2013/12/18 by Tanada

汶川地震 ~5年後の今~ (その1)都江堰【後編】

前編はこちら→ http://csnet.asia/archives/15243

2012年10月10日。都江堰。

都江堰へ行くのに最も速い交通手段は高速鉄道(CRH)である。成都から都江堰へ向かう便は一日に18本あり、30分も掛からずに到着する。乗車料は15元で車と変わらない。午後3時40分に火車北駅へ到着した私は、なんと、夜8時発の切符しか買えないと言われ、驚いた。CRHの人気はさておき、わずか2年の間に中国のあらゆる大都市に入り込み、一般人の重要な交通手段の一つとなったのだ。成都から都江堰間の鉄道工事は汶川地震の後、鉄道部と四川省が結んだ最初の震災後の再建主要インフラプロジェクトである。鉄道の運行距離は65キロで、成都火車北駅を起点に、都江堰市青城山駅までとなっている。「和諧号」として走り出した中国式新幹線は最高時速220キロ、全行程運行時間は30分ほどで、2010年5月12日に正式運行が始まった。現地のニュースでは、CRHの運行開始は四川省と成都市の震災後の再建を加速させ、青城山から都江堰にかけての観光資源のより一層の回復と開発に繋がり、被災地区の経済発展の促進に非常に大きな役割を果たすであろう、と報道されていた。

私は火車北駅から2号線地下鉄に乗りゆっくりと茶店子バス停に向かうほかなかった。このバス停は主に都汶(都江堰~汶川)線と阿垻方面へのバスが出ている。成都の茶店子バス停から出る流水線のバスに乗り、約40分で都江堰へ到着した。

4、5年前と変わらないのは、バスを降りた人が最初に出くわすのが「宿泊客」を求めどっと押し寄せてくる中年女性だ。雨が降っており、傘がなかったので、私は切符売り場ホール3階にある駅の旅館に泊まるしかなかった。旅館の窓越しに大通りを見ると、都江堰の街は自分のイメージとはすでに全く異なっていた。激しい車の往来、いらいらさせられるクラクションの音、ビルの下で女性たちが行う客引き、マイクロバスの運転手の客の奪い合いなど「街」の喧騒が溢れている。

二日目、二環路のそばにある壹街区へ出掛けることにした。壹街区は被災後再建の模範となる工事で、全国計画設計の一等賞、上海市白玉蘭賞を受賞、また、国連最優秀人居環境賞受賞を申請している。壹街区は都江堰中心部の東北に位置、蒲陽河が断層の西側、北側に沿って半円状に流れ込み、西は現在の二環路、北は現在の蒲陽街道、南は計画中の尚陽街道、東は現在の鉄道用地制御線に至り、計画用地の総面積は148.32ヘクタールである。中心となる区域が尚陽街道、青紙厂片区、上善南路、拝水西路の1.5㎢範囲に集中しており、飲食街、文化創意園、金融通信街、レジャー街が計画されている。

環状路線バスの停留所から10番バスに乗り、壹街区から一番近いバス停である「婦幼保健院」に着くまでに40分も掛かるとは思いも寄らなかった。この人口30万の街は本当に大きく変わった。バスの中では熱心に道を指さす老人がひときわ大きな声を上げた。近づいて見ると、確かに美しく、まさに親水社区と呼ぶにふさわしい。社区内すべての山、人、町、林、堰、橋、湖の調和がとれていて、また、近くでは水に親しむことができ、遠くには青山を眺められる。北京を離れて間もない私はここに到り、ようやく久々の清々しさを感じた。山のふもとに整然と一列に並ぶビル、静かな河の流れ、澄んだ声が心地よい鳥のさえずり、広場には白いシルクの衣装でゆったりと太極拳をするお年寄り・・・文化館に入るとお年寄りたちがみな元気一杯に、ピアノを弾いたり、流行の歌を歌ったり、ダンスをしたりしていた。ここにはすばらしい老後の天国の構図がある。私は思わず、ここの住宅が1平米いくらか聞いてしまった。自分が2、30年後、ここで老後を送るという可能性を真面目に考えたのだ。「私たちが去年引っ越してきたときは1平米3000元でしたが、今は1平米4000元に値上がってしまいました。ここは空気がとても良く、老後を過ごすには確かに素晴らしいですよ。」青紙厂文化創意園区でちょうど散歩をしていた老婦人は誠実に答えてくれた。

壹社区を出ると離堆公園へと急いだ。予想外だったのは、国慶節の休暇は終わっているのに、ここには観光客がまだたくさんいたことだ。南橋を背景とした広場に立ち止まり、ここで写真を撮ろうとすると、すぐに4~5人の人が押し寄せてきてしまい、どうしようもないので、背景が人だらけの写真を一枚撮った。夕べのバス停近くの店ではこの数年家賃と物価の上昇が商売を難しくしていると不満を言っていたが、観光地の観光客数もこの街の観光地としての魅力を証明している。ここには閑散期はないのであろうか。「高速鉄道の開通後、乗客は成都の観光客だけで半分を占めている。ここには青城山、二王廟、都江堰があり、観光地の歴史的文化価値が高い。成都観光だけではもう満足できない、高速鉄道に乗ればあっという間にここに着く・・・実際の所、この天災も災いが転じて福となったと言える。もし、天災がなかったら、当地の政府が観光開発するための多額な資金を投じることはなかっただろう。これらの観光地の復興に投じられた資金は総額30億元、少なくとも震災前30年の総額になる。お金があれば、観光地もきれいになるんだよ。」と成都から来たという無認可のガイドは述べた。

後に、青城山を訪ねると、再度この街の観光への意気込みを感じた。青城山後山のふもとの泰安古鎮は昔、大金川、小金川が成都平原の西に流れ込み、公文書を届けるのに避けて通れない道沿いの要衝の街であったが、この時はすでに活気を取り戻していた。数百件の木造古代様式を真似た建築物は商用、住居両用である。一階が店舗、二階が住居で、住居部分が手厚くなっているのは余分なスペースを家庭旅館にしているためだ。「国慶節期間中の、この地域の標準部屋数は280室を下らず、7日間とも満室だった。」家庭旅館の超満員の稼働率は、この街の観光への意気込みを証明している。都江堰市旅行局の統計データによると、2007年、都江堰が受け入れた旅行客は延べ827.3万人、観光における総合収入33.33億元、観光地の入場料金1.6億元を達成した。2010年、都江堰の受け入れ観光客は延べ1159.3万人、観光総合収入50.9億元、入場料収入1.74億元を達成。2015年、すなわち都江堰再建計画の最終段階の年には、年間観光客受け入れ人数延べ2000万人以上、入国観光客延べ60万人突破、観光総合収入160億元、観光業を筆頭とする現代サービス業が地区総生産に占める割合は60%以上という予測である。

青城山から街に戻る途中、広告のキャッチフレーズがウイルスのように誰もの頭に入り込んでくる。「拝水都江堰、問道青城山」という街のキャッチフレーズがバスの車体、路上の扁額、街灯のカラーの吹き流しに見られ、見るたびにこの街に対する印象が強まっていく。客観的に言えば、自然景観、文化景観に関わらず、この街には確かに「国際観光都市」として発展する潜在力があるのだ。

20131218-2

都江堰壹社区

※This post is also available in: 簡体中国語

執筆者  譚斯穎
執筆者所属
翻訳と校正 翻訳:藤澤美歩 校正:棚田由紀子
メディア 中国発展簡報 NGOニュースhttp://www.cdb.org.cn/newsview.php?id=7402
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