2013/02/20 by Tanada

幸福感あふれる社区 (コミュニティ)の創造

地域発信型映画「幸福」

2012 年3月10日の午後、四川省成都市錦江区の水井坊社区で、映画「幸福」の初演とキャストとの挨拶会を兼ねた独特のオープニング・セレモニーが行われた。映 画の製作者とキャストは、細心の注意を払って選んだ正装で、興奮して叫ぶファンに囲まれながら、レッドカーペットに現れ、司会者の質問に答えた。群集が波 を打ち熱気に満ちた会場では、地域の老若男女が押し合っていた。

「幸福」は、年配の華僑が海外から中国に戻り親戚を尋ねる過程で遭遇した出 来事にまつわる物語だ。現代の都市と田舎の様子を映し出し、温かみのある風格の映画に仕上がっている。住民から高い支持を得ているが、映画自体より更に素 晴らしいのは、映画制作の過程だといってもよいかもしれない。この映画は商業映画ではなく、社区の実生活を題材とし、住民自ら制作・監督・出演した、庶民 による地域発信型映画なのである。映画の脚本を書いた83歳になる劉氏は、帰国した華僑で、昔は水井坊の住民だった。物語は、彼の経験をもとにして書かれ ている。階層や境遇の異なる役者たちは、オーディションにて選ばれた水井坊の住民だ。市民アーティスト、画家、女性清掃員、退職した教師、職を失った人 や、若いサラリーマン研修を行う講師など、様々な人がいる。ある女性清掃員は、男性主役の年老いた母親役を演じ、あるタクシーの女性ドライバーは、自分と 同じような役を演じた。

芝居の中の人と、生活の中の芝居。役者達は、芝居を演じているのか、それとも自らの実生活と感情をおのずと芝居の中 に取り込んだのか、どちらとも言い難い。以前は異なる場所に住み、現実には交流することもない人達が、風の日も雨の日も4ヶ月間共に撮影に参加することに よって、社区が打ち解けたのだ。

「幸福」を制作したのは、地域住民が自ら組織した「水井坊社区温暖劇団」だ。民間組織の「成都市錦江区愛有 演劇社区文化発展センター」(以下「愛有演劇」)は、2011年3月に水井坊社区に入り温暖劇団を立ち上げ、香港のNGOの PCD(Partnerships for Community Development)からサポートを得た。公益の映画・テレビ制作団体として、社区文化とその調和の取れた発展に力を注ぐ愛有演劇は、温暖劇団に技術 的なサポートを提供してきた。

「幸福」の成功によって、温暖劇団の人気は高まり、撮影が終わると、当初10人の中心的メンバーで構成されて いた劇団は、120人の団体となった。オープニング・セレモニーでは、地元錦江区の共産党委員会、同区人民政府や街道弁事処(訳注: 区人民政府の出張 所)の役人達も驚き、次々と会場に現れては褒めたたえた。埋もれた人材が豊富な水井坊の町に、この日多くのスターが誕生した。オープニング・セレモニーが 終わった後、温暖劇団は、鉄は熱いうちに打てとばかりに、早速娯楽プログラムのパフォーマンスを行った。

多種多様なチャリティー・バザー

3 月10日、にぎやかに行われたオープニング・セレモニーと一緒に行われた盛大な娯楽プログラムの他にも、愛有演劇が主催するチャリティー・バザーが行われ た。このチャリティー・バザーは、毎月行われているフリーマーケットで、思いやりある市民らが、使わなくなった自分の持ち物を売る店を出し、売上金は地元 の貧しい人々への援助に使われる。また、まごころ支援団体 支援コーナーが出している店で直接買い物をすることもできる。これらの店は、貧困家庭や、障害者のいる家庭が出している店で、赤いカーペットがその目印 だ。愛有演劇が水井坊で開催したチャリティー・バザーは、今回で6回目になる。

古着を持ってきた大学生や、その場でデザインを手描きした バッグを売る芸術専攻の大学生もいた。またある白髪のお母さんは、カメラマンをしている娘の作品を売っていた。また数名の小学生が、保護者に見守られなが ら楽しそうに店番をし、自分達の中古の学習用品や体育用品を買い物客が買っていくのを待っていた。愛有演劇の音楽制作チームメンバー2人は、クールなチャ リティーショーで会場の雰囲気を盛り上げていた。

街道慈善会の事務所の近くには、臨時の登録カウンターが設けられ、時おり子供達が来ては愛有演劇のボランティアに自分の売上を渡し、壁に掛けられた色とりどりのお菓子をもらっていた。

赤いカーペットが敷かれた特別出店エリアでは、視覚障害者による有料マッサージや、知的障害者によるボトルウォーターの販売や靴磨きサービスなどが提供され、労働による自活をサポートする活動が行われていた。

に ぎやかなフリーマーケットには、他の活動でもよく見かけるNGOが多く参加していた。農友フリーマーケット、郫県安龍村有機野菜栽培家、大邑華徳福学校、 公益客栈(訳注: 「客栈」は簡易旅館)、四川海恵助貧サービスセンター(国際小母牛組織、Heifer International)等が見られた。

愛有演劇創始者の劉飛主任にとって、この日の午後は間違いなく多忙な時間だった。

「チャ リティー・バザーは、誰でも気軽に参加することができます。多くの人々は公益活動に参加したいと思っていますが、あまり複雑でない活動に参加することを望 んでいます。必要とされているのは参加できる場なのです」。チャリティー・バザーが好評を呼んでいるのは、多くの人が自宅の近くで公益活動に参加できるか らだ、と劉氏は考えている。チャリティー・バザーに参加することによって、家にある不要なモノを片付けることができると同時に、安価で環境にやさしいグッ ズを手に入れることもできる。「チャリティー・バザーは、一家全員での参加に適しており、家族で遊びに出かける気持ちで行くことができ、子供達は商売に必 要な駆け引きや、取引について学ぶこともでき、楽しみが一層増します」

毎回のチャリティー・バザーでは、劉氏の夫で愛有演劇の理事長の楊海 平氏と8歳の息子の楊晋宇君も参加した。家族全員が出動して、自宅にある不要なモノを持って売りに行ったのだ。晋宇君は、バザーでの売上金111元をもっ て、自分の店の隣にある社区・スーパーで日用品を買うことで売上金を寄付し、さらに自前の30元で手作りの風鈴を買って帰った。風鈴に遊び飽きたら、また チャリティー・バザーに持って行って売るつもりだ。

敷居が低く 気軽に参加でき、定常的に実施するという方向性によって、毎回のチャリティー・バザーは大変な人気で、今では260の中心的なサポーターがおり、毎回さら に新しいリソースが加わっている。今回のバザーでは、百姓フリーマーケット、エコ農産品生産者の協同組合が新しく加わった。バザーに参加した家庭の売上は 全て寄付されるが、愛有演劇は、環境保護やチャリティー・バザーの発展と関連する事業については、売上金の一部を一定の割合で寄付すればよいと定めてい る。愛有演劇がつくりだした社区の共有スペースを借りて、外部のNGOも合法的に社区に入るルートがつくられたのだ。チャリティー・バザーは、社区内外の 様々な資源が一箇所に集まり、助けを必要としている人々に寄付金と支持を届ける場なのだ。

「義倉」始まりの由来

チャリティー・バザーは愛有演劇の義倉プロジェクトから生まれた

成 都は、中国西南地区の誰もが認めるように、人口が多くて豊かな地域だ。なかでも市街地の一環路(※市内で最も中心部を走る環状道路)の内側は、特にお金持 ちが多く集まっていることが劉飛にとって印象深かった。ある日友人とショッピングをしていたとき、一環路の内側にある水井坊社区を偶然通りがかり、不思議 なことに彼女の心は揺れ動いた。そこには、高級ホテルなど高級な店や、高級なオフィスビス、高級マンションがずらりと立ち並んでいるのだが、それと同時に 目に映ったのが、簡素な住居ビルやまだ立ち退きになっていないバラック地区で暮らす都市の貧民たちの姿だ。彼らの中には、一人暮らしのお年寄り、知的障が いや精神障がいを含む心身に障がいを抱えた人々、大病を患った人がいる家庭などがある。劉飛は、驚いたことに、貧困家庭の中には毎日野菜市場で廃棄になっ た野菜の葉っぱを拾って食べている人すらいるということを知った。貧しさと豊かさは、こんなにも目と鼻の先にあるのだ。

愛有演劇は、古代の 農村の「義倉」からヒントを得た。かつて農村では、余力のある村民たちが自分の家の籾(もみ)を村にある「義倉」に入れ、貧困家庭の子どもが学校に通うた めに支援をしていた。この「義倉」を参考にし、愛有演劇は、社区での訪問調査を開始した。水井坊街道に常住しているのは3万戸だが、援助受給者リストを確 定するために、愛有演劇は20~30人の大学生ボランティア隊を作り、社区が提供した最低生活保障の受給者および障がい者のリストを持って、一戸一戸訪問 して確かめた。とりわけ最低生活保障の水準ぎりぎりでこのリストに載っていない家庭を把握できるようにした。義倉プロジェクト開始前の2011年4月の時 点で、愛有演劇は、全部で2,000余りの家庭を訪問し、調査を行った。

義倉は思いやりのある家庭を広く募り、各家庭の事情に応じ、少額の 物資の定期的な寄付を受け付けた。「短期・不定期・大量」の寄付ではなく、「長期・定期・少量」の寄付を重視した。愛有演劇は、これを「ただの貧困支援ま たは救済プロジェクト」という風には考えていない。それ以上に、人と人のきずなを結ぶプロジェクトであり、社区と善良な社会作りを助ける土台だと考えてい るのだ。

「一粒の米」の理念

「私 が自ら買った一袋のお米が、義倉を通してある家庭へ届けられる-これは、私からの気持ちです。これこそが義倉の理念なのです」。義倉プロジェクトは、現金 による寄付は受け付けていない。社区内の資源で社区の問題が解決されることを望んでいるからだ。義友(義倉プロジェクトの参加者)は、寄付する物資を直接 的に義倉に入れる、あるいはチャリティー・バザーの場で、バザーで得たお金を使い、近くにある社区内のスーパーで各種日用品に換えて、愛有演劇に寄付す る。その後、統一された登記番号に基づき、困難を抱える家庭に配られるという仕組みになっている。

義倉は外部の企業からの寄付を断ることは全くない。しかし、劉飛は、企業に頼ることが持続可能なことではなく、また、それは住民参加を主導とする社区の保障ネットワークの構築に役に立たないことだ、と考えている。

現 在、愛有演劇の年間経済援助リストに載っている支援受給者の家庭は70戸だ。社区の状況が緩やかに変化している。以前は皆、口を開けば「私たちは皆貧しい のだから、政府が管理すべきではないか」と言い出すことが多かったが、今では、お互いに助け合ったり責任を共に負ったりするようになってきた。愛有演劇の 計画では、組織が社区の義倉及びチャリティー・バザーのプロジェクトの運営に直接携わるのは2~3年までとし、この期間内で、できるだけ社区の後継者を育 成し、彼らに仕事を渡すことによって撤退する。こうすることで、コストの削減を果たすと同時に、より多くの住民が自主的に社区の構築に参加するようになる のだ。

2012年1月、第4期のチャリティー・バザーで、貢献のあった20名余りの住民を対象とした表彰式が行われた。その基準は、必ずし も寄付の多寡ではなく、寄付行為そのものの価値が重視されている。例えば義倉の支援対象である90歳過ぎの肖さん。家計で苦しんでいる彼は、60過ぎの知 的障がいを抱えている娘を育てなければならない。毎月肉を食べるのが一度だけだという(それも肉の皮だけだった)。以前の肖さんは風変わりな人で、街道 (※行政の末端機関)のスタッフと愛有演劇のボランティアが家庭訪問をしたときも、肖さんに何かの宣伝活動と思われ、追い出されてしまった。その後、肖さ んは、義倉の根気よく続けてくれた支援に感動し、長い間大切にしまっておいた将棋を探し出し、きれいに洗い、社区に寄付したのだ。この行動で、肖さんは表 彰された。もう一人表彰されたのは、チャリティー・バザーで水を売っていた知的障がいの青年だ。寄付の物資を送った際、彼はいつも自分の三輪車を押して社 区の活動を手伝ってくれるからだった。

義倉プロジェクトは、思いやりのある家庭からの理解と行動を継続的に得ることが必要となる。一方で、 長く携わると、支援の手が緩みがちになってしまう。これに対処するため、寄付の物資を補う場として、毎月一回チャリティー・バザーを開くようにした。その 結果、義倉に集まる資源の70%がチャリティー・バザーの場で寄付されたものとなった。

文芸によって幸福を感じられる社区を築く

現在、文化活動の愛好者と社区での公益活動を好むボランティアが結成した380人からなるボランティア団体愛有演劇には、映像関係の仕事を専門とするスタッフが少なくない。愛有演劇によるまさにプロフェッショナルサポートのもと、住民主体の「温暖劇団」が、ようやく根を生やし、芽を出した。その他、いま愛有演劇が組織した小劇場は、劇場という考え方を取り入れ、自分たちで作った作品を社区向けに演じている。また、文芸に秀でた住民の参加も受け入れ、1人暮らしのお年寄り向けに慰問を行っている。文化や芸術を通じて社区住民の参加を促し、住民たちの幸福感を高めるのが、愛有演劇独特の方法だ。

社 区で少し評判のあるスターの楊おばさんは、この劇場の中心的人物だ。「幸福」の選考評価委員会であると同時に、主演女優でもあるのだ。彼女は以前テレビ局 の優秀番組に出たことがあり、義倉プロジェクトで行っている毎月の慰問での主力となっている。彼女の京劇や歌、そして自分で考えた快板(※カスタネットの ようなものを打ち合わせて、調子をとりながら早口で歌を歌うという大衆芸能)は、人気がある。家庭慰問でパフォーマンスをする前には、ボランティアはその 家庭に訪問調査を行い、相手の好みを明らかにしてから、それに合った演目を練っている。面白いことに、1人暮らしのお年寄りの家庭でパフォーマンスをする と、3、4人の役者に対して1、2人の観客となることがしばしばだ。しかし、それで楊おばさんやボランティアのやる気が削がれるということは全くない。

劇 団活動以外に、愛有演劇はまた、社区が音楽会や朗読会、社区内劇場、口述史サークルを立ち上げ、住民たちの生活の経験や記憶を掘り起こし、そして歴史の変 遷の痕跡を描き出すとともに、価値ある口伝を歌にして歌ったり、演劇にして演じたりする。このことで、社区内での異なる階層の住民たちの間にある隔たりを なくそうとする手助けもしている。お年寄りを除き、農民工の友人たちを含む社区内の若者は、どんどんこの活動に加わるようになっている。愛有演劇は、物質 的、精神的な側面から幸福を感じられる社区を築こうと試みているのだ。

愛有演劇が水井坊街道に入り込み今の局面を打開するには、街道の党委 員会書記・朱烈氏のサポートが欠かせなかった。朱烈氏は考え方が開放的で、民間によるサービスを政府が買うことを推し進めた。愛有演劇による社区でのプロ ジェクトの展開に対して幾分反響が起きた際、街道はある日突然、劉飛に会議に参加するよう知らせた。彼女が会場に着いて場をぱっと見渡すと、そこには各科 室のリーダーが全員出席する中で、社会団体としては愛有演劇だけが招かれていた。会議の席上、各部門のリーダーは、自部門における社会管理のイノベーショ ンに関する考え方をひとつひとつ紹介してから、劉飛がどのような考えを持っているか聞いた。劉飛は、その会議は夜中の一時まで開かれていたことを今でも覚 えているという。

その後、毎回のチャリティー・バザーの活動で、城管(※都市管理に関わる様々な仕事に携わる部門)はいつも秩序維持の手助 けにやって来てくれた。また一部の政府役人は、個人としてバザーの一団に参加してくれた。錦江区の区長、民生局長、共産主義青年団委員会のリーダーは、み な自分の子どもを寄付受付スタンドに連れて来てくれ、なかにはボランティアとして物資の配布を手伝ってくれた人もいた。しばしば冗長になる行政のプロセス から抜け出せない政府役人たちは、一般市民によるありふれたチャリティー・バザーの中で、公益に携わっているという実感を得ようとしているのではないだろ うか、劉飛はそう思うのだった。

執筆者

付涛

執筆者所属

翻訳と校正

翻訳:川口晶子、三浦祐介 校正:棚田由紀子

メディア

中国発展簡報 2012年夏号

http://www.chinadevelopmentbrief.org.cn/qikanarticleview.php?id=1326

(転載時、文章を編集)

執筆者

 

執筆者所属

名称とURLCSネットのスタッフは、URLは省略)

翻訳と校正

翻訳者の名前・校正者の名前

メディア

転載先の情報、転載の形式(編集有り、「原タイトル」など)

This post is also available in: 簡体中国語

Facebook Twitter 微博

CATEGOLY