で理論や知識を学び、他人が実施したフィールド調査について読むことが多かったのです。調査を実施した人々の中にも、おそらくポストモダン人類学の自己反省的な潮流の影響を受けた人がいたのでしょう。私も、多くの理論と知識について疑問を抱くようになり、4年生の時には、故郷に帰って仕事をしたいという思いがより強くなり、第一線で地に根ざした仕事をしている組織で働きたいと考えました」その後才さんは、友人の紹介を経て山水の研修生となった。

才さんが自分の研修生人生の初期について語るとき、少しきまりが悪い様子だ。「私はチベット族ですが、出身は青海の安多農業区で、今働いている場所は康巴の牧畜業区です。そのため生活習慣や方言は全く異なり、最初は私が他の同僚のために通訳をしてあげられると思っていましたが、実際に牧畜民の家に行ってみると、自分も彼らの方言が分からず、とてもきまりが悪い思いをしました」。

その後才さんは、持ち前の粘り強さによって様々な困難を突破し、頑張り続けてきた。「現地の人と同じものを食べ、同じところに住むことで、現地の人になりきりました。村民が自分を村の一員として受け入れてくれれば、普通外部の人には言わない話もしてくれるかも知れません。正にこのような学習の背景があったからこそ、今まで続けてこられたのだと思います。通常私は同僚とともに、牧畜民の家を訪問して話を聞いたり、調査を行います。例えば、村民らが現地の生態系についてどんな問題があると感じているか、どのような解決方法があると考えているかを聞き、行動を起こすよう促したりします」。

自らがチベット族であり、さらに人類学の専門知識を持っている才さんは、チベット族の伝統的な文化の中から環境保護の力を見出した。才さんは、神山・聖湖(訳注:チベット高原西部に位置するカイラス山とマナサロワール湖を指す)についての研究を始め、 神山・聖湖にまつわるタブーの文化が、現地の生態系保護においてどのような役割を果たしているかを調べた。「私達の文化体系において、動物は全て山の神様の財産であり、山の神さまが所有していると考えられています。ユキヒョウや、ヒグマ、バーラル(訳注:ヒマヤラ山脈に生息するヤギ亜族の動物で、中国語では岩羊)は、全て国家レベルの保護動物に指定されていますが、これらの動物をちゃんと保護することができれば、この地域の生態系の価値を体現することができ、神山の保護にもなります」。

将来の計画について才さんは、次のように語る。「現在研修生としてのプロジェクトは既に終了していますが、物語は始まったばかりです。私達が行っている保護活動は、今は初期の段階にあり、まだ実施しなければならないことが多く残っています。一週間後、私はまたここに戻り、この地域の人々の考え方を理解し、保護活動を推進し、皆と共にこの仕事を続けていくつもりです」。

謝さん、丹増さん、才さんの3人は、三江源の第二次研修生としての研修生人生を終えた。今、第三次研修生が三江源での新しい旅を始めようとしている。

山水自然保護センターの事務局長で研修生プロジェクトの指導教師である孫姗さんは、次のように語る。「長年の保護活動の実践を通じ、人の育成と成長こそが、仕事をするにおいて最も大事な要素であると感じるようになりました。三江源に対し好奇心を抱き、一年という期間、自分の生命を投じ探索したいと希望する青年を選ぶのは、そのニーズを見たからです。多くの人から研修生プロジェクトの目的について聞かれますが、私達は研修生の参加によって、三江源に変化を起こすことを期待しているわけではありません。私達の目的は、三江源の真の姿を皆に知ってもらうことです。なぜなら、偏見や固定観念が無い深い理解こそ、三江源が最も必要としているものだからです。またこの過程において、若者一人一人が成長することも、私達が非常に重視していることです」。

執筆者
執筆者所属
翻訳と校正 翻訳:川口晶子、校正:市橋美穂
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