2014/02/04 by Tanada

牛糞【前編】

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要旨:牛糞を背負ったり、ずっと腰をかがめている時に、大地に対しての謙虚さを探しているのだと感じた。謙虚さがあってこそ、初めて多くのことが見えてくるのだということをある日、はっと悟った。

編者注:「郷村之眼」とは山水自然保護センターと中国西部農村コミュニティーに根ざす多くの機関の提携により完成した公益映像企画で、2007年に発足した。

この企画は雲南、青海、四川などの省や区で農村、牧畜区の研修生を対象に、画像の撮影や編集について育成し、また、彼らが撮影した作品を支持することで、彼ら自身のふるさとの文化や環境への理解を伝える。

「郷村之眼」は現在までにすでに80名を超える村の研修生を育成しており、60本近くの作品を撮影、制作している。《牛糞》は作品の一つで、作者は青海省果洛州久治県白玉郷の蘭則から来ており、チベット区での牛糞の多岐に渡る使い道を伝え、犬小屋やおもちゃ作りなど「汚くない」だけでなく、面白くもある。

「郷村之眼」映像企画の記録映像である「牛糞」を見て、多くの思い出がよみがえり、私自身が牛糞と密接に関わっていたあの頃を思い出した。

冬の終わりから春、夏へと季節が移る頃、ちょうど私は四川とチベットの境界にある小さな村に到着した。当時、牛糞は私にとって新鮮な生活の一部分であった。学校で燃料とするのは薪であるが、生徒の家庭では牛糞を燃料としている。冬牧場の小屋の周囲には牛糞を積み重ねた壁が見られ、早朝の起床時には牛糞を拾っていた村人がゆっくりと河のあたりを戻っている姿が見える。

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いくらも経たないうちに、私は至る所を歩き始め、色々な年齢の子供たちと一緒に山を歩き回った。この時、牛糞はいつもひっそりと主役となっていた。子供たちは山歩きの際、しょっちゅう腰をかがめ、牛糞を拾ってはお互いに投げ合い、大笑いするのだ。私は牛糞がおもちゃにもなると知った。しかも、私が見てきたおもちゃの中でそれは一番楽しいものであった。

二回目の冬のゆっくりとした訪れに伴い、私と牛糞との距離もまた、だんだんと近づいていた。ある子供の母親が背負っていた牛糞を学校にくれたので、私はとうとう自分で牛糞を燃やしたのだ。初めて牛糞を使った時には、手製の道具を使った。酢を入れる四角形のプラスチックの容器を使ってちりとりの形を作った。それを使えば、牛糞をかき集められると思ったのだ。だが、二回も使うと、かなり面倒で、面倒は二の次にしても、この道具では牛糞をかき集められなかったので、急いでいる時には手を使ってしまった。すぐに子供たちの母親のように自然に手で触れるようになり、大きな塊の牛糞の場合は両手でストーブに割り入れた。

後に私は、より頻繁に牧場に行き週末を過ごした。最初に経験した夏牧場のテントから、冬牧場の小屋にやって来たまさにその時、この小屋の中の到る所に牛糞があることを知って驚いた。

これらの小屋はみな、山の形状に沿って建てられており、一つ、或いは二つの面が山の斜面を直接削り取った壁で、その他の面は石や木の枝を使って作られており、壁の両面にはさらに牛糞を塗り、風を遮っている。小屋の簡素なドアから入り、陽の光がちょうど差し込むと、足元はすべすべに平らに塗られた牛糞の床であることがわかった。部屋に入り、ストーブのそばに座って、お茶を飲みながらチベット族の主食であるツァンパを食べる。壁には物が置いてある小さな棚があり、近づいて見ると、なんと、棚の上にも牛糞がむらなく塗られていた。

ある時、牧場に泊まり、一日山に登ってやっと小屋の暖かいストーブのそばへ戻ると、気持ちよく壁に寄り掛かった。手にはミルクティーを持ち、満足げに飲んでいたちょうどその時、学生の母親が笑いながら大声で叫んだ。なんと、彼女は先ほど牛糞を壁に塗ったばかりで、壁はまだ乾いていなかったのだ・・・・。この時私の服は背中がすでに一面濡れてしまっており、皆の楽しそうな笑い声の中、私は服が湿っている部分をちょっと触ってから臭いをかいで言った。全く臭くない!それが、より一層大きな笑いを引き起こした。臭くないばかりか、枯草のような香りだと本当に思ったのだ。

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(後編へ続く)

執筆者
執筆者所属
翻訳と校正 翻訳:藤澤 美歩 校正:市橋美穂
メディア 青年環境評論http://www.greenyouther.org/page/?id=1219

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