2014/04/17 by Tanada

牛糞【後編】

前編は、こちらから http://csnet.asia/archives/15579

中国語の原文は、こちらから http://csnet.asia/zh-hans/archives/15584

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 ある日、私がまた牛糞拾いをしてみたいとつぶやき始めると、ある大きな生徒が、私の様子を見て、私が本当に牛糞拾いに憧れているのだと感じ、彼の母親が翌日牛糞を拾う時に学校へ来て、私に声を掛けてくれること、私用に牛糞拾いの背負いかごを一つ持ってきてくれることを約束してくれた。

その日の朝、私は早起きをして、その生徒の母親がドアをノックしに来るのを準備万端で待っていた。ノックの音が聞こえると、背負いかごを背負って外に出、生徒の母親と一緒に河の方へ向かっていた時、空はかすかに明るいだけで、大地はまだ深い眠りに就いていたが、村の東の山頂上空には星が一つ、非常に明るく煌めいていた。私はすぐにその星は明けの明星だと気がついた。私はこのように近くではっきりと明けの明星を見るのは初めてのような気がした。

 河の真向いの荒れ地に着くと、牛糞拾いを始めた。背負いかごは口が大きく開いた四角いかごで、一本のひもが二か所で留められている。背負う時にはひもの輪の部分を頭からかぶり、それを肩の下まで引っ張ると、身体がわずかに前傾になり、上手く背負える形になる。かごを背負い目的地まであちこち見ながら行くと、牛糞のある場所に着いた。すぐに腰をかがめ牛糞を拾い背中のかごへ放り込む。

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私は牛糞拾いを何度も何度も見たことがある。目の前のこれらの牛糞はみな冬の寒風に晒され半乾きの状態である。私は生徒の母親がくれた片方の手袋を持っていたが、何回か拾っては立ち止まり、こっそりと生徒の母親がどのように拾うかを観察した。 私はいつも力加減がわからず、こちらでは投げた牛糞がかごを通り越えてしまったり、あちらでは落としたりしていたからだ。生徒の母親の手の動きをまねること半日、自分でも同じようにできていると感じた。このように何回か練習して、良くはなったが、投げた牛糞がかごの中に入らないということが時々あり、その時は拾いに行くはめになった。後に遠くの方で牛糞を拾う女性を見たが、拾って後方に投げると、牛糞がかごを通り越し、空中からかごの後ろの地面へ落ちた。すると、彼女は愉快に笑い始めた。かごに上手く入らないというのは誰にでもあることなのだ。

幸いにも、牛糞を入れ損なうのは少なかったので、かごの重さは少しずつ増していった。かごの中に半分入った頃、生徒の母親は、私がかごを降ろすのを手伝うと、かごを傾け、拾った牛糞を空いている場所に降ろし、私は空になったかごを背負い引き続き拾った。また一かご分拾うと、先ほど牛糞を降ろした場所へ戻り、互いに手伝いあって背中のかごを降ろした。すると、生徒の母親が拾った大きな牛糞の塊をかごの周囲に立てるようにぐるりと並べた。こうすると、かごの縁の部分の高さが増すのだ。そして、また、各自の前に降ろした牛糞を縁が高くなったかごの中に寄せ集めて入れると、かごの中がいっぱいになった。

私たちはまた互いに手伝いながらかごを背負った。もちろん、生徒の母親が私を手伝ってくれる方が多いのだが。この時、また問題が起こった。縁を高くしたかごには牛糞が満杯に入っており、かごの縁を水平、なおかつ上向きに保たなければ牛糞が落ちてしまう。また、かごの縁を水平で上向きに保つには、腰を十分に曲げなければならない。だが、私はいつも知らず知らずのうちに、曲げた腰をだんだんと起こしてしまうため、生徒の母親は「腰を曲げて腰を曲げて」と絶えず私に注意する必要があった。私は常々、十分腰を低く曲げているつもりでいたが、生徒の母親からは、やはり注意を受けており、また、彼女は私に手本も見せてくれた。

そのようにして絶えず調整を繰り返しながら、だんだんと感覚をつかみ、最後にようやく良い感じにできるようになった。この時、大地との距離が、互いの息使いもわかるほどに近づいていることに気づいた。この過程において、地面は大地に対し謙虚であることを学び、大地はすぐ私に能力を与えてくれたことにようやく気づいた。あの日、思いがけずわかったのは、謙虚さがあって初めて多くのことが見えるということだ。牛糞を背負う過程、絶えず腰を曲げる過程では、大地に対する謙虚さを探していたのだと感じた。

私たちが帰る頃、空がようやく明るくなってきた。私は学校に戻り、苦しみながらかごを背負い階段を上った。最後の二段の所まで行くと身体の向きを変え、二階の床に腰を降ろし、背負っていたかごを降ろした。かごいっぱいの牛糞はやはり少しこぼれてしまったが心配ない。私はすでに最終目的地に着いたのだ。その日、私はそのかごいっぱいの牛糞のある所を通るたびに、わざわざ見ては達成感を感じていた。

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私が牛糞を拾ったことは、すぐに村中に伝わった。その当日と後の数日、会う人は皆、私が牛糞を拾ったのか尋ねることからあいさつを始めた。ある子供の両親は、「拾いに行く必要はない」と言い、また、自分の子を指さして、「この子たちが背負ってくれる」とも言った。事実、牛糞を背負って学校に来て、私にくれる生徒が絶え間なくいるのだ。牛糞拾いが好きだから拾いに行ったのだと言ったけれども、やはり、数人の大きな生徒たちに真面目に言われてしまった。以後、拾いに行ってはいけない、我々が笑われると。私は誰が笑うのかと尋ねると、向かいの別の村人がここの学校の先生は自分で牛糞を拾っていると笑うと言った。ラマの僧侶までもが、以後、牛糞拾いに行ってはいけない、理由は「疲れるから」・・・と、わざわざ私に言い聞かせに来た。

これらの話は皆、牛糞から生じる熱のように暖かい。だが、私は皆の意に反して、牛糞拾いを続けたいと思っていたが、急用があったりして続けられなかった。その後、牛糞拾いに行くことはなかった。しかし私は、自分でも牛糞が拾えると思っているので、それ以来、火を燃やすときには節約のことは考えずに、大いに気前よく牛糞を使っている。使い終わってしまったら、自分で拾いに行けばよいのだから。

執筆者
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翻訳と校正 翻訳:藤澤美歩 校正:市橋美穂
メディア 青年環境評論http://www.greenyouther.org/page/?id=1219

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