2012/10/31 by Tanada

小荷工房(下)

小荷工房(上) http://csnet.asia/archives/10595 の後編。

※ 中国語文: http://csnet.asia/archives/10130?lang=zh-hans

 

小さな事、されどやり遂げるのは難しい

彼女達はこの小さな事に“小荷計画”と名付けた。“やっと尖った頭を出した小荷”(訳注:現れたばかりの新しい事柄に対して、早く育ってほしいという願いを持つこと)の言葉のように、やればやるほど前途が開けていく様期待した。一期生の二人の子どもは美新路基金の支援によって育てられた子ども達で、自分の子どもの様に彼女達をこの世界に導いてやりたいと思った。

“美新路”の子ども達の多くは河北の貧困農村の出身、同地区の女の子は高校まで進学出来る子は少なく、職業高校に行ったり、中学卒業後すぐ働いたりする子もいる。“小荷計画”に最初に来た子達は大学に行った事も無く、パソコンを触ったこともなく、オフィスビルに入った事もない。年端もゆかないのに、過去の様々な失敗した職業経歴を持っているようだった。

工蟻坊は自身の事務室が無かったので、“美新路”の中に事務を行うスペースを設けた。メンバーは“美新路”のボランティアの郭小華“郭姉さん”に従い、郭姉さんはメンバーを“小孩兒(シャオハール:子どもの意)”或いは“小朋友(シャオポンヨウ:小さな友達の意)”と呼んだ。“小朋友”は来たばかりの時は何もできなかったが、事務室でのマナーから同僚との付き合い方、パソコン、ファクシミリ、プリンター、コピー機の使い方等に至るまで、少しずつ教わった。

郭姉さんは他の公益組織からノートパソコンを何台か借りてきた。そして“美新路”のボランティアは勤務時間外の時間を使って、彼女らにパソコンでのタイピングを始め、エクセルの使い方やインターネット、メールの送受信の方法等を教えた。

“小荷計画”が筆頭に置いているのは現金の出納業務である。出納は専門職なので、専門に学習した事が無い小朋友達がなるべく早く出納業務を理解できる様、郭姉さんは手とり足とり教えた。

まず、紙の上に二つの図を描く。一つは銀行、一つは金庫だ。「出納でやらねばならない事は金庫と銀行預金の残高と変化を記録することで・・・」、そして説明した全ての事柄を机の上に並べ、再度同じ様に話していく。各種の表の役割を話し終わると一つ一つ練習していく。その内容は、現金小切手はどのように記入するか、振替小切手はどのように記入するか、回収した現金は如何に銀行に預けるか、為替送金はどうするか、現金は如何に預けるか等々である。習熟するまで練習させてから彼女達を実践に送りだした。

彼女たちの実際について、郭姉さんは笑いながら言った。「いつも同時に二人の子どもを一緒に行かせます。一人がやって一人が記録する。最初は小切手の書き間違いがあり、次の一回は印鑑を忘れる、その次はまた何かを忘れる、忘れても気にせず戻って来て全部持って再び出かける。銀行で小切手振替という簡単な事をするのに4往復した時もありました」。

“小荷計画”に参加した小朋友達は3カ月の研修が必要で、その間は実際に大量の作業をこなさなくてはならない。代金受領、秘書、人事の補助、銀行口座を開く、外国資本と国内資本について、税務登記、社会保険・・・30余りの団体の中には基金会、非営利団体と国内外資本の企業が有り、1カ月の間に来た仕事はとにかく全て経験させて、一般的に3カ月後には仕事が始められるようになる。

彼女たちは実習期間中に食事の支給が有り、更に毎月1500元の手当があり、北京での生活には何ら問題ない。3カ月後には外部の仕事に派遣可能となり、給料も上がり社会保険にも加入できる。

研修期間中、財務秘書関係の仕事以外にも、郭姉さんは小朋友達に毎朝必ず事務室の清掃を行い、食後は食器洗い、後片付けの手伝いをさせた。同じビルに入居する別の団体が清掃と昼食の調理をしてくれるアルバイトを必要としていた時は、郭姉さんが仕事の調整をして、彼女達に「労働は恥ではないわ」とやらせた。

工蟻坊が引き受ける業務のうち、派遣業務は全て公益事業である。郭姉さんは出納、秘書、事務等の内部の仕事をやり遂げるに留まらず、その組織の本業である公益事業に積極的に参画するように励まし、ボランティアサービスに参画する機会等も紹介した。

郭さんは、小朋友達に仕事を全うさせるだけでなく、日誌も付けさせた。

始めたばかりの時、小朋友達は日記に“銀行に振替に行く”という一言しか書かなかったので、戻して描き直させた。あなたは全部で何回行ったの?何故そんなに多く行ったの?一回目は何を忘れたの?二回目は何を忘れたの?・・・そして最後に総括させる。「まず、先に準備しなくてはならないのは何か、そしてそれらの必要なものをすべて持っていけば、一回で手続きが済む」という具合に、経験したことをすべて書き出すのである。

問題に行き当たった時は郭姉さんに質問する。すると彼女は「間違えても大丈夫、例え罰せられたとしても構わない、但し同じ間違いを同じ人が再び犯すのはダメよ」と何度も言う。翌月に、もしまた同様な問題を聞いたら郭姉さんは答えずにこう言う。 「こんな事は先月もありましたね。業務日記があるでしょう?探して前回はどうしたのか読んで下さい。業務日誌は私に見せるためものではなく、あなた自身の為に書かれたものなのです」。

一年後、郭姉さんは皆と業務日記の内容を全てまとめ始めた。例えば工商局で新しい団体の登録はどうやるのか、税務の登記はどうやるのか、社会保険はどうやるのか・・・。これらの内容を整理して書き留めてNGO効率マニュアルとした。

やり終えてから、使用した資料を並べた。30余りの団体で二つの大きな保存用書類ロッカーを使うことになったが、女の子たちは手際よく資料をロッカーに移し、机の上はすっきりした。然し、ロッカーを開けたら物が一杯で、何がどこにあるかさっぱり分からない。大丈夫、一つずつ最初から教えていこう。分類の仕方、どのような順番にするか、どの様に並べるか。「誰が引き継いでも探し物はすぐに見つけ出し、この様な状態に片づける。これが私たちの『顔』即ち誇りでもあるのです」。

「顔」は郭姉さんが小朋友と話をする時に頻繁に口にした言葉である。女の子達が始めたばかりの頃、帳簿をつけるアラビア数字12345にしても字体がバラバラで、帳簿の表に記入するチェック印も大きいのから小さいのまであった。また、順序よく並べることができず、綴じた証書類もきちんと片づいていなかった。「我々財務に携わる者は、言葉を交わさずとも、やり取りする事が可能です。内容をきちんと整理さえしておけば、証書を通じて会話をする事が出来るのである。とじた証票には自分の名前を明記する必要があります。証票は15年間保存するからです。数字が綺麗かどうか、チェック印がどうであるか、きちんと証票が綴じられているか等、決して馬鹿にしてはいけません。上に書かれた我々の名前は私たちの作り上げた帳簿であり、自分の「顔」、つまり誇りなのですから」。

愛、信、誠

郭姉さんはいつも小朋友たちに‘愛、信、誠’を言う。愛とは、“美新路”がいままで持っている人に対する愛の力であり、自分が従事している事業への愛である。郭姉さんは小朋友を面接する場合、財務の仕事を本気でやりたいかどうかを見ている。信とは、他人への信用でもあり、自分に対する自信でもある。困難に不撓不屈な精神で、最後までやり続けることである。誠とは、誠実であり、信用を守ることである。

工蟻坊は受講生のニーズを念入りに観察している。出納の仕事に従事するには、会計の資格を持つことが必要である。しかし、少女たちの多くは家庭負担が重いため、資格を取るためのお金を出せない。“小荷計画”に参加し、一定期間の勉強をしたら、工蟻坊は会計資格の取得を希望している受講生の予備校代1700元を立て替える。派遣の仕事と収入があれば、毎月に100元か200元を返すという仕組みがこの問題を解決した。

郭姉さんは彼女たちを大切にお世話しながらも、厳しい面もある。ある日、ある少女が働いている職場で残業があるので工蟻坊に来られなくなったと言って、郭姉さんに休暇をもらった。しかし、実際には彼女は残業ではなく、プライベートのためだった。郭姉さんはそのことを知った後、手厳しく彼女を叱った。その少女は非常にやり切れない思いになって、わざわざ郭お姉さんにメールを書いた。「私たちの過ちを許すと郭姉さんはよく言うじゃないですか・・・」。しかし、この過ちはだめだ。過ちを許すというのは技術的な過ちなら許すということであり、信頼関係に関する過ち、これは決して許さない。

信用の問題に関して、“小荷計画”は専門研修がある。その中で、どんな過ちなら許せ、どんな過ちは許せないかに重きを置いている。「もし、お金がないなら、勝手に金庫からお金を出して買い物などをして、給料をもらってから金庫に返す、それはよいだろうか?――だめ!これこそが財務制度で・・・」

 

小荷才露尖尖角(這えば立て、立てば歩めの親心)

少女たちが“小荷計画”で一定期間の研修を受けた後には、いくつかの就職のパターンがある。ある人は工蟻坊で日常業務を担当し、またある人は他の会社に派遣される。これは“労働輸出”と呼ばれる。この場合、1年内は毎週工蟻坊戻って、1日勉強する義務を設けている。加えて、自分の業務日誌を郭姉さんに提出し続けなければならない。

2010年に、最初に“小荷計画”と労働輸出関係を結んだのはある基金会だった。2人が基金会に派遣され、見習いとして働くことになった。しかし、給料と社会保障は依然として工蟻坊が負担する。基金会はお金を払って、工蟻坊のサービスを購入するだけ。半年後、彼女たちは正社員として基金会に採用された。

ある小朋友がある会社に派遣されたのだが、出納係が突然の転職で仕事を辞め、手のつけようがないほど混乱した状態だった。領収証の控えも業務手続きも全く分からなくなってしまっていた。小朋友はこの会社に派遣された後、税務署に2回行って、1日ですべての作業をやり直した。この会社は郭姉さんにショートメッセージを送った。「この子には責任感がある」。この少女の父親は彼女が小さい頃に鉱山事故でなくなった。弟を学校に通わせるため、小さい頃から成績が優秀な彼女は大学に行けなくなった。それは彼女の一生の心残りだった。 “小荷計画”に参加してから、彼女は真剣に勉強していた。現在成人教育の学部課程を勉強するため、農業大学に願書を出したところだ。

2011末に、 “小荷計画”は代理記帳と労働輸出業務以外に、会社の経理会計従業員の研修を請け負い始めた。工蟻坊も少女たちを指導するのは郭小華さん1人しかいなかったが、現在専業員として、2人をバイトとして雇った。1人は会計で、もう1人は会計監督だ。この2人は郭さんの小朋友への指導の仕事を分担する以外に、レベルが比較的高い受講生が会計監督の仕事を従事できるように育成する予定だ。それによって、彼女たちはより発展できる余地を与えられるだろう。

 

作者:寇延丁 (フリーライター)

出典元:中国発展簡報2012年夏号 http://www.chinadevelopmentbrief.org.cn/qikanarticleview.php?id=1328

(編集及び要約して転載)

翻訳:西口友紀子、季新

校正:棚田由紀子

翻訳者及び校正者の所属:日中市民社会ネットワーク

 

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