2012/10/12 by Tanada

盧思騁:中国の環境保護団体は如何に国際活動に参加してきたか(中)

中国の環境保護団体が国際活動に参加したこの10年の歩み

霍:「持続可能な開発」という概念が形成され始めた頃は、中国の環境保護団体はまだ出現しておらず、90年代の半ばから後期にかけてようやく増えてきた。彼らは、その後の国際環境活動にどのように参加したのか。

盧:ある国際会議が中国で開かれることになった。それは、1995年の世界女性会議で、私の妻も参加した。実の所、当時の中国では、NGOとは何なのかもよく知られておらず、政府もおそらくその存在を十分に認識しないまま、とにかく会議に参画していくことが狙いだったのだろう。ところが、会議は、権利・公正・平等といった内容に関わるものが多く、これらのテーマに対するNGOの立場はかなり先鋭的だった。そのため、政府はNGO活動の会場(通常国連の会議では、メイン会場のほかにNGO活動のための会場が設けられる)を遠く北京郊外の懐柔県に置き、メイン会場は市内に設置した。

この会議を契機として、中国には女性の権利やジェンダー に取り組むNGOが多く誕生した。中国で90年代半ば以降、もっとも活発に発展したのが女性関連NGOであるのは、この会議があったからだ。環境NGOは90年代の後半になってやっと活躍しはじめた。

1995年以降では、2002年にリオ+10が南アフリカのヨハネスブルグで開かれた。私が北京に着任した頃で、多くのNGOが廖暁義、汪永晨らに率いられて会議に参加した。友誼賓館で開かれた帰国後の成果報告会には私も参加したが、北京に来たばかりだったので、強く印象に残っている。

ヨハネスブルグの会議には、グリーンピースも参加したものの、中国では事務所を設立したばかりだったので人は派遣せず、報告会に参加しただけだった。(廖、汪ら)先輩たちが創設した環境保護団体は90年代の中ごろから後半にかけて活発に活動するようになっており、ヨハネスブルグはこれらの団体がまとめて国際舞台にデビューする絶好の機会となった。当時我々の経験はまだ浅く、言葉の問題もあったが、国際会議に参加し海外の環境保護団体のレベルを見ることは価値のあることだった。

その後、国連の環境保護条約といった散発的な会議は毎年開催され、一部の中国環境NGOも参加していた。

大規模に組織された集団としての参加と言えば、2007年12月のバリ島まで待たねばならないだろう。国連の気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)に中国の20名あまりのNGO代表が参加した時だ。喩捷が我々のグループの責任者だった。それ以降、それなりの規模で組織され参加した国際活動は、みな気候変動をテーマとした会議だ。気候変動自体がそもそも国際的な課題だからだ。

 

霍:2009年、中国の環境保護団体、若者、企業家がこぞってコペンハーゲンで行われた気候変動会議に参加したが、その後参加者は減り始めた。国際活動参加の規模が縮小している ということか。

盧: コペンハーゲンに行った多くの人は理性的ではなかった。のちに再度参加した人は理性的になった。

当時コペンハーゲンに行った人の多くは、それまで気候変動に全く関心を持たず、内容を理解していなかった。メイン会場に入れない人も多く、周りをぶらぶらするしかなかった。彼らは帰国後、「やれやれ、国際会議は意味がない。今後は参加しないことにしよう」と思ったのだろう。こうした会議に長期的に関わるつもりもないくせに参加し、こんな話を広める人は無責任だ。これらの問題は一回会議を開いたくらいで解決できるものではない。そんなお手軽な問題ではないのだ。

当時、一部の人が会議に寄せた期待は、現実的ではなかった。そうした人が帰国後に、会議は意味がなく、期待した成果も得られなかったからもう行かないと言った。問題の解決を考えるために行くのではなくて、自分のために行くというのは自己中心的な言い分だ。

私がいつも人々に国際会議への参加を呼び掛けているようだと思う人もいるだろうが、そうではない。もちろん行くことは大事だが、何をしに行くのか、どのような貢献ができるのか、会議と自分の日ごろの仕事がどのような関係にあるのかを分かった上で行かなくてはならない。私は人々に参加を勧めるが、行くこと自体が目的なのではない。

 

霍:2010年、あなたは60あまりの環境保護団体を取りまとめ、天津で行われた気候変動会議に参加させた。このときは、それまでの参加と何が違っていたのか。

盧:天津の会議は、1995年の世界女性会議以来、中国で行われた環境の会議としては最高レベルの国連会議だった。

会議の事前準備はあわただしかったが、NGOたちはできるだけ多くの成果を得たいと思っていた。また、2007年のバリ島での気候変動会議以来、特に2009年のコペンハーゲン会議以降、中国の環境NGOは気候変動問題に対して多くの仕事を成し遂げていたので、ちょうど時期的にも、より系統的かつ深く気候変動会議に参加すべき頃合いだった。

当時、毎日会議に出席し、情報を伝え、委員と意見交換したり、国際NGO会議に参加したりする人がいる一方、様々なテーマでサブ会議を主催し、王石らの企業家と交流する人もいた。我々も歓迎会を主催し、世界から参集した気候変動問題に取り組む1000あまりのNGOと一堂に会し、中国の状況を説明した。

中国の環境保護団体の発展にとって、これらの経験は非常に重要な一歩となった。当時、中国の気候変動交渉団の団長だった解振華は会場を通りかかり、中国の環境保護団体ブースを見学して、非常に高く評価した。「私たちは同じ戦線上に立っている」とまで言ったのだ。私は環境分野で10数年仕事をしてきたが、環境保護局の局長をしていたころの解振華は、環境保護団体の活動をこれほど高く評価したことはなかった。

つまり、ある面では、この時の活動は政府の肯定的評価を得たということだ。また、多くの海外NGOが初めて中国に来たが、ベテランの職員でも中国で気候変動に取り組む団体がこんなに沢山あるとは知らなかった。これらの点から言えば、1992年と比べ、中国の環境保護団体全体は進歩し続けていると思う。

 

霍:2002年ヨハネスブルグで行われた「リオ+10」サミットに続き、今年6月にはまたリオに戻って「リオ+20」が開かれるが、今回、中国の環境保護団体はどのような準備をしているのか。

盧:まず私が言いたいのは、国際交渉会議自体は意義がないということだ。参加するのは、市民の真実の声を届けるためだ。そして会議の内容を国に持ち帰り、地元のメディアに伝え、みなに何が議論されたのかを知らせる。会議に出席した国家元首たちが地球の未来ついてどのように考え、如何に市民をこの問題に参画させようとしているのかを伝えることこそ、価値のあることだ。

昨年、北京大学で行われたある会議で、今年はリオに行ったほうがいいかと質問した人がいた。私はできれば行かない方がいいが、もし行くなら明確な目標を持って行くべきだと答えた。国際会議に行くこと自体が目的なら、二酸化炭素の排出削減のためにも、行かない方がましだ。

現在、創緑センターは山水自然保護センターとともに、国連環境計画及びSEE基金会に協力して現地で半日の活動を行う準備をしている。伝えたいメッセージは以下の三つ。まず、中国はゆっくりとグリーン経済に転換中だということだ。なかでもNGOに代表される民間の力により、多くの努力と貢献が行われている。次に1992年と比べ、中国の環境保護団体は大いに成長したということ。最期に、NGOの力だけに頼っていてはだめで、業界を超えた協力が必須であるということだ。企業や政府と手を携えて中国のグリーン経済への転換を推進していかねばならない。

 

霍:今年のリオ会議は「グリーン経済」が主役となりそうだが、一部の環境保護団体からは、この概念も又「経済」を強調し「グリーン」を軽視することになるという懸念が示されている。あなたはどう見ているか。

盧:西側諸国は「グリーン経済」という概念を利用して、ずっと停滞したままの生産体制を環境配慮型に転換し、金融危機を抜け出して衰退に歯止めをかけ、雇用を守りたいと考えている。それは無理からぬことだ。

とはいえ、欧米などでグリーン経済が議論される際、よく提唱される炭素税は、保護貿易主義を混ぜ込んだ政策提案であり、実は、環境保護の美名のもとにグリーン障壁を作るものだ。

多くの発展途上国は、こうした動きにはとても敏感だ。彼らは、西側諸国が過去に植民地経営の形で彼らの資源を奪って生態系を破壊し、自らは工業化して工場と汚染を貧しい国に移したと考えている。今西側諸国は、「グリーン経済」を標榜して新たな産業のレベルアップを図り、発展途上国の輸出品に環境関税をかけようとしている。これでは、良い馬が欲しいが、草は食べさせず生態系も壊したくない、その上グリーン馬主という貞節顕彰碑を建てたいと言っているようなもので、無責任で不公平なやり方だ。

実際、「グリーン経済」という概念とリオの「持続可能な開発」は、表面的にはあまり差がないように見えるが、後者には経済・社会・環境という三大柱がある。そして三者のバランスと相互補完を強調しており、発展モデルの転換を訴えているのである。

「グリーン経済」という提唱の仕方は、範囲が狭すぎる嫌いがあり、表面だけをグリーンにした持続不可能な経済発展となる恐れがある。それでは社会的平等を軽視し、また西側諸国の貧しい国に対する歴史的責任と国際的な義務を無視することになる。それゆえ発展途上国は、「持続可能な開発と貧困撲滅」という背景の元で「グリーン経済」を議論すべきだと一貫して主張している。

(続く)

 

出典元:http://blog.sina.com.cn/s/blog_70301e16010171ml.html

初出:『青年環境評論』第三期

文:霍偉亜

翻訳:松江直子

校正:棚田由紀子

翻訳者及び校正者の所属:日中市民社会ネットワーク

 

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