2009/11/29 by GLI Japan

【呂朝】NPI公益組織発展センター(前編)

NPIとは、ノン・プロフィット・イン キュベーター(nonprofit incubator)の頭文字である。この名前、ちょっと聞いた感じでは、まるで「慈善団体」とか「NPO」といった概念名詞のようだ。実際のところ、三 年前にNPIが上海市浦東地区で正式に登記し設立されるまで、「ノンプロフィット・インキュベーター」とは一体何をする所なのか、ほとんどの人は知らな かっただろう。「殻(孵化器)に入る」、「殻から出る」といった新しい用語については尚更だ。

NPIは自らの目指すところを「中国のソーシャル・イノベーションを促進し、公益領域で起業する人材を育成する」と 概括している。NPIの誕生以前、公益領域のサポート団体で全国的に影響力のあるところと言えば、“准政府組織(GONGO)”と称される大型団体の他 は、資金力のある海外の財団であった。一方、民間が設立した国内のサポート団体は、小規模なキャパシティ・ビルディング・情報発信・シンポジウム開催など を主要業務とし、資金・法人格・人材・アカウンタビリティなどの問題では、自身の生存状態も危ういものであった。

NPIは、企業をインキュベート(孵化)するという概念を運用し、中国でいち早く「民間非営利団体のインキュベーター」モデルを打ち出した。

インキュベートの対象となった団体には、事務機器やスペース・登録申請サポート・キャパシティ・ビルディング、小額助 成金などの、スタートアップ時に最も必要な資源を提供している。わずか三年の間に、NPIは上海だけでなく、北京・成都にも活動の場を広げ、2009年に は深圳に四番目のインキュベーターを設立する計画だ。

NPIの創始者兼事務局長である呂朝は、このスピードについて 「私の当初の予想よりずっと早いが、私たちがやりたいと思っている事に比べたら、やはり少し遅い。現在従事している事は、やりたい事の半分でしかない」と言う。

実務精神に富んだ「インテリ」

呂朝は、中国のNPO業界の現状を「あまりにもインテリ化」し、「提唱活動を重視し、サービスすることを軽視している」と認識しているが、呂の経歴や緻密な思考様式、立て板に水の話しぶりだけを見ても、やはり彼を「インテリ」に列しないわけにはいかないだろう。

呂は90年代初期に北京大学の国文科を卒業し、新華社の記者や経済誌の編集長といった職を経験した。「当時は鄧小平の 南巡講話が終わったばかりで、社会の若者に対する評価は非常に単一的だった。それはつまり“富を創れるかどうか”だった」。「私は24歳で起業し、前後し て3つの会社を作った。初めの会社は倒産、二番目は譲渡、三番目で経営が安定したので、30歳にして北京大学のMBAコースに入学した」

呂はMBAで学んでいる時、友人に招かれて民生部所属の『公益時報』紙の編集長となった。「ここを経験したお陰で、私 は公益分野に関わる多くの人を知ることができた。一年後、ビジネスの世界に戻るために辞職を決め、知り合いになったNPO業界の皆さんにお別れのメールを 送ったところ、公益業界の大御所である朱伝一先生から会いたいと連絡があり、お伺いした。

朱先生は中国社会科学院アメリカ研究所の研究員として、中国の社会保障やコミュニティの発展、そしてアメリカのNPOについて理解が深く、結論を急ぐなと私を諭した。あの時の朱先生との長時間の面談が、私が最終的に公益業界に身を投じることを決定する決め手となった」

朱氏の紹介により、呂は「中国NPOネットワークセンター」でボランティアとして働き始めた。「NPOセンターは NPO関連の資源と情報の集散地であり、私はそこで初めて公益分野に足を踏み入れたと言えるだろう。1994年のときは先物の取引をしていた。先物のビジ ネスは当時の中国にとって大変新しいもので、 成熟も規範化もしていなかったが、自分が行う多くの事がすべてイノベーションだという満足感があった。そして公益業界に入った時、再び先物取引の感覚が 戻ってきた。私たちの多くのアイディアは、この業界の発展を先導することができる。これは、また別の種類の満足感だ。私は、新しいことや想像力を刺激され る事をするのがすごく好きな人間なのだ」

2003年、当時の上海浦東新区の民政局長はNPOネットワークセンターに対し、上海に支部を開設し、センターが北京で行っている一連のNPOのキャパシティ・ビルディングプログラムを上海にも導入したいともちかけた。呂は 上海に行き事前調査に行きたいと申し出た。

「上海に来た最初の年は、いくつもの困難にぶち当たった。いろいろ調べた結果、伝統的なキャパビルのモデルではだめだ と悟った。そもそも私たちのキャパビルプログラムを必要とする団体は、想像していたより少なかった。また、上海現地のいわゆる準政府団体はこの方面に大し た興味を持っておらず、資金提供をしてくれるそうなところもなかった。そのため、上海着任後の半年間、支部の開設作業は全く進展がなかった。この時の大き なストレスが、私に新しいモデルを思いつかせた。インキュベーター(NPI)の誕生だ」

NPIの最大の価値は、制度のイノベーション

NPIを設立した最初の年に、4回引っ越しをした。「当時の政策環境や公益に対する社会の認知度は、今と全く違ったものだった。そのため、私が重点的に考えたのは、NPIが成功できるかどうかではなく、インキュベート対象団体に何を提供できるのか、だった」

NPIの当初の構想では、事務スペースやキャパシティ・ビルディング、小額の資金提供を含む1年間のインキュベート期間を経て、対象団体はかなり成熟しているはずだった。

「この考えは幼稚で理想主義的なものだった。のちに私たちはいわゆる創業期を三年とし、それをいくつかの段階に分け た。最近になって、私たちは創業期を5~6の段階に分けたが、そのうち、NPIが効果を発揮できるのはその一部だけだ。創業期にある多くの団体にとって、 彼らが必要なのは資金でも事務スペースでもなく、アイディアだ。私たちは彼らとアイディアの交流を行うことに専念する。なので、創業期の団体にとって、最 初の一年はNPIに入居する必要は全くない。それより必要なのは、アイディアの確立を助けてくれる人がいる、ということだ。私たちはここで、多くの創業期 の団体と面接したが、当然のことながら、9割のアイディアはあやふやなものだった。しかし、その団体がすでに比較的整ったモデルを形成し順調に活動してい るならば、彼らがNPIに求めているのは、ちょっとした資金援助・キャパビルといった資源であり、それによってさらに活動をうまく展開しようとしているの だ」

最初にNPIに入居した団体は、すべてNPIが自らアプローチした団体だ。現在、インキュベーターの運営は三年目に入 り、上海・北京・成都の三か所に入居を申請する団体は、増え続けている。そのレベルは明らかに向上し、競争率も直線で上昇している。NPIは絶えず「入居 基準」を調整・細分化すると同時に、専門家による評価方式を導入して、入居選抜を行っている。

NPIのインキュベート対象は2種類、創業期の草の根団体と社会的企業だ。その活動内容は、コミュニティサービス、青少年支援、科学技術の普及、ボランティア・コーディネートなど、幅広い領域をカバーしている。

「現在NPIに入居申請をする人は非常に多いが、私たちが受け入れられる数は限られている。社会起業家は助けを必要と しているが、今はまだ、NPOや社会的起業全体のサポートシステムができていない状態だ。一般企業の場合なら、新しい事業を立ち上げることは非常に簡単 で、政府・企業・投資家,インキュベーターなど、様々なサポートを得ることができる。 しかし、公益の分野は違う。NPIが有名になったのは、別に私たちが大変立派なことをしているからではなくて、中国国内には今のところ、創業期の公益団体 や社会企業をサポートするシステムがまだ出来ていないからだ 」

後篇に続く

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