2013/03/18 by Tanada

民間連合活動拠点: ボランティアが民間の被災地救援ネットワークを構築

寄付された物品を仕分けするボランティア達

20130318-2

連合活動拠点の事務所にあるボード。その日に必要なボランティア作業が書かれている。

彝良地震(訳注: 2012年9月7日に雲南省昭通市彝良で発生した地震)発生後、48時間も経たないうちに、NGO災害準備センター、雲南省青少年発展基金会益行工作組(以下、「雲南益行工作組」)、雲南発展研修学院、壹加壹応急救援隊、華夏公益、そして現地のボランティア・パートナーの協力のもと、「彝良震災救援民間連合活動拠点」(以下、「連合活動拠点」)が彝良県政府庁舎にて正式に発足した。連合活動拠点は、情報係、外部連絡係、被災状況評価係、物資係、ボランティア管理係などの異なるチームを設け、緊急救援時における情報交換と民間救援活動の後方支援を図るものだ。

連合活動拠点の具体的な作業内容は、被災地の状況やニーズに関する情報の整理と発表、外部資源と救援活動の連携、被災地におけるボランティア・チームの発足・育成の推進等で、被災地にて救援活動にあたる民間組織に対し、後方支援を行っている。救援物資の中継輸送用の倉庫もあり、彝良に赴く公益団体に対する情報提供、コーディネーション、受付、物資の中継輸送などのサービスや、避難所・仮設住宅へのコミュニティー(社区)サービスも提供している。

10月4日の昼、彝良は雨交じりの空模様だった。彝良県の以前教育局として使われていた古びた建物の中で、四川省凉山から来た余翔さん他10名のボランティアが、前日に深センや杭州等の各地から運ばれてきた衣類の仕分けと梱包をしていた。

全部で2500件余りある衣類は、大人用のコート、綿入れ服、ズボンや子供服などに仕分けられ、梱包された衣類は、6日の午後に現在彝良で最大規模の避難所である虎丘避難所に届けられる。

ボランティアの中には、大学生や初めてボランティア活動に参加する人もいれば、2008年の四川省ブン川地震、2009年の青海省玉樹地震などでも救援活動に参加した経験豊かなボランティアもいた。彼らは皆、連合活動拠点のボランティアだ。

連合活動拠点は、彝良地震が発生した翌日に発足した組織で、彝良在路上公益群、彝良オンライン・ネットワーク、雲南益行工作組、NGO災害準備センター、華夏応急災害救援センターなどの団体で構成されている。民間団体とボランティアが災害救援活動に参加する場を提供し、被災地の第一線で様々な救援活動を展開するボランティアのために調整役を担っている。

これまでに全国各地から300名を超えるボランティアが登録し、現地の第一線での救援活動に参加している。連合活動拠点に各地から送られ、被災地に配送された救援物資は総額100万元余りにも上る。

連合することの力

9月7日の昼に地震が発生し、8日の夜には彝良県共産主義青年団委員会によって救援活動本部が立ち上げられた。この活動本部は、9日の夜には「彝良県震災救援民間連合活動拠点」として正式に発足した。発足に関わった一人で、ボランティア経験豊富な刑陌さんは、藍天救援隊と壹基金救援連盟の連合が彼に大きな啓発を与えてくれた、と言う。

地震が起きた9月7日当日の午後、中国の21省43都市に支部を有する民間救援団体の「藍天救援隊」と、全国各地にある174の民間救援団体のメンバーで構成される「壹基金救援連盟」が迅速に手を結び、最も被災地の近くに位置するメンバーが、直ちに被災地に向けて出発した。救援チームは8日の夜明け前には彝良に到着し、すぐに捜索救助活動を開始したのだった。

この「連合」による迅速な行動開始が、連合活動拠点の雛形を生み出した。8日夜に彝良に駆けつけ、救援活動を開始した雲南益行工作組も救援活動拠点を立ち上げた。

この時、刑陌さんはまだ被災地に到着していなかった。刑さんは、華夏公益サービスセンターを通じて、卓明地震援助情報チームと壹加壹応急救援センターのそれぞれの責任者に連絡を取った。3人は、被災地の第一線での救援活動をどのようにサポートすればよいかについて議論した。

8日夜の議論のテーマとなったのは、まもなく全国各地から到着する多くのボランティアチームや個人のボランティア、そして個別に送られてくる救援物資に如何に対応するかだった。刑さんは、「連合」することが問題解決のための唯一の戦略だと考えていた。

9日、NGO災害準備センター(壹基金西南民間連合災害救援委員会のメンバー)のスタッフが被災地に向かっていることを知った刑さんは、同センターの責任者と相談し、その災害準備センターのスタッフが一時的に連合救援活動の責任者を務め、その日の晩に現地に到着した後、現地で救援活動を行う地域内外の全ての民間団体の代表を招いて会合を開くことを提案した。

その日の夜8時、次々と到着した民間団体の代表らは、各自の救援活動や被災地の状況に関する情報を紹介した。また会合では、雲南益行工作組の活動本部を正式に「彝良震災救援民間連合活動拠点」とすること、さらに連合活動拠点は震災救援活動に参加する全ての民間団体とボランティアに開放されることが確認された。また、連合活動拠点の役割の定義と簡単な運営規則が差し当たって取り決められた。刑さんとスタッフ2人は、インターネットを通じてこの会合に参加した。

連合活動拠点は、彝良在路上公益群、彝良オンラインネットワーク、雲南益行工作組、NGO災害準備センター、華夏応急災害救援センター、蒼南県壹加壹応急救援センター等の団体で構成されている。

固定的なボランティアおらず 効率半減

9月8日に立ち上がった連合活動拠点は、10月1日現在、既に300名余りがボランティアとして登録している。登録者の中には、初めてボランティアに参加する大学生もいれば、2008年の汶川地震や2009年の玉樹地震などで活動したボランティア経験が豊富な者もいた。

刑陌によると、地震発生直後、被災地には大量のボランティア希望者が流れ込んできたが、当初、登録の際にボランティア活動の期間についての条件は決めていなかった。これが原因で、いざボランティアが必要になったとき、多くの人が「明日帰るので、ボランティアはできません」と言ったため、救援活動の効率は低下した。

10月1日、連合活動拠点は《彝良県震災救援民間連合活動拠点ボランティア手帳》を発表した。その中で、作業期間は必ず1週間以上とすることが要求されている。「管理の都合上、救援は一日二日で解決することではないので、ボランティアが固定的でないと効率が大変悪くなるのです」と刑陌は言う。

ボランティアに配られるボランティア手帳にはこのようなことが書かれている:ボランティアは安価な労働力ではない。ボランティアが生みだす価値はお金では買うことができない。しかし、ボランティアは頭に光の輪を乗せた超人的な力を持つ天使でもないので、全ての事を引き受けることができるわけではない。どうか、平常心をもって、被災地での活動および生活に適応してください。

刑陌がボランティアにわかってほしいことは、お給料もなく、生活費も自分で負担しなければいけないが、ボランティアの貢献は決してお金の価値では計れないものであるということだ。また、スタッフ自身も自分の心を整えることが大事で、ひとりの普通の人間として、自分の力でできる範囲のことをやってほしいと望んでいる。

経費に限りがあるため、連合活動拠点は古い教育局の建物の中で部屋を2つ見つけ、男女一部屋ずつ、ボランティアのために床にしつらえた簡易な寝床を提供した。床の寝床が嫌な人は、自費で旅館に泊まることもできる。管理しやすくするため、ボランティアは毎日一人15元の食費を出し、料理のできる人が交代でコックを担当することになっている。

現在、連合活動拠点には固定のボランティアが20名余りおり、彼らの多くは被災地以外の所から、国慶節の休暇を利用してやってきた。1カ月で、連合活動拠点にはすでに衣服や食品、お米など100万元に上る価値の物資が届いた。これらの物資は連合活動拠点を通してすでに被災者の元に届けられている。

救災ネットワークの設立

10月4日午前8時ごろ、龍海郷镇河村および油房村の村民小组(訳注:「生産隊」を改組したもの)で土砂崩れが発生した。災害発生から救援活動の終了が宣言されるまで、華夏公益宣伝サービスセンターは“ウェイボー”(微博:中国のソーシャルメディア)を利用して災害地の現場と救援状況を生中継した。

現場の最前線でボランティアから情報を収集し、華夏公益宣伝サービスセンターを通してウェイボーで情報を流すというのが、連合活動拠点内の情報係が担う仕事だ。

情報係はまた連合活動拠点の後方部隊ともつながり、情報収集や周辺との調整、情報の発信などを担う。被災地の救援隊の活動のために情報を提供し、同時に、被災地に入ってくる民間の公益団体、ボランティア、救援物資の寄贈者のために情報を与え、必要な資源の突き合わせをしている。

情報係以外に、連合活動拠点には外部連絡係、被災状況評価係、物資係、ボランティア管理係が設置されている。

現地ボランティアの王樹光は被災状況評価係の係長を担当しているが、毎日の作業は被災地に行って実地調査を行い、現地でどのような物資をどれくらい必要としているのかを計算し、物資係に報告することである。

物資係の梁小敏は王樹光から物資を受け取ったあと、すぐ被災者に物資を配るためにボランティアを集めた。物資が倉庫から出されるたびに、ボランティアは必ず記録をつけ、また物資が被災者の手に渡ったとき、その村の委員会と村民は必ず領収書にサインしなければいけない。物資が倉庫から被災民の手元に渡るまで、連合活動拠点は物資の一つ一つの流通の過程を明らかにすることを保証している。「こうすることで、物資の寄贈者に対する責任を負い、仕事の透明性を保証します」と刑陌は言う。

また、彝良在路上公益群(訳注:ウェイボーのチャットグループ)のグループ主である喬さんは作業グループの総監督を務め、同時に外部連絡係の係長をしている。喬さんは公益群を通して、被災地に必要な物資の情報を伝え、そのあと物資提供を望んでいる外部の企業家やNGOと連絡し、物資の運搬を行っている。

「救災ネットワークを立て、被災地での情報を共有し、復興にむけて助け合う」情報係長の郝南は連合活動拠点での仕事を一文に要約し、北京で仕事をしながらも、ずっと華夏公益広告サービスセンターのボランティアをしている。

郝南によると、連合活動拠点の主な任務は被災地での調査研究を行い、被災地で何が必要なのかを外部に伝え、外部はこの救災ネットワークを通して被災地で何が必要かを知り、それからまた連合活動拠点を通して物資の運搬を行うのだ。

「地震発生時、情報はとても混乱し、多くの物資や多くの人が入り込んできます。もしかしたら、多くのものは必要のないものかもしれません。私たち連合活動拠点の目的は救災ネットワークを通して、情報の正確性を高めることです。こうすることで、救災の効率と復興に役立つのです」と郝南は言う。

長期的な専属ボランティアが必要

9月8日に成立した連合活動拠点は、今年(訳注:2012年)12月で撤収された。撤収後、長期的な専属ボランティアの不足は郝南が現在最も心配している問題である。

「現在のボランティアの多くは他の地域から来ているため、固定的に活動してもらうのが難しいです。おそらく、現地にやっと慣れたところで帰ってしまいます」。郝南は、彝良被災地の復興にはあと数年かかり、連合活動拠点が撤収されてからも、民間の救援はやはり長期に渡って必要となる、また彝良現地の経済状況を考えると、現地での公益組織を育てる必要があると説明した。

9月29日北京から彝良へ向かい、10月7日に仕事のため北京に帰る。郝南によると、彼はこの間は主に彝良在线公益群の人たちに研修と講義を行い、現地のボランティアの育成に努めた。彼の希望は、連合活動拠点が設置されてから3カ月以内に、この現地の公益組織が連合活動拠点の各種活動を学び、連合活動拠点の撤収後、その代わりとして活動を続けられるようになることだ。

「復興は一つの長い道のりです。現地の公益組織は地理的に有利なので、各方面での活動任務をしっかり担えるようになるべきです」と郝南は言う。

翻訳と校正 翻訳:川口晶子、東山エイ子 校正:棚田由紀子
メディア NGO发展交流网 『民间联合工作站 志愿者搭建震区民间救灾网络』 を転載、翻訳

http://www.ngocn.net/?action-viewnews-itemid-85115

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