2013/05/13 by Tanada

「我搭車」―ライドシェアのコミュニティ・ウェブサイト

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「我搭車」はライドシェア(車の相乗り)相手を見つけるプラットフォームだ。彼らのウェブサイトはHTML5に基づいて開発されたクロスプラットフォームで、通勤、長距離移動(旅行・旧正月の帰省など)、そしてスポットのライドシェアという三種類の相乗り方式がある。

創業者は胡懐之と王一禾。「我搭車」事業を始めるまで、2人はアメリカのシアトルで安定した仕事に就いていた。

何故こんなにも渋滞するのか

王一禾は青島生まれ。幼少期はほぼ中国で過ごし、少年期に父母のいた日本で学校に通ったのち、16歳でアメリカに渡った。

2010 年の夏、ギリシャで休暇を過ごしていた王は、ある新聞記事を読み、のんびり休暇を楽しんでいる場合じゃないという気持ちになった。はるか遠くの中国で、北 京とチベットをつなぐ高速道路に車が数珠つなぎだというのだ。王は新聞を持ったまま、居ても立ってもいられなくなった。内モンゴルから北京までの100キ ロあまりが全線に亘り渋滞しているというが、そんなことがあり得るのか?

楽しい休暇は、この新聞記事のせいで早々に終わりを告げた。休暇か ら戻った王は、ほぼ決定していた卒業論文のテーマをひっくり返し、この問題にカーシェアリングという解決策を提供するという論文の新たな方向性を決めた。 王の指導教授はやっかいなことになったと渋い顔をしたが、彼は渋滞という首都の大問題(編注)を解決するために、コミュニティ・ウェブサイトを利用した効 果的な方法を見つけたかったのだ。

(編注:首都である北京は、ひどい交通渋滞のために、市民から“首都”が“首堵”になった‐堵は渋滞の意、都と同音‐と軽口をたたかれている)

400 万台の自家用車を抱えた北京。しかし走行中の自家用車の七割以上は運転者しか乗っておらず、大気汚染の原因物質の七割以上が自動車の排ガスによるものであ ることを、王は知った。前年度、政府は首都の運輸インフラ改善に800億元を投じたものの、交通問題は依然として解決されていなかった。もし、自家用車と いう資源をもっと多くの人が効果的にシェアすることができれば、渋滞を緩和できるし、環境負荷を減らすこともできるのではないか、と王は考えた。

そ して、マイクロソフトに勤務していた胡懐之も起業チームの一員に誘われた。この時、胡は数人の友人とともに、ハイチでボランティアをしており、現地の貧し い人たちのために学校を建てるための資金を得たところだった。王が「ライドシェア」という起業プランを紹介した所、2人は意気投合、まずはリサーチと創業 準備を行い、2011年3月、王が修士課程を卒業して北京に戻ったら、共にこのプランを実行に移すことになった。

夢のために再び「元来た道」を戻る

王 は、父母に従い16歳でシアトルに来て以来、家族の保護の元で安定した生活を送っていた。コロンビア大学で数学と経済学を専攻し、2008年の卒業後はメ リルリンチ証券に就職。一年後、EUの全額奨学金を得て修士課程に入り、地域発展を研究していた。父母の期待通り、修士課程の卒業後は、ニューヨークの ウォール街にある元の職場に戻って、証券マンとして生涯を送るつもりだった。

親世代から見れば、せっかく築いたアメリカ生活の基盤と約束さ れた将来を擲ち、中国に帰って起業するなんて、「元来た道」を引き返すような愚かな選択だ。息子をそんな道に進ませてはならない。母親は家族全員を動員 し、彼の決心を覆そうと説得を重ねた。母子の人生に対する考え方は著しく食い違っており、関係は一時膠着状態に陥ってしまった。

胡のアメリ カ生活歴は王より更に長い。胡は台湾に生まれ、12歳でアメリカに来たが、両親は一貫して伝統的な家庭観を堅持していた。胡は正面から親と衝突することを 避け、アメリカを離れる前に別のポストに応募し、仕事の名目で離れたため、家庭から受ける抵抗は小さくて済んだ。

「私は元々、平凡な人生な んてまっぴらだと思っていました。一生を平穏に暮らし、来し方を振り返ってみたら、なにも残っていなかったなんて嫌ですから」。胡は笑って言う。「成長し なくなったら、死んだようなものだ、という言い方がありますが、私はずっと向上心を持って成長していきたい」

2011年2月、胡は家族を離 れ、アメリカで築いた一切を放棄して北京にやってきた。1か月後、修士課程を卒業し、片道のエアチケットでやってきた王も合流した。2人は全ての蓄えを投 じて数万ドルを作り、正式に起業プランを実行し始めた。かつては人も羨む「三高」(高学歴・高給・ハイテク)青年が、瞬く間に「三なし」人(仕事場なし・ リソースなし・サポートなし)になってしまった。

王は依然として海の向こうの家族からの説得攻勢に悩まされていた。その年の母の日、まだ腹の虫が収まらない母親は、息子の声を聞こうともせず、ショートメールで息子を「失敗者」と罵った。胡の方は、完璧に家族をだまして、北京でこっそり起業したのだった。

家賃を節約しようと、2人は長いこと親戚や友達の家を転々として床やソファで眠る暮らしを続け,住所を何回も変えた。食事は、作る時間も食費もなく、いつも安い弁当で済ませていたため、しょっちゅうお腹をこわした。

トライアルのなかから、方向性を見つける

海外生活を経験した多くの創業者同様、王と胡も、当初は習慣的に自分たちが海外で見聞きした優秀事例を直接持ってこようとした。美しいビジネスモデルを現地に合わせて変化させる――これが彼らにとって最も大きな挑戦だった。

思いつき、その1:自家用車のリース、失敗

「私 たちはもともと、西側諸国でやっている自家用車のリースというビジネスモデルを中国に導入しようと思ったのですが、中国では全く使えなかったのです」。中 国でリース業務に供することができるのは、商用ナンバーの車だけだったのだ。アメリカで盛んに起業しているGet Aroundという自家用車のリースサービスのようなプロジェクトは、中国の法律では許されない。彼らが三ヶ月を費やして書きあげたプロジェクトの企画書 も、現地に適合しないという理由で失敗に終わった。

思いつき、その2:乗合タクシー、失敗

その1の失敗点を調整し、彼らが提 出した二つ目の企画書は、乗合タクシーというアイディアだった。北京には7万台近いタクシーがあるが、乗ろうと思っても車が少ないため、取り合いになる。 乗合タクシーのネットワークを作り、2~3人で1台のタクシーを使えば、この問題を解決できるのではないか。しかし、彼らもすぐに実現は難しいと気付い た。北京のタクシーは流動性が非常に高く、客の実際のニーズも刻々と変わるため、タクシー代をどのように分担するかが難しいのだ。

こうして、ふたたび挫折をしたものの、収穫もあった。およそ250人のタクシードライバーのデータが集まり、タクシー予約とドライバー評価ができるサービスシステムを立ち上げることができたのだ。

思いつき、その3:自家用車のライドシェア、成功

も う一度、ひと月あまりを費やして調整を行い、彼らが提出した「我搭車」ライドシェア・ウェブサイトの企画は、2011年6月の北京創業週末大会で2等賞を 獲得し、いくつかの投資会社から注目された。これに意を強くした胡は、アメリカを離れる前に就いた職場を辞め、このプロジェクトの専従スタッフとなった。

「我 搭車」プロジェクトの立脚点はライドシェアにある。人々はこの着想に対し、多くの心配や疑問を抱くだろう。白タクドライバーの巣窟になってしまうのでは? ドライバーとライドシェアする人の間で、約束を守らなかったらどうなるの? どこの馬の骨とも知れない人と一緒に乗って大丈夫?

あれこれ考 え、彼らはFacebook創業時のやり方に倣うことにした。Facebookも創業当初はハーバード大学のメルアドからのみ登録可能とし、ユーザー間の 信頼度を高めた。「我搭車」ではまず、有名企業のホワイトカラーのみを対象にサービスを提供する。指定の会社のメルアドからしか登録できず、新浪マイクロ ブログのアカウントナンバーを使ってログインするしくみだ。

「我搭車」ウェブサイトを開き、自分の会社のメルアドと新浪マイクロブログのア カウントナンバーで初期登録を行う。その後すぐ個人データとライドシェアルートの記入を促すメールが送られてくる。「我搭車」ウェブサイトは、スタート地 点と目的地、そして他のユーザーが公開しているライドシェア情報に基づき、自動でマッチングを行う。双方とも、相手がマイクロブログ上に公開している写真 と情報を見ることができ、相手にショートメールを送ったり電話をかけたりも可能だ。ライドシェアした双方ともに相手の評価をコメントできる。「白タク」の 参加を排除するために、ウェブサイトでは乗車頻度にも制限を設けている。車のオーナーのライドシェア提供は一日2回まで。価格も規定額を超えてはならな い。

現在、公開されているルートは1000以上に上り、北京、上海から深セン、広州などの都市にも拡大している。ユーザーはパソコンで「我搭車」を利用できるだけでなく、iphoneやAndroidなどからもログインできる。

「私 たちはビジネスとしての成功を強く願っていますが、より大きな理想は、このライドシェアを通じて排ガスを減らすことです」と胡は語る。すでに10数人がこ の理想のもとに「我搭車」チームに加わった。こうした理想主義に満ちた起業の情熱は、尊敬を勝ち取り、王の家族も態度を変えた。「理想に至る道の途中で、 私たちは多くの曲がりくねった道に迷いこみました。まだまだ駆け出しで、明確な収益モデルも見いだせていませんが、私たちは意義のある仕事をしていると確 信しています」。

「我搭車」が一年以内に10万人のユーザーを獲得することができたなら、それは約5万人のタクシーもしくは自家用車ニーズ を減らしたことになり、実際に北京の渋滞問題解消に貢献したことになる。ライドシェアが人々の外出方法のひとつとして認められることを、彼らは期待してい る。

「我搭車」ライドシェア・コミュニティ・ウェブサイト:http://wodache.com/

執筆者 張良英 王発財 欧陽潔
執筆者所属
翻訳と校正 翻訳:松江直子 校正:棚田由紀子
メディア 『社会起業家雑誌』2012年10月号

http://blog.sina.com.cn/s/blog_70dcef4b0101ax01.html

転載時に編集

編集:李君暉

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