2014/05/20 by Tanada

岷県地震の巡回リハビリテーション支援プロジェクトに関する所感(後編)

前編は、こちらから→http://csnet.asia/archives/15724

中国語版は、こちらから→http://csnet.asia/zh-hans/archives/15726

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10月25日、トップレベルのリハビリ専門家による支援活動がついに現実のものとなった。専門家の参加により、岷県中医院リハビリ科も積極的にこの活動に参加するようになった。草の根NGO、トップレベルの専門家そして現地のリハビリ医療機関で組織されたリハビリ支援団体による訪問リハビリ指導とサービスの提供が開始された。これらの提携により重症患者の効果的な紹介活動が保証される。これ以前にも、民和障害人士医療リハビリ保健中心のリハビリ人員は複数回サービスを提供してきたが、専門的レベルに限界があった。それと同時に、草の根NGOの立場として効果的な患者の紹介活動を確保するのが困難だった。

本文の冒頭にも書いたように、民和障害医療リハビリ保健中心の祁永金(ギ・エイキン)主任が郭●占(●は乃の下に小)さん一家に一つ一つ丁寧に岷県中医院リハビリ科の斉医師を紹介した際も、どんな小さな情報でも、紛失して辺鄙な貧困山地区の患者の紹介に不便が生じてしまわないように、斉医師の残した電話番号に間違いがないか、また記述が不鮮明ではないかとのチェックも行った。香港リハビリ会の黄衛平女史、南京のリハビリ専門家である朱毅博士及びプロジェクトスタッフ、岷県中医院リハビリ科の斉医師と全員が郭さんに対して同じように関心を寄せ、同情心を持っており、郭さんがコルセットを外して身体の苦痛を減らし、正常な生活へ早期回復できることを期待している。

「地震で私はこれほどまでに大きく被災しました。親戚は一度面会に来ただけなのに先生方はこんなにたくさん来てくれるなんて。」郭さんは涙を流しながら思いの込もった感謝の言葉を私達に伝えた。私達も、もしかしたらこれが本当に最後の面会になるかもしれないと思った。数多くの被災地を訪れたことがあるが、被災地を離れる際は満足の中にも不安があり、平然の中にも混乱があり、安堵の中にも失意がありと、いつも複雑な心境だ。

公共部門の友人の仲立ちにより、北京在住の甘粛省天水籍の余萍(ヨ・ヘイ)さんと、ご主人の揚文斌(ヨウ・ブンヒン)さん、お子さんの揚●(●はカネヘンに孟)さん、揚軍(ヨウ・グン)さんの協力の下、合わせて57340人民元(約95万円)の寄付があった。更には、私達のセンターを通じて岷県の被災地に300着の綿コートを寄付して下さった。それらのコートを被災地の永星村に配給後、余りが出たため、私達は計画と行程を急遽変更し、郭さん一家にコートを届けると共に彼女のリハビリ効果や生活状況を伺うため現地に向かうこととなった。実際、当時の私達は心中不安だった。彼女に会って配慮や付き添いの機会を増やしたいが、それと同時にもし身体も生活もすべて以前のままだったら、希望も救いもないと感じてしまうのではないかと、会うのが怖かった。しかし実際に再会した時、彼女は私達を驚かせ喜ばせた。頭のコルセットは外れて首サポーターになり、かなり元気な様子だった。私達と再会して郭さん夫婦はとても喜んでいた。11日前に岷県中医院でコルセットを外した際、費用は100人民元(約1637円)程で済んだという。驚きと喜びの中、私達に会いにもう一度避難所のテントまで来てくれたのだった。

時間が迫っていたため、綿のコートを取り出し、郭さんのご主人に着せてあげた。「私は今でもあなた方が心配なので、一緒にこのコートをお渡ししますね。こんなに高い山でこんなに寒い天候ですので。この冬を少しでも暖かく過ごせますように」。

「あなた方は青海の方ですよね。どちらにお住まいですか。今後ぜひお宅に伺います」。夫妻は感激した様子だった。陽の光の下冷たい風が吹きすさび、二人は涙と鼻水を流し続け、話しながらも絶えず手で拭っていた。

長い間、二人は私の手を掴んで離さず、私の手は冷たくなった涙と鼻水まみれになった。

郭●占(●は乃の下に小)さんは7・22地震巡回リハビリ支援プロジェクトの支援を受けた一人であり、私達が参加した震災後の医療リハビリ支援活動の縮図でもある。
「冷たい水に冷たい八宝粥、冷たい梨、冷たい餅子(訳注:トウモロコシやアワなどを練って焼いた餅)。そして冷たい風に絶えず吹かれている。こんな状況で私のような専門家をもてなしているのですね」。朱毅博士は冗談めかしてこう言った。

確かにその通りで、専門家にはより多くの重症患者にリハビリ指導やサービスを提供してもらうため、私達の組んだスケジュールは過密で、温かいランチを用意する余裕もなかった。重症被災患者と向き合い、私達は自分達の出来事のように受け止めている。できる限りのことを尽くし、専門家にもできる限り多くの指導とサービスを提供してもらうことを望んでいる。

「祁さん、私はずっとあなたを苦しめていたようだ。冗談を聞きたかったけれど、あなたはずっとハハハと笑っているばかりだった。本当に楽観的ですよ。被災地でこれほどまでに多くの不幸を目の当たりにしてきて、もし私だったら、絶対に耐えられない」。南京から来たリハビリ専門家の朱毅博士はこう話してくれたことがある。

しかし、もし私達も耐えられなくなってしまうのなら、支援に参加した当初に謳っていた大志はどこかに行ってしまう。草の根は小さいが、粘り強い。草の根を軽く見ることはできても、その力を無視することはできない。

地震で重症を負った障害者は震災後通常の生活に溶け込むのにはかなり複雑なプロセスがある。負傷後は本人の生理的心理的な変化だけではなく、家庭内の人間関係にも変化が生じる。男性の場合は一家の大黒柱ではなくなり、劣等感が生じて気性が荒くなる可能性がある。女性の場合は家庭の負担となることを気に病む可能性がある。障害者となった後の生活に適応するのも難しく、特に女性はより深刻な心身障害に直面する場合もある。

私達が被災地を去る日が来た。被災者の苦しみも少しずつ忘れられていく。パソコンに保存された健康ファイルや写真も、やがて完了済プロジェクトのフォルダ内に収められることだろう。しかし被災者の生活は今後もまだ続いていくのだ。

最後に、中国扶貧基金会と南部公益基金会の皆様、成長の機会を与えて下さったことを感謝致します。また、岷県重症患者巡回リハビリ支援プロジェクトを支援し、参加してくださったすべての専門家の方々と同僚の皆様、共に一部の重症被災患者に付き添い最も困難な日々を過ごして下さったことを感謝致します。そして、甘粛省天水籍の余萍さん一家、温かく過ごせるよう「永星村をすべてカバーする」ことをベースに、より多くの人々に愛とパワーを届けて下さったことを感謝致します。 20140520-3

郭さんをねぎらう香港リハビリ会国際・中国部の高級経理、黄衛平さん

20140520-4

プロジェクト責任者の祁永金さんを名残惜しそうに引き止める郭さん夫妻

  制作者所属先 青海省民・回族土族自治県残障人士医療リハビリ保健センター

執筆者
執筆者所属 青海省民・回族土族自治県残障人士医療リハビリ保健センター
翻訳と校正 翻訳:白石美津子 校正:棚田由紀子
メディア

http://www.ngocn.net/?action-viewnews-itemid-88841

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