2013/11/06 by Tanada

脆弱な舞台

20131106-1概要:梁従誡、劉徳天、呉登明の3人は中国の民間の環境保護の先駆者であり、その草分けとして、それぞれが環境保護組織を設立し、多くの具体的な仕事をしてきた。舞台作りから、その舞台の上でのパフォーマンスまですべての仕事をしたに等しい。しかし、振り返ってみると、彼らが得意なのはパフォーマンスであって舞台作りではなく、彼らは組織を設立したものの、組織のロジックから見ると、成功したとは言い難い。

7月19日、環境保護分野で人望を集めてきた呉登明氏が亡くなった。重慶晩報の報道によると、呉氏は80年代中期にからボランティアとして、民間の環境保護活動に携わってきた。1995年には、環境保護組織「重慶市グリーンボランティア連合会」を発足し、ここ数年は環境保護関連の公益訴訟に関わっていたので、よく彼の名前や同組織の名前を新聞やニュースで見かけたものだ。

呉氏の訃報を聞いて、重慶市グリーンボランティア連合会はどうなってしまうのかという疑問がわいた。

かつて重慶市グリーンボランティア連合会に勤務し、その後環境保護組織「重慶両江ボランティアサービス発展センター」を立ち上げた向春正氏がちょうど北京に滞在中だった。この話題になった際、グリーンボランティア連合会の名前はまだ存在するものの、政府部門が管理を引き継ぐため、政府部門の一つとして存続することになるだろうというのが彼の意見だった。ということは、一つの独立した環境保護組織が消えるということか、と私は思った。

2年前、同じように環境保護分野で人望を集めた劉徳天氏を取材したことがある。彼は1991年に遼寧省の盤錦にて環境保護組織「盤錦市ズグロカモメ保護協会」を登記した。以来20数年間、一貫してズグロカモメの保護に努めてきた。取材したとき、彼は3人目の後任を探し当てたところとのことだった。お互いにまだ討論しているところだが、その前の2人はどちらも失敗だったそうだ。

そして3年前には、環境保護組織「自然の友」の発起人の一人である梁従誡氏が亡くなっている。

梁従誡、劉徳天、呉登明の3人は中国の民間の環境保護の先駆者であり、その草分けとして、それぞれが環境保護組織を設立し、具体的な多くの仕事をしてきた。舞台作りからパフォーマンスまですべての仕事をしたに等しい。しかし、振り返ってみると、彼らが得意なのはパフォーマンスであって舞台作りではなく、彼らは組織を設立したものの、組織のロジックから見ると、成功したとは言い難い。

呉登明が亡くなったことで、彼の組織は名は残るものの、実は無くなるだろう。ただ「自然の友」は、創始者が一人だけではないことから、「人が亡くなって政治が止む」という危険は免れるであろう。しかしここ最近は運営が安定していない。幸い、きちんとした理事会があるので、何か問題があれば理事が解決するようにはなっているが。

パフォーマンスをする者が舞台作りもする。これは、環境保護のフロンティアたちの間では普通のことだった。しかし、この2つは全く別の仕事であり、必要とされる能力も異なる。また彼らフロンティアの間にも、同時にこの2つの能力を兼ね備える者は少ない。たいていはパフォーマンスに長けており、それが名を成す基礎となっていて、パフォーマンスにだけ情熱を傾けるものだから、舞台作りに失敗するというのは普通の状況だった。

90年代に活動を始めた著名な環境保護関係者の廖暁義氏、汪永晨氏、奚志農氏なども、この歴史的宿命から逃れられなかった。彼らはいつも組織のトップであるのだが、その体制がいつまでも変わらず、下の人間がコロコロ替わり、何度も舞台を替えることとなった。

環境保護分野では、80年代以後の組織はいつもこのパターンから抜け出せず、パフォーマンスを続けながら、傾いた舞台を再建しなければならないという状態で、疲弊しきっている。

もしこれらのリーダーたちがパフォーマンスをやめたら、もしくはできなくなったら、この貧弱な舞台は崩れてしまうだろう。中国国内の環境保護組織はこのパターンを抜け出し、持続可能な組織という舞台を構築できるだろうか?

執筆者 霍偉業
執筆者所属 社会評論
翻訳と校正 翻訳:三津間由佳 校正:棚田由紀子
メディア 青年環境評論http://www.greenyouther.org/page/?id=1208

 

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