2014/01/23 by Tanada

日本へ訪問して学んだこと:細部から生まれる創造の極致

序言:山水自然保護センターと富平学校が共同で開催したLEAD&BEYOND研修プログラムに昨年参加してから一年、開催者が日本の社会的企業を探訪する旅をセッティングしてくれた。「他山の石」とするのがその目的だ。

山水自然保護センターと富平学校が共同で開催したLEAD&BEYOND研修プログラムに昨年参加してから一年、開催者が日本の社会的企業を探訪する旅をセッティングしてくれた。「他山の石」とするのがその目的だ。

4月中旬、10数人の一行は、3時間のフライトを経て「一衣帯水」の隣国、日本に到着した。「一衣帯水」という言葉は、日中関係を表す常套句と言ってよいが、よくよく考えてみると、ただ地理的な位置のことを指しているに過ぎない。我々の間の距離はとても近い、ただそれだけだ。喜びも悲しみも分かち合うというものでは決してないし、利害を共にしているというわけでもない。

日本側の開催者であるCSネットは、まず私たちに日本に関する言葉を3つ挙げさせた。そのとき、南京大虐殺、日本士官学校、(魯迅が留学した)仙台医学専門学校、(魯迅著『藤野先生』の一節にある)紐で結わえられ逆さに吊るされた白菜、武士道、浮世絵、下流社会、大前研一、そして一族の中で国家防衛のために自ら望んで、或いは強制的に死んでいった人・・・ひとつひとつの言葉が際立ってきて、選んで順位をつけ、最も鍵となる言葉を3つピックアップしなければならなくなってしまった。ただ、最後になって私は、自分がこの国についてバラバラに理解していることが多く、本で得たこれら細切れの知識に困惑していることに気付いた。それと同時に、この国について理解していることがこれ程までに少なく、この細切れの知識を整理して並べ替え、最も適切な言葉を3つ選び出すことができないことにも気付いた。

日本への理解に対するこの矛盾は、その後の1週間の探訪の中で、どんどん強くなっていった。一般的に言えば、東アジアは、儒教文化の影響を深く受けた民族であり、どの国も創造力が相対的に低いという弱みを持っている。紀律と服従を強調する日本社会において、イノベーションの原動力は、さらに抑制されているようだ。しかし、日本の社会的企業の関係者との交流を通じて、この紋切り型の印象は絶えず揺さぶられ続け 、イノベーション(以下、創新)とは結局何なのかを改めて考えさせられた。

社会問題を解決しようとする人にとって、一般に3つの方法がある。1つめは、自分が政治家になるか、政治家へ影響を与える(政策提言)か、2つめは、街頭デモや抗議など圧力を与える運動を起こすことだ。日本の反原発団体は、津波が起こって以後、2年にわたる街頭抗議活動を実施してきたが、自民党の政権獲得と参加者の疲弊感に伴い、最近は鳴りをひそめつつある。そして、3つめのルートは、日本の社会的企業が生まれた原動力、すなわち自分でやる、というものだ。政府や企業が行動を改めることに希望を寄せるのではなく、自分で新しい道を探し出すのだ。

日本には、法律的に社会的企業が存在するというわけでは全くなく、ひとつの社会運動として理解されることのほうが多い。日本のパートナーたちは、社会的企業と一般の企業の違いを強調したり、社会的企業を制度的に定義づけることを期待したりしていない。彼らの目標は、全ての企業が社会的企業に変わり、ボランティア経済と商品経済が結合体となることだ。

現時点において新しく生まれた存在として、社会的企業が自身を強くしようとするには、自助、互助、公助という3つの段階を経験する必要がある。この第1段階がとても重要だ。もし自分自身が強くなければ、より強い相手を見つけて「互助」をしようとしても、それは協力関係ではなく、ただの寄生となってしまうからだ。

では、どのように自身を強くすればよいのだろうか。それにはまず、私たちが何を強くしなければならないのかについて答える必要があろう。中国人の中では恐らく、浙江省の人だけが我慢強い性分で、1分(中国の通貨単位で、1元の10分の1に相当)の利益しか生まれない仕事を、世界最大規模となるまで大きくした。他方、社会の創新という話になると、国全体の経済と人々の生活にまで関わる大量のお金と大規模な変革だけが、「創新」という2文字にふさわしいように思える。

しかし、日本人は、惜しむことなくその精力を細かなことに注ぐ。彼ら(日本人)は、まず社会の人々のニーズを3種類に分けている。すなわち、①自分たち自身で既に明らかになっているニーズ、②まだ少し曖昧なニーズ、③まだ意識していないニーズ、の3つだ。NGOは、②と③のニーズに対して、とても大きな役割を果たすことができる。しかも、これらのニーズは、人々がより良く精神的、非物質的な価値観を持った人になるための真の助けとなる。

私たちはしばしば、「市場」にニーズの兆しが既に現れるようになってからようやく行動を開始する。しかし、日本のパートナーたちは、マイノリティのニーズに対するサービスを提供して、その取り組みを極限までやり遂げ、さらには、他の人々が自分たちにも同じニーズがあることを気付いてもらうことによって、その事業が始まる可能性があると考えている。

しかし、これは長いプロセスとなるだろう。少なくとも、エコ農業に携わってきた大地を守る会について言えば、このニーズを温めて顕在化させるまでに30年の時間を要した。創業者の藤田さんは、1960年代から70年代にかけて、活発な学生運動のリーダーだった。毛沢東と文化大革命の影響を強く受けており、個人の力で社会の変革を促したいと強く思っていた。文化大革命を起こした毛沢東が抱いていたのと同じような理想主義者の心情を根拠もなく否定し、ただ彼のような(指導的な)ポジションにいるというだけで個人の力を過度に信じると、往々にして避けることのできない悲しい結末を招くことになる。

学生運動が失敗に終わった後、藤田氏は街頭抗議の有効性について改めて考えた。農民の子として、彼は日本の農業の理想を守りたいとずっと思ってきた。街頭抗議では社会を変革することはできないという結論にたどり着いた後、藤田氏はコミュニティの消費者と農家が直接つながるビジネスモデルを作り出し、①都市の消費者のために安全な食品を生産すること、②環境にやさしい方法で農業を営むこと、③都市の消費者と生産者の交流を促すこと、の3つを実現するという道を選んだ。

私たちが、現地のごく普通のコミュニティに足を踏み入れたときにも、食品安全運動の参加者たちがコミュニティという基層レベルまで浸透している様子を見に行った。コミュニティへ入り込む橋頭堡は、日々の食事で必要な材料を売る雑貨店や、コミュニティ内での一定の公共スペースという機能を果たしている小さな食堂だ。こうした商売は、有機食品の生産者たちにとっての販売ルートとなり、有機食品という文化、理念を伝え、交流する窓口ともなる。さらに、反戦やフェアトレードなど多くの社会的な話題も加えて、コミュニティの住民たちは買うという行為や、食堂で食事をしたり、休憩をしたり、交流をしたりする時間を通じて、有機食品を理解し、その他の社会的な話題について考える機会も得られるのだ。

私の考えでは、日本は確かに細かなところまで十分に行き届き暖かい国だ。しかし危険なのは、礼儀正しく、他人に迷惑をかけたがらない日本の人々は、政治に対して特殊な境界線を引いていて、コミュニティ住民が直接選挙で選ぶ議員以外の政治運動に携わる人を自分たちの日常生活からなんとか遠ざけようとしている。こうした習慣は、東北アジアの民族に伝わってきたこととして決して目新しいことではない。ただ、国の一大事に関わらないという、このただ一つの習慣が、数十年前、全ての東北アジアに壊滅的な被害をもたらしたのだ。

少なすぎる政治参加は、日本の市民社会組織の中にもみられる。市民たちによる組織体系はとても発達していて、ある成人の日本人は仕事のときには大企業という組織体系に属し、仕事以外のときには各種のコミュニティ組織体系に属しているが、その人は決して分離した存在ではなく、同一の個人だ。これらコミュニティ組織の規模は大小様々で、その名目も様々だ。たとえばある農業コミュニティでは、野良猫の保護団体や、コミュニティ内の母親たちの団体を目にしたが、彼らは顔なじみのコミュニティを作り上げていた。私たちは一般に、個人の日常生活に関わるこのような小規模な団体が徐々に市民社会発展の基礎となって、これが最終的に市民の政策へのコミットメントを促し、そして公権力に対する市民の監督と制約を実現すると考えている。しかし、日本においては、こうした「変遷」は全く実現していない。「一人でボーリングをしている」わけではないが、「ボーリングをしているだけ」なのは確かで、市民自治は、「日常の出来事に関わる事柄」に限定されている。

日本の市民社会の成長と変化は、中国にとって参考にする意義がとても大きい。社会的企業の活動という視点から、日本の市民社会を横断して見渡してみると、これら組織の活動やプロジェクトには、人と人の間の「信頼」が前提として必要であることに容易に気付く。誰もが、自分の仕事やアウトプットに対し、真面目に責任を持って臨んでいると信じており、それがあたかも至極当たり前のことのようだ。しかし、これを中国の現在の状況にそのまま当てはめることについては、仔細に検討する必要があろう。信頼が不足しているが故に取引コストが非常に大きくなっている社会においては、リソースを集める力や行政的な強制力を欠く市民社会組織ができるのは、なんとか生き残っていくことだけで、繁栄、発展の可能性は全くない。このような基礎のもと市民社会の構築を進めるには、どうやら近道はなさそうだ。細部へのこだわりを頼りに、時間を以て成果をあげるしかない。

執筆者 吴晨 (编辑:田苗)
執筆者所属 社会资源研究所
翻訳と校正 翻訳:三浦祐介 校正:棚田由紀子
メディア CSRリソースセンター(Social Resources Institute)http://www.csrglobal.cn/detail.jsp?fid=309909

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