2009/03/24 by GLI Japan

兎王 任旭平

中国の農村人口は約9.4億人。総人口の三分の二を占める。しかし、農村の生活水準は低く、約2億人が都市に出稼ぎに来ている。壮年・青年農民の多くが都 市へ出て行ってしまった農村に残ったのは、高齢者や病気・障害のある人、そして女性と子供だ。また、都市においても、大量の流動人口の流入により、さまざ まな社会問題が発生している。どうすれば、出稼ぎ農民たちが故郷を離れずにすむよう彼らの生活条件を改善し、農村に優秀な人材や人的資源をひきつけること ができるのか。これらの問題は、政府と民間組織が共に注目する所である。マイクロクレジット・科学技術の移転・大学生“村役人”など、多くの措置がすでに 農村で実施されており、“新しい農村の建設”が焦眉の急であることを、皆が意識している。

これからお話するストーリーの主人公である社会起業家は農村出身で、現在も農村に根を下ろしている。それ故に、彼は政府機関や民間組織よりも、更に 深く農民と農村のことを理解している。彼が設立した組織―企業・学校・サイエンスパーク・NPO―は着実に成果を上げ、多くの農民たちが貧困から脱却し、 生活を改善させていった。

成都から50キロほどの距離にある大邑県では、40%以上の農民がうさぎ養殖を行っている。ここでは、うさぎ養殖が農民にもたらす収益は、一般的な農業よりも多い。そして農民の多くが、自分達の成功は任旭平― 有名な“中国のうさぎ王”―のお陰だと考えている。彼のうさぎ養殖会社は毎年2300万元あまりの販売収入と700万元の納税を実現しており、養殖基地で は3万戸の専業従事者が食肉用うさぎとかわうそうさぎを養殖し、彼らの収入は毎年平均2000元以上増えている。彼の養殖技術訓練学校は、20年間で30 万人を超える中国・北朝鮮・ネパール・インドなどからの研修生を受け入れており、生み出した社会的効果と利益は、累計で80億元あまりである。

任旭平は、家が貧しかったため、13歳で学校を中退した。しかし、体が弱いせいで畑仕事には向いていなかった。1980年、彼は父母からもらったお 小遣いで、一対のうさぎを購入した。そのうちの雌うさぎはすでに妊娠しており、8週間後に、8羽の子うさぎが生まれた。2羽が8羽になった―若い任旭平 は、市場で子うさぎを一対3元で売り、12元を手にした。当時、都市住民の平均月収は20元ほどであり、彼にとっては生まれてはじめて稼いだ大金であっ た。彼はこれを非常に大事に思い、そのお金で更に多くの雌うさぎを買った。

1985年、ヘファ・インターナショナル(Heifer International)と 協力関係を結んだことが、彼の転機となった。ヘファはアメリカのNGOで、1940年から、世界47カ国の貧しい農民たちに、質のいい家畜を提供してい た。1985年、ヘファは、中国でのプログラム展開のため、経験のあるうさぎ養殖家を探していた。その時、任はすでに200羽のうさぎを保有していたもの の、その多くはあまり質がよくなかった。へファは彼に48羽のカリフォルニアとニュージーランド種の種うさぎを贈与し、技術サポートとトレーニングを提供 した。1986年には、任はすでに1600ケージの規模を誇るうさぎ養殖場のオーナーとなっていた。

へファプロジェクトの核心理念の一つは、家畜の贈与を受けたすべての人は、その家畜の子孫の一部を他人に贈らなければならない、というものだ。これ は「ギフトを伝播する」と呼ばれ、援助を受けた人の自給自足を促すために行われる。任は努力の結果、へファに与えられたギフト任務数を達成したばかりか、 その5倍にあたる数千羽のうさぎと養殖技術トレーニングを、現地の貧困家庭に無償提供した。

1990年、任は「旭平うさぎ養殖トレーニング学校」を 設立した。のべ30万人に及ぶ中国および世界各地からの研修生がここでうさぎの養殖管理を学んできた。多くの研修生はうさぎ養殖により貧困を脱却して豊か になり、その内の100人あまりは百万元を稼ぐ金持ちとなった。「豊かになりたきゃうさぎの養殖、貧乏嫌なら旭平に会いに行け」 これは、旭平うさぎ養殖 トレーニング学校の研修生の間でとても流行っているフレーズである。また、学校では辺境地域の人や失業者、その他貧困層の人々のためにも無料で技術訓練を 行っている。

任は、うさぎ養殖トレーニングと養殖で得た収入で、6階建て・総面積1700㎡のビルを建て、400人が同時に学べるようにした。また、自分の養殖 経験に基づき、『うさぎの養殖に関する100の質問』という本を出版した。ここ数年、任は生態循環型うさぎ養殖モデルの確立に尽力し、「林(果樹)+草の 粉を顆粒状にしたもの+うさぎ+メタンガス」の四つを組み合わせたモデルを提唱している。まず造林地や果樹園などに付属のうさぎ養殖場を建設、次にそこの 農作物の茎や雑草などを粉にしてうさぎ専用の顆粒状資料を作り、与える。養殖場から出る糞尿や廃水は発酵槽に入れてメタンガスを発生させ、生活用のエネル ギー源とする。最後に発酵槽の廃液や残渣を造林地や果樹園の肥料として撒く。この養殖モデルは資源の循環利用になるだけでなく、農村の汚染を減らすと共に 農家の燃料問題も解決することができる。

現在、任は自分の養殖トレーニング学校以外に、優良品種のうさぎ養殖場、うさぎ養殖サイエンスパーク、皮革会社、成都市旭平食品会社、うさぎ王貧困 扶助研究センターを所有し、その総敷地面積は78ムー(約5.2万㎡)である。また、牧場約1000ムー(約66.67万㎡)、建築面積は2.2万㎡であ る。食用肉の年産量は230万羽、年生産額は、1700万元であり、中国西南地区随一のスケールである。

優良品種の養殖場には、カリフォルニア種、ベルギー種、ニュージーランド種など7種類の品種がおり、年におよそ28万羽の種うさぎを生産している が、任は今でもへファのプログラムに協力してこれらのうさぎを北朝鮮・ネパール・タイなどへ寄贈している。旭平うさぎ養殖サイエンスパークはへファの中国 におけるトレーニング基地となっているほか、2006年に非営利団体として設立したうさぎ王貧困扶助研究センターでは、農民の貧困脱却のための革新的・科学的な新しい方法を専門的に探究することに全力を注いでいる。

同センターは、特に人・社会・自然・経済の調和がとれた、持続可能な発展に注目し、「巴地草」キャンペーンと名 づけたプロジェクトを推進している。「巴地草」とは、四川省の丘陵地帯に分布する植物で、成長が早く、丈夫で、わずかな陽光・水分・土壌さえあれば旺盛に 繁茂する。このプロジェクトを「巴地草」運動と名づけたのは、このプロジェクトが必要とする条件が巴地草の生育条件と同じようにシンプルで、プロジェクト の成長も巴地草と同じように旺盛であって欲しいという願いからである。

同センターは、まず貧しい農家とコミュニティに対する現状調査を行う。そしてその地域で発展させるにふさわしい農業生産プロジェクトや、農家の生産 能力と利用可能な自然資源などのデータを分析し、さらに個人あるいはコミュニティの実際の情況に照らしてプロジェクトを選ぶ。オーダーメイドでその農家の 発展計画を立てるとともに、技術的なトレーニング・繁殖用家畜購入の資金援助・アフターサービス・販売情報提供を行うことにより、産業を通じた農家の貧困 脱出を促し、最終的に彼らが持続的な発展を実現できるよう導く。

事前調査以外の「巴地草」キャンペーンの特色としては、的を絞った家庭の貧困脱却計画を制定することだ。へファ・インターナショナルの「ギフトを伝 播する」モデルを参考にし、より多くの家庭と農村を裨益させている。うさぎ養殖を例にすれば、センターは無償で貧困家庭に4組の優良なうさぎ(オス一羽、 メス3羽で1組)を贈る。その後、学校が技術スタッフを派遣して養殖の指導を行い、技術を農家に移すことで、貧困脱却させる。その農家が豊かになったな ら、彼ら自身が別の農家に養殖技術を教えるとともに、学校の技術スタッフも指導する。こうして一軒ずつ技術が広がることで、村中が貧困を脱却し、よその村 にも伝えて広げていく。このやり方が「巴地草」のように蔓延し、ついには全面的に豊かになる。

目下、「巴地草」キャンペーンは大邑県15の村の1518戸の農家にて実施中である。このキャンペーンを通じ、全県のうさぎ養殖農家の戸数は1.7万戸に増加し、農家の一戸あたりの年収は400元以上増加した。
農民の収入を増加させただけでなく、農村社会の安定に大きな役割を担っている。援助を受けている農家の85%以上は夫が出稼ぎに行った妻たちで、彼女たち は家でお年寄りや子どもの面倒を見ながら、うさぎ養殖によって収入を得ることが出来、生活の質とレベルを大きく改善することができた。

また、貧困扶助センターは農村の退学児童問題にも注目している。たとえば、家族が病気や怪我のためにうさぎ養殖事業の継続が困難になり、子どもが退 学せざるを得なくなった家庭に対し、センターは資金援助を行って、子どもに学業を継続させるか、技能訓練に参加させている。現在、センターではヘファ・イ ンターナショナルおよび米国の民間団体と共同で、中国農村部の貧困家庭の退学児童の救済と低学歴の若い女性に対する技能訓練を行っている。またアジア財団 のコミュニティ基金モデルプロジェクトに協力し、各地方政府の貧困扶助プロジェクト事業の展開と新農村建設に良い参考例を提供している。具体的には、一部 の貧困扶助事業を輸血機能から造血機能へと転換させ、小規模農家を大規模農家に、さらには企業家として社会責任を担わせ、より多くの貧しい農家を豊かに し、持続可能な発展を実現させている。

人々の生活レベルが向上するにつれ、高蛋白、低脂肪の食品が好まれるようになった。任旭平はうさぎ肉市場の将来を楽観視している。うさぎの皮革や毛 で作るおもちゃや洋服も人気があり、うさぎ関連製品は国内消費ばかりか、輸出も需要に供給が間に合わないほどだ。任は、今後企業が軌道に乗るにつれ、彼自 身は次第に企業経営から離れ、社会起業家として、うさぎ王貧困扶助研究センターの事業に全身全霊で打ち込みたいと語っている。

四川省旭平兎業有限責任公司のサイト:
http://www.chinarabbitking.com/

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